15話
「うーむ……」
思わず唸り声が漏れる。
目の前ではラウルがエリナに剣術を指南し、ジュリアンとレオは司教から格闘術の指導を受けている。
「いつまで悩んでいるおつもりですか? 返信に時間がかかるのですから早く答えを決めませんと」
コレットがティーポットを傾けながら、呆れたように話しかけてきた。
エリナの入隊から一週間。俺たちは武神教会で鍛錬を積みながら、南軍司令部からの返信を待っていた。 そして待ちに待った書状が目の前にある。
「そうは言うが、簡単に答えは出せないよ。南軍でのキャリアを左右する重大事だ。後から方向転換するのは難しいぞ」
書状の概要はこうだ。
一つ、俺個人の予算と南軍の予算の折半で、王室近衛同等の給金支給を許可する。
一つ、指揮系統を独立化する場合は、南軍からの人員供出は不可。
一つ、人員が必要なら、既存の小隊に隊長として就任すべし。
どうやら、南軍の人員不足は甚大らしい。死傷率の高さも関係しているだろう。
「正直、既存小隊の隊長は論外だ。不毛な防衛戦に付き合うつもりはない」
「では答えは決まっているのですから、早く返信してください。あ、私が代筆しますからね! テオドール様は字が汚いですから」
そう言って皆にお茶を配りに行った。
「しかし王子、どうやって人員を確保するつもりですか? この五人で蛮族退治は無謀でしょう」
セシルが書状を覗き込む。
「当たり前だ。だから……その方法を今考えているところさ……」
ゲームなら『徴兵令』や『臨時徴用』といったコマンド一つで解決できた問題だ。だが、今の俺にそんな権力もシステムも存在しない。
ふと、疑問が頭をよぎる。
「そういえばセシル、“経過観察”とやらはいつまで続ける気だ? まさか南までついてくるつもりじゃないだろうな」
セシルは本来、王宮勤めの癒術師だ。おいそれと前線をうろついていい立場ではない。
「『殿下の熱病は癒えたものの、性格の変容には著しいものがある。精神的な変調をきたす恐れがあるため、長期的かつ密着した経過観察を要する』――そう報告したら、無期限の随伴許可が下りました」
「おい。俺をダシにするな」
放蕩王子の次は精神異常者扱いか。まったく、いい迷惑だ。
「……いくらなんでも酷い言い草じゃないか。そこまでしてフィールドワークがしたいのか?」
「それもありますが」
セシルは悪びれる様子もなく、優雅な所作で向かいの席に腰を下ろした。
「症例として純粋に興味深いのです。生死の境を彷徨った人間に何が起こるのか。その心変わりの行く末が。……ですので、飽きるまではご一緒させて頂きますよ」
根っからの研究者気質らしい。現代日本にいれば、倫理委員会に睨まれるタイプの高名な科学者になっていたに違いない。
「……まあいい。懐を痛めずに優秀な癒術師を雇えるなら、安いものだ」
「期待していてください。腕だけは、並の従軍癒術師より良いはずですから」
真顔で大見得を切るセシル。 心強いが、どうにも常識離れしている。
「そんなことより、人員の確保はどうするんです?」
「考えはある……ラウル!! ちょっと来てくれ!!」
ラウルがエリナを引き連れて歩いてくる。人見知りのエリナはラウルには懐いているようだ。
「なんでしょう王子。南軍からの書状の件ですか」
「そうだ。俺に考えがあるんだが、その前に、この国の徴兵制度を再確認させてくれ」
ラウルは少し険しい顔をした。現行の徴兵制に思うところがあるらしい。
「平民の男は十八歳から二年間の兵役が課せられます。ただし、一家に現役の職業軍人がいる場合は免除となります」
「それだけじゃないだろう?」
「ええ。高度な身体強化、もしくは元素魔法の才を持つ男は、職業軍人となることを強く推奨されています。強制ではありませんが、断ることは難しいでしょう」
元素魔法とは炎や水、雷などを生成・制御する魔法だ。生活魔法レベルの使い手なら街中でも見かけるが、実戦に耐えうる出力を持った者は稀少とされる。
「才能があっても女には義務がない。そうだな?」
「左様です。そもそも女性で魔法の才能に恵まれた者は少ない。セシル殿やエリナは稀有な存在です」
魔法の才が男に偏っているというのが事実なのか、女性軽視の偏見なのか、現時点では分からない。ゲームではそんな設定はなかったはずだ。
「稀有かもしれんが、市中にも有望な女性が眠っている可能性はあるわけだ。なんとか見つけて入隊させたい」
エリナは何故か誇らしげな顔をしているが、ラウルの顔は険しい。
「そんなことを南軍が認めるか……。それに、実力や才能があったとしても、家族や一族が反対するでしょう」
「ごもっともだが、そうでもして集めるしかないんだよ。正規軍からの割り当てがない以上、やるしかない」
ラウルとエリナに稽古を再開させ、どうやって女性登用を進めるか考えに耽る。
「徴兵逃れはどうでしょう!?」
「!! ジュリアン! 気配を消して背後を取るな!」
後ろから肩越しにジュリアンが声をかけてきた。レオもこちらに向かってくる。
「まあまあ、警戒が疎かな王子にも非はあります」
まったく、食えない男だ。
「……それで、なんの話だったか」
ジュリアンは隣に腰掛けた。
「徴兵逃れですよ、王子。そいつらを見つけ出して登用するってのはどうでしょうか」
「頭数揃えるだけならアリかもしれんが、二年の兵役すら我慢できん奴に命を預けたいとは思わないな」
現世で徴兵制のない日本生まれの俺が言える筋合いじゃない。だが、この国の文化では、徴兵逃れは国家に対する重大な反逆行為とされている。
「そっちじゃありません。才能があるのに、それを隠して逃げている連中のことですよ」
そっちか。 律令ではなく、『魔法の才ある男には軍属が求められる』という社会的圧力の話だ。
ゲームではユニットの潜在性もパラメーターの一つだったが、俺の調べた限り能力の潜在性を測定する手法は現存していない。つまり、容易に隠し通すことができる。
「良いアイディアだが、どうやってそいつを見つけ出す? 目星が立ったとしても、本人と家族がシラを切ったら確かめようがないだろ」
「それをなんとかするのが“王族”でしょう?」
詰めが甘い奴だ。参考になりそうでならない。
溜息をついていると、ジュリアンの奥からレオが声をかける。
「僕の実家のような、下級貴族も狙い目かもしれません」
自分の生家を淡々と『下級貴族』と評するとは、なんともレオらしい。
「貴族の血は魔力を宿しやすく、有望な若者も多い。ですが、北軍や近衛ならともかく、死傷率が高く名誉も薄い南軍は敬遠されます。それなら文官や商家に婿入りした方がマシだと」
「つまり、北軍や近衛の選抜に落ちた貴族の坊っちゃんを狙おうってわけだな?」
レオは頷く。
「王室近衛並の給金、放蕩王子とは言え王族直属、実利と名誉からして、希望する者もいるでしょう」
建設的な意見だ。貴族と聞くと豪華絢爛なイメージが定着しているが、実際のところピンからキリまである。貴族の子息の引き入れは、政治的な力をつけることにも繋がるだろう。
「いいアイディアだ、レオ。……ジュリアンの意見も採用するつもりだ、そんな顔しないでくれ」
ジュリアンは年下のレオに出し抜かれてしおらしい顔になっていた。
少し考えると言って、二人を鍛錬に戻す。
「まとめると……女、徴兵逃れ、下級貴族の子息、この中から有望な者を探して説得し、入隊させる……。できれば南部出身者が良いな……」
口に出して考えをまとめる。これは現世からの癖だった。
「その聖痕も有効利用されると良いでしょう。熱心な武神教徒であれば、協力を惜しまないはず。蛮族討伐のためなら武神様もお喜びになります」
今度はゴーティエ司教が向かいに座る。
「そうは言うが司教。武神教徒の多くは職業軍人の家系。既に従軍しているだろう?」
他部隊からの引き抜きは、軍そのものを敵に回すことになる。現状で一番の悪手だ。
「ええ。ですから、エリナのような娘を選抜するのです。軍人の家系は優秀な身体強化魔法の使い手を多く輩出します。中には男並みの武力を備えた者もおるでしょう」
司教は優しい目で剣術に励むエリナを見る。 少女を軍に送り込む事に一切の悪びれを感じていないのが、司教の恐ろしいところだ。
「……一理ある。ただ、目の前で子供に無駄死にされるのはごめんだ。登用するにしても相当な実力者のみだ。それこそエリナのようにな」
「本当に一握りでしょう。しかし、ゼロではない。是非お探しになってください」
そう言ってエリナの元へ司教は歩き出した。
「それじゃあ、お返事を書くとしようか……」
俺は、自力で兵士を登用する旨、女子供を入隊させる旨、各都市を巡って選抜を行う旨をしたためた。 返状をコレットに渡すと、文字の汚さと言い回しについてひとしきりお叱りを受け、最終的にコレットが代筆することとなった。
さて、いよいよ王都を出る日も近づいて来た。
まさか小隊の編成で躓くとは思わなかったが、これも指揮系統を守るため。致し方ないだろう。
なに、曲がりなりにも王子の看板がある。人を集めること自体は造作もないはずだ。
そう高を括っていた俺の目論見は――しかし、最初の街で無残にも打ち砕かれることになる。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
ようやくです。ようやく王都をでる目途が立ちました。
ということは...アストリア国内の地図を作らねばならぬということ!
しばらくInkaenateに籠ることになりそうです…トホホ...
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。




