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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第3章 テオドール小隊結成
22/40

19話 選抜試験

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

ガストンは二十メートルほどの距離を使って加速し、巨体の勢いをそのまま乗せてラウルに突進した。


ガンッ!!


互いの木剣が激突し、まるで重機同士が衝突したかのような轟音が練兵場に鳴り響いた。


しかし、ラウルはあの巨体の突進を、たった半歩押し込まれただけで受け止め切っていた。


ガストンは驚愕の表情を浮かべ、地を蹴って大きく飛び退く。まるで分厚い城壁を直接殴りつけたかのように、その顔は引きつっていた。


「……いったいどんなからくりだ、おっさん」


「力量差も測れんほど未熟か……さあ、かかってこい」


「言われなくても!」


ガストンは長い手足と上背を活かして上段から打ち下ろすが、ラウルはその剣戟を軽々とあしらう。


「くそ! くそッ!」


「どうした! 力任せに剣を振り回すだけか!?」


ガストンが何度打ち込んでも、どの角度から攻めても、ラウルは最小の動きとわずかな身体強化だけで弾き返す。


ついに業を煮やしたガストンが大振りの一撃を仕掛けようと振りかぶった刹那、ラウルが鋭く踏み込んだ。その切先はガストンの剣の持ち手を正確に捉えていた。


骨を軋ませるような衝撃音とともに手元を強打され、たまらずガストンは木剣を取り落とした。


「いてぇ!!」


ガストンは手首を押さえてうずくまる。


(あれじゃあ試験続行は難しいだろうな)


「残念だったな、ガストン。もう終わりか?」


手首はそれなりに痛いらしく、彼は血走った目を観戦席の俺に向けた。


「まだ……やれる……もう一戦やらせてくれ……」


「その手じゃ望み薄だ。レオ! 彼を救護所まで連れて行ってやってくれ。治療の後で再試験させてやろう。次はもっと上手くやるんだな」


レオに連れられてガストンはセシル達、癒術師の待機する救護所に向かった。その背を見送る受験者達は、水を打ったかのように静まり返っていた。


(ガストンは彼らのリーダー格で、実力も認められていたみたいだな。それが手も足も出ずに敗北したんだ。受験者たちの顔に浮かんでるのは、動揺ってより絶望だ)


「……ビビってるのか? 安心しろ、死にはしない」


俺はあえて挑発的な笑みを浮かべ、声を張り上げた。


「今日は俺の専属癒術師と、ノミコス卿から借り受けた高位の癒術師が待機している! 腕の一本や二本、何度でも繋げてやる。死ぬ寸前まで、何度でも蘇生可能だ! さあ! 次!」


どよめきが走ったが、足を踏み出す者はいなかった。


(ラウルという圧倒的な戦士の力量を見せつけられた後じゃ、生存本能がブレーキをかけるのも無理はない)


「お前らの鬱憤、野心、プライド……そんなものは、この程度の恐怖で消し飛ぶ安いものだったのか!?」


俺はいっそう声を張り上げる。


「ここで尻尾を巻いて、またあの薄汚い古宿に戻るか? 負け犬同士で傷を舐め合い、一生『運がなかった』と言い訳して過ごすのか?……そうしたければ、今すぐ消えろ!!」


罵声が練兵場に反響する。


(我ながら悪役が板についてきたな)


胸の奥で小さな罪悪感が疼いたが、それを冷徹な計算で押し潰した。


(……嫌な役回りだ。だが、ここでの厳選が将来の生存率を上げる。そのためには鬼にでも何にでもなってやる)


「行きます!!」


沈黙を破り、数人の男たちが次々と名乗りを上げた。


しかし――結果は惨憺たるものだった。


ラウルの守りは鉄壁。まともに打ち合うことさえできず、木剣を弾き飛ばされ、あるいは足を払われて地面を舐める者が続出した。


「次!」


ラウルの無慈悲な声が響く。


集った受験者の半数、およそ百人が試験に挑み、そのすべてが藁人形に近づくことさえできずに終わった。


「殿下、どうにも期待外れのようですな。我が家の私兵としておこぼれに与かろうかと思っておりましたが……これでは望み薄でしょう」


隣で観戦していたノミコス卿が、大仰にため息をついた。彼はこの試験への協力の対価として、選考漏れの中から有望な若者をスカウトする手はずになっていたのだ。


「まったくです、ノミコス卿。もう少し気骨のある者がいれば良かったのですが。このままでは、卿のご厚意が無駄になってしまいそうで心苦しい限りです」


俺は申し訳なさそうな顔を作って見せた。


(ガストンのように多少は粘る者が数割いたが、決定的な何かが欠けているな)



昼時に差し掛かり、ラウルの休憩もかねて昼食を取ることにした。


「苦労かけてすまないなラウル。疲れはないか?」


「この程度どうってことないですよ。ジュリアンとレオの出る幕はなさそうですな」


余裕綽々のラウルは、振る舞われたサンドウィッチをドカ食いしている。本来の予定では、ラウルに疲労が見えたらジュリアンとレオに試験官を交代する段取りだったのだ。


「セシル、治療の方はどんな感じだ? 負傷した連中は再試験に臨めそうか?」


「全員軽傷でしたので、ほとんど回復しています。ラウル副長の力加減のおかげですね」


セシルは呆れたような顔で答えた。


(この野蛮な試験を心底軽蔑している顔だが、文句を言わずに協力してくれてありがたいぜ)


「流石だな。……しかし拍子抜けだ。今のところ、ジュリアンとレオの足元にも及ばない受験者ばかりに見える」


「剣筋にセンスが見え隠れする者は何人かいました。型も綺麗で、教えられた通りの動きはできています」


ラウルはサンドウィッチを飲み下し、少し渋い顔をした。


「だが、気持ちも魔力もこもっていない。ただ剣を振っているだけ。あれでは実戦の恐怖に飲まれて終わりでしょう」


「同感だ。綺麗な剣術だが、泥臭く生き残ろうという執念が感じられない」


「ええ。今のままでは、誰一人として合格させる気にはなれませんな」


「……ならば、その皮を剥いでやる必要があるな」


俺は冷めた紅茶を一口啜った。


「彼らの奥底にある本性を引きずり出す。それでも立ち上がる者だけが、俺たちに必要な人材だ」


「まさか……本当にやる気ですか? 危険すぎます。私は反対です」


セシルが不安げに眉を寄せた。


「どのみち蛮族相手の危険はこの比じゃないはず。無駄死にする若者を省くためだ。ラウル、頼まれてくれるな?」



二周目の試験希望者は六十人ほどにまで減っていた。


「あのラウルに再び立ち向かおうとする君らの熱意は立派だ。ただ、今のままでは合格は程遠い」


俺は受験者を前に偉そうに訓示を述べた。


「俺は、君らが必死になるところが見たい。それこそ、自らの生命と人生の全てを賭けてこの試験に臨んで欲しい。だから……二周目の試験はこれを使ってもらう」


そういって俺は手に持つ鉄剣を放り投げた。地面を跳ねる剣が硬質な音を立てる。受験者が息を呑む音が聞こえるようだった。


「安心しろ。訓練用に刃引きをした模擬剣だ。だが、ラウル副長にかかれば極めて危険な凶器となるだろう。命懸けの試験だ。それでもやるって奴は前に出ろ」


静まり返る受験者たち。全員怖気付くかもしれないと思った矢先、声が上がった。


「また俺が一番乗りだ!」


ガストンが前に出る。手に包帯を巻いているが、治療は完了しているようだ。


「いいぞ! ガストン! それでは……試験二周目、開始!」


ガストンがラウルに突っ込み、力を込めて剣を打ち続ける。重いはずの鉄剣を軽々と振り回す両腕から、常に強い魔力光が輝いている。


(先ほどとは打って変わって大した馬鹿力だぜ)


ラウルは防御の動きに集中している。


(流石のラウルでも、あの一撃をもろに喰らえば危険なんだろうな)


ガストンの勢いを殺しながら、ラウルは徐々に後退していく。藁人形までの距離が詰まる。


「俺は! こんなところで! 終われない! どいてもらうぜ副長!」


受験者からは歓声が漏れ始め、ガストンの名が叫ばれる。ついに藁人形まであと数歩というところまで押し込まれた。


(これはひょっとするかもしれないな)


そう思った俺は、つい受験者を追い込みたくなってしまった。


「押されているぞ! 南軍の『オーガ殺し』もその程度か!」


俺の檄が飛んだ、その瞬間だった。


ラウルの纏う空気が一変した。


「――ッ!!」


鋭い呼気と共に、ラウルの腕が瞬くように輝き、目にも止まらぬ速さの切り上げがガストンを襲う。咄嗟の防御も虚しく、ラウルの剣戟がガストンの左腕を強打する。


「ぐぁっ!!!」


ガストンの絶叫がこだまする。腕があらぬ方向に曲がっていた。


(あのうずくまり方じゃ、もう試験続行は不可能だな)


俺はジュリアンとレオを引き連れて、哀れな受験者の元に向かった。


「ガストン……これで終いにするか?」


ガストンは血走った目を俺に向けたが、痛みに歯を食いしばるのが精一杯で言葉が出ないらしい。


「その左腕はもう使い物にならないだろう。それでもまだやる気か」


「……やってやるさ……これが最後のチャンスかも知れねえ……」


そう言って、ガストンは右手で剣を持ちふらりと立ち上がった。


「いい根性をしているな。——よし、三周目の受験を許可しよう。治療してこい」


ジュリアンが肩を貸し、ガストンを癒術師が待機する天幕まで連れて行った。



結局、二周目の試験には四十人ほどが挑んだものの、ラウルの容赦ない迎撃によりその大半が骨折や裂傷といった深手を負うことになった。


だが、セシルを中心とした癒術師たちの尽力によって、大方の負傷は夕暮れ時には治癒されていた。


練兵場には、再び受験者たちが整列していた。


「……ふむ。見事な回復ぶりだな」


俺は並んだ彼らを見渡して頷いた。


(さきほどまで折れていた腕も綺麗に繋がり、裂けた皮膚も跡形もない。肉体的には万全の状態だな)


「これなら言い訳はできないな? 傷が痛むから負けた、などという言葉は通用しない」


俺の言葉に、数人がごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


体は治っている。だが、骨を砕かれた瞬間の衝撃や、刃が肉を裂く感触までは消えていないはずだ。


「では、第三周目。最終試験を行う」


俺はそう告げると、足元に置いてあった布包みを拾い上げた。


重々しい音を立てて布が解かれると、夕陽を反射してギラリと輝く冷たい刃が露わになった。


「真剣……?」


誰かがつぶやいた。


そう、刃引きをしていない、人を殺すための本物の剣だ。


「さっきまでは『訓練』だ。怪我をしても癒術師が治してくれるという甘えがどこかにあっただろう? だが、次は違う」


俺は抜き身の剣を、受験者たちの足元に突き刺した。


乾いた土を切り裂き、剣は深々と突き立った。


「第三周目は、この真剣を使ってもらう。ラウル副長にも、同じく真剣を持たせる」


受験者たちの顔色がさっと青ざめるのがわかった。


「意味がわかるか? 俺の合図が遅れれば、首が飛ぶということだ。心臓を突かれれば、いかに高位の癒術師といえど蘇生は間に合わない」


俺は脅すように声を低くした。


「ここから先は『実戦』だ。運が悪ければ死ぬ。実力が足りなければ死ぬ。……それでも構わないという奴だけ、前に出ろ」


沈黙が場を支配する。


(二周目の痛みを知っているからこそ、想像してしまうんだろう。あの圧倒的なラウルの剣が、慈悲のない刃となって自分に向けられる瞬間を)


数秒、あるいは数分にも感じられる長い沈黙。


その静寂を破り、一人の男が歩み出た。


「……やるさ」


ガストンだった。


治ったばかりの腕を強く握りしめ、その目はラウルだけを見据えている。


「死ぬのが怖くないわけじゃねえ。……だが、ここで逃げて元の生活に戻る方が、俺にはよっぽど怖ぇんだよ」


ガストンの言葉に呼応するように、一人、また一人と男たちが前に歩み出る。


震えている者もいる。顔面蒼白の者もいる。


だが、彼らは逃げなかった。


最終的に前に出たのは二十名。


彼らは皆、死の恐怖を飲み込み、覚悟を決めた目をしていた。


「……いい面構えだ」


俺は満足げに頷くと、突き刺した剣を引き抜いた。


そして、それを鞘に収めた。


「合格だ」


カチャン、と鍔鳴りの音が響いた。


受験者たちは呆気にとられたような顔をした。


「え……? 試験は……?」


「終わりだと言ったんだ。お前たちは合格だ」


俺は彼らに背を向け、ラウルに合図を送った。ラウルもまた、ニヤリと笑って剣を収めた。


「第三周目の試験は『魂の選別』だ。実力は二周目で見させてもらった。あとは、死地に飛び込む覚悟があるかどうか、それだけが知りたかった」


俺は振り返り、呆然とする彼らに告げた。


「ようこそ、テオドール小隊へ。お前たちのような真っすぐな男たちを、俺はずっと待っていた」


俺の言葉の意味を理解した瞬間、練兵場に割れんばかりの歓声が爆発した。


抱き合って喜ぶ者、地面に崩れ落ちて男泣きする者。ガストンに至っては、痛む腕を掲げて雄叫びを上げている。


(まったく、どいつもこいつも馬鹿ばかりだな。これから地獄の最前線に行くって言うのに)


呆れながらも、俺は自然に笑みが零れた。


コルディアの赤く染まる夕空の下、はぐれ者たちによるテオドール小隊が、ここに産声を上げたのだった。

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