18話 古宿の浪人
古宿で屯していた青年たちは、半年前に王都で行われた王宮近衛選抜の落第者たちだった。
俺たちは「成金商家の放蕩息子一行」という設定で彼らの輪に混ざり、何気ない風を装って声をかけた。
「試験は年に一回だろう。だったら、なんで領地に帰らず、こんなところで燻っているんだ?」
「……帰れる連中は、とっくに帰ったさ」
俺たちの相手をする巨漢の青年、ガストン・シデリスは、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「ここに残ってるのは、近衛になるまで敷居を跨ぐなと実家を叩き出された奴か、没落しかけの家名を救うために『王宮近衛』の箔が欲しい奴……そんな、後がない連中だけだ」
「……なんというか……ご愁傷様なこった……」
思わず同情の声が漏れた。
(まるで現代日本の多浪生じゃないか)
「いつまでここに居るつもりなんだ? 一年分の宿代だって馬鹿にならないだろう」
「俺はもう三年目だ。なに、ここは格安だし、一部屋に雑魚寝すればタダみたいなもんさ」
ガストンは笑みを浮かべたが、その目はまったく笑っていない。
「雑魚寝って……腐っても貴族だろう? そこまでして王宮近衛に拘るのか」
「実家は騎士の家系でな。親父は自分の果たせなかった夢を俺に押し付け、あらゆる手を尽くした。その期待を背負って、俺は王宮近衛の選抜に二回落ちた。……親父は激昂し、俺は勘当同然。受かるまでは実家にも帰れねぇ」
ガストンは天を仰ぎ、深くため息をついた。
「他の奴らも似たようなもんだ。行くも地獄、帰るも地獄。夢を諦める勇気すらない。……そういう哀れな男の吹き溜まりさ、ここは」
(追い詰められて後がない若者たち……俺の小隊にぴったりの連中だ)
「皆、腕に自信はあるのか? そうでなきゃ、無謀な挑戦にしか思えないが」
「腕には自信があるさ。だがな……」
ガストンは悔しげに拳を握る。
「上級貴族でもない俺たちのような出自で、実力だけで壁を越えられるのはほんの一握りだ。ほとんどは金と権力のある奴らの指定席さ」
俺はラウルとジュリアンに目配せを送った。彼らの沈痛な表情を見るに、どうやら誇張なしの事実らしい。
(再起のきく現代日本とは違う。ここでは一度落ちれば、死ぬまで這い上がれない……だが、優れた才能が眠っている可能性もあるはずだ)
俺は少し考えこんでから、話を振ってみることにした。
「……死地に飛び込む危険な任務、しかし、名誉と金がどちらも手に入る。もしそんな部隊に入れるとしたら、どうする」
ガストンは俺の目を見つめて数秒沈黙し、ふっと吹き出した。
「……そんな部隊があれば喜んで入るさ! お飾りの近衛よりよっぽどやりがいがありそうだ!」
ガストンは「それが現実ならばどんなに良いか」とこぼしながら、建てつけの悪い扉を押し開け、古宿の奥へと消えていった。
(同情で隊に誘うほど俺には余裕がない。ただ、試してみる価値はあるかもしれないな)
調査をすると、市中には似たような古宿がいくつか点在し、そこでは相当数の『落第組』が燻っているようだった。
俺はその日のうちに使いを走らせ、それら全ての宿に招待状をばら撒かせた。差出人も部隊の詳細も明記しない、ただ日時と場所だけを記した、謎めいた招待状を。
◇
あれから二日後。俺はコルディア領主のノミコス卿に連れられ、衛兵の練兵場に向かっていた。
「それにしても、場所だけでなく癒術師も準備して頂けるとは。誠に感謝します、ノミコス卿」
「お気になさらず。ノミコス一族は揃って病に強く、癒術師も腕が鈍ると文句を言うくらいでしてな」
(自慢なのか冗談なのか分かりにくいが、少なくともあの歳でこれだけ闊達なのは間違いないな)
「しかし、どの程度の者たちなのですかな。その、古宿に住み着く王宮近衛の落第組とは」
「見てみないとなんとも……ひょっとすると全くの見当違いやもしれません」
練兵場に着くと、中央に豪奢な椅子が二脚用意されており、その向こうで件の青年たちが待たされていた。
(ざっと二百人ってところか)
領主と共に現れた俺を見つけ、彼らは怪訝な視線を向けてくる。
俺は椅子に腰掛け、芝居がかった口調で切り出した。
「諸君。よく参集した。君らは名誉と金を求める命知らず、そうだな?」
招待状には、あえて差出人も部隊の詳細も書かなかった。彼らの精神を揺さぶるためだった。
「この選抜試験は……とある南軍の、小隊への入隊試験だ」
一気にどよめきが広がる。明らかに不満の声も混ざっていた。
「帰りたい者は引き止めない。さっさと古宿に戻るが良い」
彼らは互いに顔を見合わせると、三十人ほどがひとまとまりになって、悪態をつきながら出口へと向かった。残った連中は、まだ迷いながらもその場に留まっている。
すると、一人の男が群衆をかき分けて前に出た。
「そういうアンタは何者なんだ! ただの商家のお坊ちゃんじゃないんだろう!」
(俺たちに話を聞かせてくれた、あのガストンじゃないか)
「左様。——俺はこのアストリアの王子、テオドール・アストレウスだ。この試験は、俺の直属小隊の人員を選抜するためのものだ」
騒がしかった集団が、水を打ったように静まり返る。
「俺は小隊を率いて南軍に合流する。そして武神様の手足となって蛮族を狩り殺す」
俺は右腕を掲げて袖をまくり、武神教の『聖痕』を露わにした。
青年たちだけでなく、遠巻きに見ていた野次馬の衛兵や文官らからも、驚嘆の声が上がる。
「はっきり言おう。間違いなく命懸けの従軍になる。ただし、待遇は王宮近衛並み。おまけに『王子直属部隊』の箔もつく」
青年たちの目に宿る色が、困惑から明確な「野心」へと変わるのが、手に取るように分かった。
ガストンが一歩前へ出る。
「俺はやるぜ。死んだって構わない。それで親父が認めてくれるならな」
(険しい表情だ。決意は本物らしいな)
「良いだろう。試験は簡単だ。そこに用意した藁人形、それに一太刀浴びせたら合格だ」
レオが彼に木刀を手渡す。
「ただし……藁人形にはラウル副長の護衛つきだ。ラウルは強いぞ。何せ南軍でオーガを五体も仕留めている」
「……関係ないね。約束は守ってもらうぜ、『成金王子様』」
先日の俺の演技を皮肉り、ガストンは木刀を構える。
「殿下、本当によろしいので? 手加減は難しいですよ……」
ラウルが困り顔で小声で言った。
この選抜試験を考案してから、ラウルは一貫して反対してきた。危険すぎる、と。
「構わん。ラウル、その藁人形を俺だと思って死守しろ。——最悪、受験者が死んでも致し方ない」
俺の発言を聞き、練兵場が一段と騒がしくなった。
(完全に狂気を見るような目だな)
しかし、周囲の動揺とは裏腹に、ガストンはピクリとも動じない。
(その精神力、大したもんだ。ラウル相手にどこまでやれるか、見せてもらおう)
「……よし、良いだろう。試験……はじめ!!」
俺の号令と共に、ガストンの脚が魔力光を帯び、ラウルに向かって突進する。




