17話 要衝コルディア
中部都市コルディアは、人口一万人を擁する堅牢な城壁都市だ。
(現代の感覚ならただの地方都市だが、この世界じゃこれでも大都市なんだよな)
王都アストレオンと南部要塞都市ヴァラリア、さらには西部の都市ディシアを結ぶ交通の要衝であり、街は行き交う人々と物流の熱気で活気に満ちていた。
ラウルは過去に何度か訪れた経験があるらしく、慣れた様子で馬車を先導していった。
城門ではひと悶着あった。
供回りが数名の小部隊、しかも豪奢な装飾もない馬車とあっては、衛兵が「王子一行だ」と信じられなかったのも無理はない。数十分の問答の末、ようやく身分証の確認が取れると衛兵は青ざめ、慌てて領主の城への道が開かれた。
通された城は都市の規模に比して小さく、質素な造りだった。
王城の十分の一にも満たないだろうが、無駄がなく機能的だった。迎賓室の調度品も華美な装飾は削ぎ落とされており、領主の実利を重んじる気質が色濃く表れていた。
「これはこれはテオドール殿下。お初にお目にかかります。私はこの一帯を治めるノミコス家当主、クロード・ノミコスと申します」
現れたのは、長い手足に端正な顔立ちをした初老の男だった。若い頃はさぞ浮名を流しただろう美貌だが、その瞳には事務的で冷静な光が宿っていた。彼がコルディアの領主だった。
「ノミコス卿、此度は予め連絡も無く失礼した。半ばお忍びの旅路となっていてな」
「伺っておりますよ。なんでも私兵を組織して、南軍へ合流されるとか。ですが……まだ頭数は揃っていないようですね」
(流石は交通の要衝を握る領主だ。情報収集に余念がないな)
俺たちが到着するより早く、王都あるいは街道筋から情報が入っていたらしい。
「正確には、私兵ではなく正規軍の枠組で、俺に指揮権がある半独立部隊だ。その件で是非、ノミコス卿の助力を仰ぎたい」
「私どもにできることなら何なりと。まずはご用件を伺いましょう」
(柔和な笑みを浮かべてはいるが、なんとも油断ならない雰囲気の男だ。だが、悪意や罠があるようには感じない)
事前の調べでは、ノミコス家は北部貴族と南部貴族の軋轢に対し、徹底して中立を保ってきた歴史がある。それゆえに、この地域の領地運営は極めて安定的だと評判だった。
「単刀直入に言おう。俺は自ら小隊を編成して南へ向かうつもりだが、肝心の人材が不足している。そこでコルディアで募兵を行いたいのだが、どこか有望な人材に心当たりはないだろうか」
ノミコスはこの質問を予見していたのか、表情一つ変えずに即答する。
「はっきりと申し上げれば、心当たりはありません。優秀な者は近衛か北軍へ、そうでなければ街の衛兵に。市中に残る者は、その衛兵にすらなれなかった者だけでしょう。女子供に至っては……正直、武官として有望な者など見たこともありませんな」
後ろで控えていたコレットの眉がピクリと跳ねたのが気配で分かる。
(セシルとエリナを部屋の外に待機させておいて心底良かったぜ。特にエリナが聞いていたら、この場で乱闘騒ぎになっていたかもしれないな)
「そうか……では、貴族の三男や四男はどうだろう。北軍の選抜には漏れたが燻っている者たちの中に、眠れる才能があるかもしれないと考えているのだが」
「……残念ながら。北軍の選抜に落ちた者が、殿下のお眼鏡にかなうとは到底思えません。殿下の連れている王宮近衛の方々と比べてしまえば、それこそ天と地ほどの差があるでしょう」
俺は落胆とともに迎賓室を後にすることになった。
ノミコスは今までの町長たちに比べれば協力的ではある。だが、既存の評価基準――いわゆる貴族の出世コースから外れた者を『無能』と切り捨てる実利主義者であり、俺が求める『規格外れの人材』には見当もつかないようだった。
「さーて困ったな。貴族の別邸回りを始めるか? その前に武神教会に行くか。たしかコルディアにも支部があったはずだな?」
城に用意された客間で、俺たちが今後の方針を話し合っていると、給仕をしていた執事の一人が申し訳なさそうに声を挟んだ。
「失礼ですが、コルディアの武神教会は数年前に閉鎖となりました。資金難だったようです」
「なっ……!?」
執事の言葉に、信徒であるエリナが激昂して飛びかかろうとするのを、ジュリアンが慌てて後ろから羽交い締めにする。
「なんと……十年前は細々と活動していたのですが……」
ラウルもショックを隠せないようだった。
「残念ながら、ここ中部地域は南の蛮族領土からも北のエクイタニアからも、それなりの距離があります。平和ゆえに兵士への敬意が薄く、それゆえ武神教への信仰も先細りしてしまったのです。特に最近は、光神教が庶民の間に浸透しています」
光神教とは、一言で言えば「平和」と「選民思想」を掲げる宗教だ。
その教義は『貴族の支配権は、光神の血を引くがゆえの正当な権利である』と説くもので、支配階級にとっては極めて都合が良い。
(まったく、特権階級に都合が良すぎる……ゲームでも、庶民の反乱を抑える効果が突出していた宗派だったな)
組織構造も武神教とは異なり、確固たる総本山が存在する。それこそが、大陸東方に位置する宗教国家――ルミニア教国である。
「嘆いていても仕方がないな。それでは貴族の別邸や連絡所、他には傭兵の斡旋所なんかを回ってみるとしよう」
◇
俺はラウルとジュリアンと共に、コルディアの南地区を巡っていた。
もうコルディアに来て四日目になっていた。
北地区が貴族街、東地区が商業区、西地区が倉庫街。そして今いる南地区は、それ以外の雑多な人々が集まる下町だった。
最も当てにしていた貴族街での成果は散々だった。それなりに興味を持つ家もあったのだが、俺の『放蕩王子』という悪名と、たかだか小隊規模で戦果を挙げようとする無謀さが敬遠され、まともな交渉には至らなかった。
「この辺りは商館勤めの手代や、労働者階級の住居か……。あまり期待はできなさそうだな」
「出自は関係ないって言ってたじゃないですか、殿下! 現に俺も、成り上がり商家の四男坊ですしね」
ジュリアンはこの不毛な人探しすらも楽しんでいるようだった。
「ジュリアン、あまり無責任なことを言うな。私の故郷は五百人規模の比較的大きな村だったが、その中で蛮族とまともに渡り合えたのは私一人だった。平民の中から武芸に秀でた者が生まれる確率など、そんなものだ」
ラウルは厳しい目つきでたしなめた。
「そりゃ、ラウル隊長クラスの傑物ならそうでしょうよ。俺たち『普通の』王宮近衛レベルなら、そこまで高望みはしませんって」
「今は副隊長だ!」
そう言ってラウルは、軽口を叩くジュリアンの頭を小突いた。
(いつも思うが、俺みたいな生意気なガキに付き合ってくれる皆には感謝しないとな。彼らの常識からすれば、突拍子もないことばかりに付き合わせてるんだから)
そんなことを考えながら街中を散策していると、不穏な一角に出くわす。
年季の入った宿と思しき建物の周りで、十代後半の男たちが屯している。
最初は家出少年のたまり場かと思ったが、何かがおかしい。
育ちの良さを感じさせる整った顔立ちに、鍛えられて引き締まった肉体。それとは対照的な、くたびれた衣服と絶望に染まった表情。
その奇妙なミスマッチが、俺の足を止めさせる。
「ラウル、あの一角……なんだと思う?」
俺が問いかけるより早く、ラウルは剣の柄に手を掛けている。
「不穏な手合いですね……わざわざ近づかない方がよろしいでしょう」
「俺に任せて下さい! サクっと聞いてきますよ」
ジュリアンが軽快な足取りで連中に歩み寄る。
(おい、ジュリアン。そんな無警戒に近づいて大丈夫かよ)
一団の中でも一際体が大きい短髪の男がベンチから立ち上がり、威圧するようにジュリアンの行く手を塞ぐ。
二人は少しの間、何か言葉を交わす。やがてジュリアンがこちらを振り返り、大きく手招きをした。
「どうやら危険はなさそうです」
身体強化で聴覚を研ぎ澄ませたラウルが、こっそりと耳打ちしてきた。
二人が安全というなら問題ない。俺は怪しげな古宿に向かって歩みを進める。
転生前のテオドールであれば親近感を覚えたであろう、この薄汚れた青年たち。彼らとの出会いが、この旅の大きな転換点になるとは――この時の俺はまだ、予想すらしていなかった。




