16話 王都出立
「テオドール様、まだ間に合います。一旦引き返して、護衛を増やしませんか? 見て下さいこの人気のない街道……いつ野盗や獣が出てもおかしくありません!」
馬車の向かいの席で、コレットが青ざめた顔で訴えてきた。
俺たちは南軍司令部が置かれている要塞都市ヴァラリアを目指して、王都アストレオンを出立した。
見送りも餞別もなし。まるで夜逃げするようにひっそりとした出発だったが、それで良い。王都で目立っても利することはない。
「何度も言わせるな。信頼が置けて、腕が立って、口が堅い。そんな都合の良い護衛が見つかるなら、とっくに雇ってる」
王都を出発する前から、コレットはずっとこの調子だ。
(とはいえ、王族の長旅で護衛が実質三人というのは、自殺行為と言われても否定できないけどな)
「ですが……」
「王都は敵地みたいなものだ。王妃派や北方貴族の息がかかった連中を雇うくらいなら、身軽なほうがマシだ。この五人は特別だからな」
成人の儀の後、不自然に擦り寄ってくる役人や衛兵が何人かいたが、その裏に誰の意図があるか分かったものじゃない。疑心暗鬼に陥るくらいならと、王都での現地徴用を断念したのは俺なりの防衛策だった。
「でしたら――」
コレットはまだ食い下がる気だった。
まるで母親のような口ぶりだが、実際に彼女は俺の乳母であり、育ての親も同然。本気で心配するのも無理はない。
現に、自衛もおぼつかない侍女の身でありながら、制止を振り切って南軍の前線までついてくると言って聞かなかったのだ。
「分かった、分かった。本当は南部に入ってから募兵するつもりだったが、次に着く宿場町から探し始めよう。それで少しでも頭数が増えれば安心だろう? 王都から離れれば、間者が入り込むリスクも減るはずだしな」
「……分かりました……とにかく! 護衛の皆さん、よろしくお願いしますよ!!」
コレットは不承不承といった顔で頷くと、小窓を開け、御者席に向かって声を張り上げた。
「護衛不足のままで出発した責任はご自身で取られるんですよね。万が一襲撃を受けたら、女子供を置いて一人で逃げ出さないでくださいね」
コレットの隣に座るセシルが、棘のある言い方をした。
「そうだな……護衛の三人には及ばないが、俺も多少の戦力にはなるだろう」
(短期間だが、魔力制御の鍛錬と剣術の指南を受けた。ぽっと出の野盗なら五分の相手くらいはできるはずだ)
「それに、うちの子供は守る必要ないよな! エリナ! いい加減、屋根から降りたらどうだ!」
そう言って、拳で下から馬車の天井を小突くと、エリナがドンドンと力強く叩き返してきた。
「狭いところは苦手なの!!」
そういうわけで、あろうことかエリナは馬車の上に鎮座している。どうにも閉所が苦手らしく、乗馬を教えて馬に乗せようかと、ラウルと相談しているところだった。
コレットと入れ替わるように俺は小窓から顔を出し、前方を走るラウルとジュリアンへ声を張り上げた。
「ジュリアン! どうだ、行軍は順調か!」
まずは中継地点であるアストリア中部の都市、コルディアに向かっていた。
「まだ出発して四時間ですよ! 予定通り、宿場町に着くのは日没ごろです!」
(やれ馬の休憩だ、夜間行軍は厳禁だ――まったく、現代文明が懐かしくなるな。たかだか百キロ先の都市まで、四日もかかるとは。ゲームなら時間を早回しして一瞬で済むんだけどな……)
◇
日暮れ前に到着した宿場町は、王都の近郊ということもあり、人口二千人規模の栄えた町だった。町全体が木の防護柵で囲まれて数百の家々が軒を連ねており、小さな役場や商館のある中心街は、夕刻だというのに活気に溢れていた。
俺たちはコレットの強い勧めで、貴族御用達だという高級宿に向かうことになった。
「これはこれは……ようこそいらっしゃいました。ですが、どちらの家の方でしょう? 当宿は基本的に予約制となっておりまして……」
身なりの良い中年男――宿の主人だろう――が、慇懃無礼な笑顔で立ちふさがった。
(一見の客は断るスタイルらしいな)
俺が口を開こうとした、その時だった。
「お控えなさい。こちらにおわすはアストリア国王陛下が子息、テオドール殿下であらせられます! 今宵はこちらで一泊とらせていただきます!」
コレットが有無を言わせぬ口調で宣言した。
(この隊で、もっとも王族らしい振る舞いを習得しているのがコレットなのが笑えるな)
宿主は最初こそ怪訝な顔つきをしたが、コレットが突きつけた身分証書と王家のペンダントを見るや否や、驚愕に目を見開き、慌てて支度へと飛んで行った。
宿に荷物を置き、俺はラウルとジュリアンを伴って、募兵の相談をしに役所に出向いた。
「ご要望のような腕の立つ人物がおりましたら、私どもが放っておくはずがありません。この辺りで腕っぷしの良い若者は、皆、王都を目指しますので……」
王子の到来に表向きは平伏した町長であったが、俺たちを心から歓待する様子はなかった。
「それもそうだな……ではどうだろう、女子供で腕が立つ者、それか、才能はあるが訳ありで燻っている奴とか……」
「はぁ? 女子供、ですか……?」
町長はあからさまに呆れたような、軽蔑を含んだ表情になった。
(なるほど。放蕩王子がお遊びで『慰み者』でも探していると思われているな)
誤解を解こうにも、今の俺にはそれを覆すだけの実績がない。
結局、けんもほろろに追い返されてしまった。
(『権威』が通用するのは外面だけだな。『放蕩王子』という悪評がある限り、本心からの協力を得るのは難しそうだ)
それではと、衛兵詰所やら傭兵の斡旋所を回ってみたが、やはり大した実力者には出会えなかった。俺たち三人はすごすごと宿に戻り、全員で夕食を取りながら作戦会議――もとい反省会を始めた。
「見立てが甘かったか……結局俺は世間知らずの坊ちゃんってわけか……」
俺は薄い酒を煽る。
(転生前の放蕩王子時代の記憶が蘇るようだな……)
「まだ始まったばかりじゃないですか! 殿下! 明日からも気を取り直して各町で募集をかけましょう!」
こんなとき、ジュリアンの軽快さは沁みるものがあった。
「そもそも要求が高すぎるのです。ジュリアンやレオに準ずる輩が、そのへんに転がっているわけがない。要求水準を下げるか、そうでなければ特別な策を考える必要があるでしょう」
ラウルはなんとも冷静だった。酒に強いのか酔うそぶりもない。
「水準を下げるつもりはないぞ。若くて将来有望か、現役で王宮近衛レベルか、そのどちらかだ。何せ小隊規模で戦果をあげなくちゃならないんだから」
(部隊の質を落とすと損耗率も上がるだろう。手駒の少ない序盤は、兎にも角にも損耗率を低く抑えることが鉄則だ)
「じゃあ、お貴族の屋敷巡りを始めますか? 多少はマシな奴が出てきそうです」
(腕に覚えのある女子供、選抜に落ちた下級貴族の子息、才能ある徴兵逃れ。この三分類の中で探しやすいのは、確かに貴族周りだろう)
「そうだな……しかし、主要街道を外れてまで屋敷巡りを始めると埒が開かない。とりあえずは大都市のコルディアまで向かい、そこで貴族の別邸なり武神教会なりを巡ろうか」
その後は見立てが甘いとコレットとセシルに散々なじられ、俺は逃げるように客室へ帰った。
「俺の知っているヴィクターナ戦記はどこに行っちまったんだ……これじゃあストラテジーってよりRPGの仲間集めだ……」
そう溜息をついて横になる。
(それでも諦めるわけにはいかない。なんとしても、精強な小隊を作り上げなくては)
そう決意を改めて、俺は深い眠りに落ちた。




