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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第3章 テオドール小隊結成
23/40

20話 贈り物

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

コルディア城の練兵場に数多の絶叫が木霊していた。


「遅い! 足が止まっているぞ!」


「ぐあっ!?」


「死にたくなければ動け! 蛮族どもは待ってくれないぞ!」


ラウルの怒号と共に、容赦のない木剣の一撃が新人の横腹を打ち据える。


合格した二十名の新兵たちは、泥と汗にまみれながら、必死の形相で食らいついていた。


俺はノミコス卿に頼み込み、一週間この練兵場を借り受けていた。目的はもちろん、彼らを即戦力へと叩き上げるためだ。


教官役はラウル、ジュリアン、レオの三人。元王宮近衛兵のエリートたちによる指導は、苛烈を極めていた。


「おいおい、もうバテたのかい? 試験での気概はどこに行ったのかな?」


ジュリアンが軽薄な笑みを浮かべながら、変則的な軌道で剣を走らせる。


「基礎がなってないですね。まずは足運びからやり直しです」


レオは淡々と、しかし的確に新人の弱点を突き、バランスを崩させて地面に這わせる。


三者三様のしごきを受け、新兵たちの体力は限界に達しているはずだった。だが、誰一人として音を上げる者はいない。選抜試験で「死」の恐怖を乗り越えた経験が、彼らの精神的支柱となっているのだろう。


(ここ数日、彼らの成長速度は凄まじい。まったく、王宮近衛の試験官は盲目らしいな……)


俺はテラスからその様子を満足げに眺めていた。貴族の血を引くだけあって、ポテンシャルのある若者たちだ。適切な指導者についてもらえば、成長速度は段違いに跳ね上がる。


昼休憩の時間となり、泥だらけの新兵たちが日陰に座り込んだ。


俺は彼らに、羊皮紙とペンを配らせた。


「……殿下、これは?」


包帯を巻き直していたガストンが、訝しげに尋ねた。


「遺書……ってのは冗談さ。ただの手紙だ。正式な書状と合わせて実家に送ってやる」


俺の言葉に、場の空気がわずかに重くなった。


「安心しろ。死体は家族の元に送るよう努力してやる」


俺は冷ややかに言い放った。


ガストンは少しの間、羊皮紙を見つめていたが、やがて力強くペンを走らせ始めた。


「……ありがとうございます。親父に伝えてやりますよ。命を賭して名誉を手にしてみせるって」


その瞳には、出会った時の腐ったような色はなく、確かな野心の火が灯っていた。他の者たちも、それぞれの想いを紙にぶつけるように書き記していった。


この儀式を経て、彼らは名実ともにテオドール小隊の兵士となった。彼らの覚悟を肌で感じながら、俺はその場を後にした。



ここはコルディアの高級商店街。アストリア随一の交易点であるこの都市では、実に様々な商品が手に入る。新兵の訓練はラウルたちに任せてある。俺には、別のやるべきことがあった。


「それにしても珍しいですね。テオドール様がお買い物だなんて! 私もこんな高級商店街なんて初めてでワクワクしてしまいます」


この調子でコレットは朝から上機嫌だ。


その隣には、分厚い眼鏡の位置を直すセシルと、珍しそうに周囲をキョロキョロと見回すエリナの姿があった。


「実のところ、ここへは君ら三人を慰労するために来たんだ」


「そ、そんな!! 少なくとも私は慰労される筋合いはありません。侍女として当然の仕事しかしてませんから!」


「まあそう言うなコレット。自分でもわかっているだろう。亡き母から俺の世話を押し付けられ、敵だらけの王宮で俺を育て上げた。そして、刺激を求めるかの如く王都を飛び出す俺に付いてここまで来た。これはただの侍女の仕事じゃない。立派な育ての親だ」


コレットは肩を震わせ、目に涙を溜めた。すかさずセシルとエリナが駆け寄る。


「そんなわけで……何か欲しい物はあるか? 予算に限りはあるが、できる限り奮発しよう」


護衛にはノミコス卿が貸してくれた衛兵が数名付いていた。これなら安全と、セシルとエリナにも護衛をつけて各々自由に行動させ、俺はコレットと共に店を回ることにした。


コレットは旅装束だの野営用の金物だの、実用品ばかりに目が行くようだったため、俺は彼女を宝飾品店へと無理矢理引きずって行った。


「さあコレット、この店の中で選んでもらおう。決まるまで外に出ることは許さん」


「そんな……。それに欲しいものと言われても、私は宝飾品の価値など分かりませんし、どれも綺麗としか……」


(女性らしい楽しみの一つもなく、テオドールの子育てに奔走して来たんだろう。彼女の青春を奪った放蕩王子は、まったく酷いやつだ)


コレットの反応を見てそんなことを思いながら、俺はきらびやかな陳列棚を見て回る。


ふと、店の隅にかかるペンダントに目が留まる。大粒のすみれ色の宝石が、シンプルな台座に埋まっている。派手さのない凛とした佇まいが、コレットらしいと思った。


「俺も宝石のことはよくわからないが……綺麗だし、手ごろな価格だ。コレット、どうだろう」


「可愛い色……とっても素敵です。テオドール様が選んでくれるなんて、それが何よりも嬉しいです」


この石はリチア輝石。『無償の愛』という石言葉があることを、あとで店員がこっそりと耳打ちしてくれた。


(偶然だが、俺からコレットへの贈り物として、これ以上の品はないだろう)


一方、小型店舗が密集する古書店街の奥深くで、セシルは食い入るように古書に見入っていた。


(学者たるもの、最新情報を求めて高級書店に行くものじゃないのか)


「セシル……セシル!! いいから一旦目を離せ! どうだ、欲しいものは決まったか? コレットの分は今買って来たところだ」


セシルが両手に広げていた古書を奪い取り、半ば強引に話しかける。


「あ! 殿下、いいところに! こちらに来てください!」


そう言ってセシルは俺の腕を引くと、小走りで二つ隣の店の奥へと俺を連行した。


カウンターに腰掛ける婆さんがジロリと睨んでくる。脇には長方形のショーケースが置かれ、中には辞書のように重厚な一冊が飾られていた。


「これですこれ! 独自の癒術理論を提唱したアルキメデス・ロアの絶版本『人体魔力解剖図譜』! 癒術師のために、魔力が人体をどう流れているかを精緻な図解で記したものなんですが、あまりに詳細すぎて気味悪がられ、絶版になった幻の書です!」


「欲しいのは分かったが、だとしたら何故そんな貴重な本がここにあるんだ」


俺は訝しげに店主を睨んだ。


「どこの坊っちゃんか知らんが、素人の癖に大きな口を叩くんじゃないよ。この本は名著だが……癒術の主流派からは禁書扱いされて、まともな店じゃ取り扱えないのさ」


「そうなんです、殿下! 王室図書館や学院図書館ではお目にかかれない逸品です!」


セシルの発言を聞いて婆さんが身を乗り出す。


「殿下! そうかいあんた、噂の放蕩王子だね。部下に専門書を買い与えるのかい? 百聞は一見にしかずだねぇ」


そう言って提示された金額は思いのほか良心的で、コレットに贈ったペンダントと同程度だった。


「噂の全てを否定はしないが、どうにも悪く言われ過ぎているきらいはあるな。まあ、値段は悪くないし、これ一つで良いなら買ってやるか」


支払いを済ませると、婆さんは「珍しいだけで欲しがる奴は少ないのさ」とウィンクした。どうやら一杯食わされたらしい。


「殿下! ありがとうございます! 初めて心から殿下に感謝しています!」


棘のある言い方だが、大層嬉しそうなセシルを見て、まあいいかと納得することにした。


それから一時間。ようやくエリナを見つけた。護衛を振り切り屋根伝いに姿をくらませた少女は、武具店街を歩き回っていた。どの店からも追い出されたらしく、店先から商品を物色しているようだ。


「ようやく見つけたぞ、エリナ。武具店で何を探しているんだ? 今はラウルから貰った短剣の修行中だろう」


「……剣はしっくりこない。古武術の邪魔にもなる。もっとウチに合った武器を探してる」


確かに古武術と刀剣類の相性は悪い。納剣時に邪魔になりにくい短剣を教え始めたが、直接的なシナジーは存在しなかった。


「それであれば……」


俺はマイナーな武具を扱っている店に入り、店主にこんな物はないかと聞いた。裏で五分ほど探し回る音がしたのち、店主が持って来た物を見て、エリナは目を輝かせた。


(ゲーマーにお馴染みの近接武器、拳鍔けんつばすなわちメリケンサックだ)


「はっきり言って、この武器の扱いを教えられる者は正規軍にいない。だから選択肢から外していたんだ。だが、そのまま古武術の火力を上げると言うなら、この拳鍔けんつばがぴったりだ」


「……殿下……ちょっと一発受けて欲しい」


「待て待て待て! 死んじまう!」


そう言って構えるエリナを全力で制止する。俺の身体強化は、鉄器を介したエリナの打撃を防ぐには足りないだろう。


殿下と聞いて気を利かせた店主が、ボロの胸当てを渡してくれた。それを俺が持ち、エリナが魔力を込めて右ストレートを放つ。


バンッ!


強烈な破裂音が通りに響き渡る。衝撃で俺の鼓膜がビリリと痺れた。見れば、エリナの拳は鉄製の胸当てを深々と陥没させている。


(なんという馬鹿力だよ……)


「……これを買ってやるから約束してくれ。その武器を味方に向けるんじゃないぞ」


「本当にいいのか! ありがとう!」


エリナが飛びかかるように抱きついてきた。


「これがあれば蛮族を好きなだけ殴り殺せるな!」


(天真爛漫さと物騒な発言のミスマッチが酷いな。年相応の一面もあるってわけか)


拳鍔けんつばは売れ残りだったようで、予備を含めてもコレットとセシルの贈り物より安くついた。


(ある程度は消耗品だろうから助かる。それにしても、コレットへのペンダントは慰労の品っぽいが、他二人のはどうだかな。まあ、本人たちが嬉しそうだからいいか)


馬車の揺れに合わせ、車内からはコレットとセシルの弾むような声が、屋根の上からはエリナの鼻歌が聞こえてきた。


(……こんな平和な時間も、今の俺たちにとっては幻みたいなもんだな)


賑やかな声を聞きながら、俺は小さく息を吐く。


(俺が世界統一を成し遂げた先に、こんな日常が広がったら……いいかもな……)


日が落ちかけて暗闇を帯びた南の空が、希望に満ちた俺たちを底知れぬ闇へと飲み込まんと、静かに待ち構えている。

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