16話
「ジュリアン! どうだ、行軍は順調か!」
小窓を開け、御者席へ声を張り上げる。
俺たちは南軍司令部が置かれている城塞都市ヴァラリアを目指して、王都アストレオンを出立した。
見送りも選別もなし。まるで夜逃げするようにひっそりとした出発だった。だがそれで良い。王都の中で目立って良いことは何もない。
まずは中継地点のアストリア中部の都市、コルディアに向かっている。
「まだ出発して四時間ですよ! 予定通り、宿場町に着くのは日没ごろです!」
やれ馬の休憩だ、夜間行軍は厳禁だ――まったく、現代文明が懐かしくなる。
たかだか百キロメートル先の都市まで、四日もかかるとは。ゲームなら時間を早回しして一瞬で済む。この世界の不便さは、タイパ重視の現代人には毒だ。
「テオドール様、まだ間に合います。一旦引き返して、護衛を増やしませんか? 見て下さいこの人気のない街道……いつ野盗や獣が出てもおかしくありません!」
向かいの席で、コレットが青ざめた顔で訴えてくる。出発前からずっとこの調子だ。
まあ、王族の旅で護衛が実質三人というのは、自殺行為と言われても否定できない。
「何度も言わせるな。信頼が置けて、腕が立って、口が堅い。そんな都合の良い護衛が見つかるなら、とっくに雇ってる」
「ですが……」
「王都は敵地みたいなものだ。王妃派や北方貴族の息がかかった連中を雇うくらいなら、身軽なほうがマシなんだよ。この三人は特別だ。あとセシルもな」
成人の儀の後、不自然に擦り寄ってくる役人や衛兵が何人かいた。だが、その裏に誰の意図があるか分かったものじゃない。疑心暗鬼に陥るくらいならと、王都での現地徴用を断念したのは俺なりの防衛策だった。
「でしたら――」
コレットはまだ食い下がる気だ。
まるで母親のような口ぶりだが、実際に彼女は俺の乳母であり、育ての親も同然。本気で心配するのも無理はない。現に、自衛もおぼつかない侍女の身でありながら、制止を振り切って南軍の前線までついてくると言って聞かない。
「分かった、分かった。本当は南部に入ってから募兵するつもりだったが、次に着く宿場町から探し始めよう。それで少しでも頭数が増えれば安心だろう? 王都から離れれば、間者が入り込むリスクも減るはずだしな」
「……分かりました。……とにかく! 護衛の皆さん、よろしくお願いしますよ!!」
コレットは不承不承といった顔で頷くと、御者席に向かって声を張り上げた。
(本来は、故郷を守る意志の固い南部出身者を狙うつもりだったが……。まあ、その手前で優秀な人材が見つかれば儲けものか。コレットの言う通り、野盗などのリスクもゼロじゃないしな)
「護衛不足のままで出発した責任はご自身で取られるんですよね。万が一襲撃を受けたら、女子供を置いて一人で逃げ出さないでくださいね」
コレットの隣に座るセシルが、棘のある言い方をする。
「そうだな……護衛の三人には及ばないが、俺も多少の戦力にはなるだろう」
王都では短期間であるものの、ゴーティエ司教の元での魔力鍛錬と、ラウルによる剣術の指南を受けた。ぽっと出の野盗なら五分の相手くらいできるだろう。
「それに、うちの子供は守る必要ないよな! エリナ! いい加減、屋根から降りたらどうだ!」
そう言って馬車の天井を突くと、エリナがドンドンと拳で叩き返してくる。
「狭いところは苦手なの!!」
そういうわけで、あろうことかエリナは馬車の上に鎮座している。
どうにも閉所が苦手らしく、乗馬を教えて馬に乗せようかと、ラウルと相談しているところだ。
◇
日暮れ前に到着した宿場町は、王都の近郊ということもあり、人口二千人規模の栄えた町だった。町全体が木の防護柵で囲まれ、数百の家々が軒を連ねている。小さな役場や商館もあり、メインストリートは夕刻だというのに活気に溢れていた。
俺たちはコレットの強い勧めで、貴族御用達だという高級宿に向かうことになった。
「これはこれは……ようこそいらっしゃいました。ですが、どちらの家の方でしょう? 当宿は基本的に予約制となっておりまして……」
身なりの良い中年男――宿の主人だろう――が、慇懃無礼な笑顔で立ちふさがる。一見の客は断るスタイルらしい。
俺が口を開こうとした、その時だった。
「お控えなさい。こちらにおわすはアストリア国王陛下が子息、テオドール殿下であらせられます! 今宵はこちらで一泊とらせていただきます!」
コレットが有無を言わせぬ口調で宣言する。この隊で、もっとも王族らしい振る舞いを習得しているのは、皮肉にも王宮勤めの長いコレットただ一人だ。
宿主は最初こそ怪訝な顔つきをしたが、コレットが突きつけた身分証書と王家のペンダントを見るや否や、驚愕に目を見開き、慌てて支度へと飛んで行った。
宿に荷物を置き、俺はラウルとジュリアンを伴って、募兵の相談をしに役所に出向いた。
「ご要望のような腕の立つ人物がおりましたら、私どもが放っておくはずがありません。この辺りで腕っぷしの良い若者は、皆、王都を目指しますので……」
王子の到来に表向きは平伏した町長であったが、俺たちを心から歓待する様子はなさそうだ。
「それもそうだな……。ではどうだろう、女子供で腕が立つ者、それか、才能はあるが訳ありで燻っている奴とか……」
「はぁ? 女子供、ですか……?」
町長はあからさまに呆れたような、軽蔑を含んだ表情になった。
結局、けんもほろろに追い返されてしまった。曲がりなりにも王族のはずだが、”放蕩王子”はかなり軽んじられる存在らしい。
それではと、衛兵詰所やら傭兵の斡旋所を回ってみたが、やはり大した実力者には出会えなかった。俺たち三人はすごすごと宿に戻り、全員で夕食を取りながら作戦会議...もとい反省会を始めた。
「見立てが甘かったか……結局俺は世間知らずの坊ちゃんってわけか……」
俺は薄い酒を煽る。転生前の放蕩王子時代の記憶が蘇るようだった。
「まだ始まったばかりじゃないですか! 王子! 明日からも気を取り直して各町で募集をかけましょう!」
こんなとき、ジュリアンの軽快さは沁みるものがある。
「そもそも要求が高すぎるのです。ジュリアンやレオに準ずる輩が、そのへんに転がっているわけがない。要求水準を下げるか、何か具体的な方策を立てるかのどちらかでしょうな」
ラウルはなんとも冷静だった。酒に強いのか酔うそぶりもない。
「水準を下げるつもりはないぞ。若くて将来有望か、現役で王宮近衛レベルか、そのどちらかだ。何せ小隊規模で戦果をあげなくちゃならないんだから」
部隊の質を落とすと損耗率も上がるだろう。手駒の少ない序盤は、兎にも角にも損耗率を低く抑えることが鉄則だ。
「じゃあ、お貴族の屋敷巡りを始めますか? 多少はマシな奴が出てきそうです」
腕に覚えのある女子供、才能ある徴兵逃れ、選抜に落ちた下級貴族の子息。この三分類の中で探しやすいのは、確かに貴族周りだろう。
「そうだな……しかし、主要街道を外れてまで屋敷巡りを始めると埒が開かない。とりあえずは大都市のコルディアまで向かい、そこで貴族の別邸なり武神教会なりを巡ろうか」
その後は見立てが甘いとコレットとセシルに散々なじられ、俺は逃げるように客室へ帰った。
「俺の知っているヴィクターナ戦記はどこに行っちまったんだ……。これじゃあストラテジーってよりRPGの仲間集めだ……」
そう溜息をついて横になる。
それでも諦めるわけにはいかない。なんとしても、精強な小隊を作り上げなくては。
そう決意を改めて、俺は深い眠りに落ちた。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
さて、ようやく王都を飛び出すことができました。これから小隊の面々を揃えていくわけですが、隊員それぞれをどこまで細かく描写するか、非常に悩んでおります。流石に30名全員を名前呼びはできませんので...
ちなみに、アストリア王国の国土は現在のルーマニア程度を想定しています。
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
エリナ・リギドゥス (13歳)
武神教会に拾われた孤児の少女。ゴーティエ司教から古武術を会得し、年齢に不釣り合いな戦闘力を持つ。武神教の教義に心酔しており、蛮族と戦う場を求めてテオドール隊への入隊を希望した。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図
アストリア王国地図




