14話
コツン。
脳天を棒で叩かれた。今日何度目の打ち込みだろうか。
「王子、また魔力回路が乱れていますよ。いい加減、集中してください」
「そうは言うが司教、入門者に初日から厳しすぎやしないか。これでも努力しているつもりなんだが」
「短期集中をご要望されたのは王子の方でしょう。それに、入門者とはいえ『聖痕』持ち。他の信徒の模範となる領域まで早く進んでもらわねば」
俺は溜息をついて、再度精神集中の海に潜る。
護衛三人に稽古を付けてもらった翌日、俺は武神教会のゴーティエ司教を訪れた。南軍への士官が決まり、早々に王都を発つつもりだと報告するためだ。
すると早速、武神教流の基礎鍛錬を始めさせられた。面白いことに、俺だけでなく護衛の三人も、そしてコレットとセシルも巻き込まれている。厳しく指導されるのは俺だけだが。
コツン。
またこれだ。
「王子、何度も言うように、魔力回路の流れを一定にしようとするのではなく、魔力の発生を安定させるのです。流れを絞ってはなりません!」
この鍛錬は武神教徒の模範となるべく、魔力回路の安定運転と、それに必要な精神力を鍛えるものらしい。
といっても、できる限り微弱な魔力を、極限まで安定して出力するよう努めるだけだ。
理屈は分からないが、司教は背中に手を当てるだけで魔力回路の状態が分かるらしい。座禅を組む俺たちの背後を歩きながら、時折注意を飛ばしてくる。俺に対してはついでの一撃付きで。
「コレット殿もセシル殿も大したものですね。テオドール王子も見習って下さらないと」
どうやらコレットとセシルは優秀らしい。
この能力もゲームでは数字で示される一つのパラメーターに過ぎないのだろうが、それを鍛えるだけでも一苦労だ。
(あくまで俺は指揮官だ。そこまで根を詰めなくても良い気がするが……)
コツン!
「王子、自分の命を守る術と心得て集中なさい。指揮官とて、自衛や状況把握に魔法を使うはずです」
まるで心を見透かされているようだ。
「分かっている……が……そろそろその集中力も限界だ……」
頭痛が酷くなってきたし、腹もぺこぺこだ。
「……仕方ないですね。そろそろ昼時ですし、休憩としましょう」
「恩に着る……司教……」
そう吐いて体を伸ばす。これをいつまでやるのか……考えただけで億劫になる。
俺たちは教会の庭先にある石机で昼食を取り始めた。豆を主体とした質素なものだが、今の俺にはご馳走だ。
「時に王子、貴方の指揮する小隊は、南軍の指揮下に入るのですか」
司教が藪から棒に聞いてきた。
「南軍司令部指揮下に半分、俺個人の指揮下に半分といったところだな。編成権は俺にあり、給金はそれぞれ折半になる予定だ。なんでそんなことを? まさか司教も入隊してくれるのか?」
もしそうなら万々歳だ。彼が相当な武力の持ち主であることは明らかだからな。
「それは……難しいですね。私には王都の信徒を導く使命がありますし、教会で引き取った孤児たちの面倒も見ねばなりません」
教会の雑事をこなす子供は孤児だったのか。絵に描いたような聖職者だ。
「まったく大したお人好しだな。ではなぜ聞いたんだ?」
「……本人を呼んだ方が話が早そうですね。エリナ! 来なさい!」
教会から出てきたのは、俺より少し年下の少女だった。赤毛を後ろで縛り、オレンジ色の瞳で鋭い眼光を放っている。
「この子はエリナ。私が引き取った孤児の一人です。歳は十三。身体強化魔法の才は相当なものです」
「……初めまして、エリナ。俺はテオドール・アストレウス。現国王の側室の子だ」
自己紹介をすると、余計に睨みつけられた。なにか怒らせたのだろうか。
「エリナ。ご挨拶を。無礼ですよ」
「……エリナ・リギドゥスです」
司教の姓を名乗っている。養子扱いなのだろう。
「それで司教、話とはなんだろうか。彼女を俺の部隊に入れたいということか?」
他に考えられない。
「その通りです。ご存じのようにこの国で女性は従軍が認められていない。いくら武勇に優れていても、それを生かす道はほとんどないのです」
「そうだな。才能ある女性が能力を発揮する場所を得られない、俺も不条理だと思う。俺に権力があれば、今すぐにでも改革したいところだが」
武神教は武闘派でありながら、男女平等を掲げる珍しい宗教体系をしている。これも保守的な国家での扱いが悪い理由の一つらしい。
「この子は信仰深く、武の才に溢れ、その力を弱き人々の為に使いたいと願っている。しかし女であるため、原則として軍への入隊は認められません。どうか、この子の夢を叶えると思って、連れて行ってはくれませんか」
司教は厳格な聖職者というより、過保護な親の顔をしていた。
「可能だったとして、俺には実績もないし、部隊も小隊規模だ。それで蛮族相手に戦果を狙うつもりだから、極めて危険だぞ。この子が死ぬことになるやもしれん。それでも行かせるのか?」
話にエリナが割り込んできた。
「死ぬのは怖くない。怖いのは武神様のお導きに殉ずることもできず、無意味な一生を送ること。戦いの末の死は、戦士の誉れだ」
決意は本物らしい。孤児を引き取り殉教者に育て上げる。ゴーティエ司教は、教育者としても優秀と言えるだろう。
「……そもそも性別を抜きにしても従軍は十五歳からのはず。まあいいか。近衛の三人はどう思う?」
三人は顔を見合わせ、小声で話し込んだ。
「女で子供、入隊を認めるべきではないと考えます」
ラウルがそう言いながら石机を周ってくる。
「しかしてこの子は武神教徒。その力を証明するチャンスは与えられて然るべきです」
ラウルは格闘術の構えを取る。実力を認められれば許可しようという話らしい。
俺としては将来有望なら引き入れたいものの、目の前で子供が死ぬのは見たくない。まだ迷っていた。
「……よし、ラウル。この子が最低限自衛できるか確かめてやってくれ。司教もそれで良いか?」
司教は神妙な顔で頷く。コレットとセシルは心配そうだが、エリナ本人はやる気どころか、おもちゃを見つけた子供のような目をしている。
「軽い組み手だからな! お互い怪我のないように! 始め!」
号令と同時にエリナが仕掛ける。低い姿勢から両手をついてラウルを蹴り上げ、防御のためにラウルの上体が浮いた隙に、逆足で足払いをかけた。ラウルは体勢を崩すが、素早い受け身で距離をとる。エリナは間髪入れずに飛びかかった。
「まるで獣だな、司教。あれが由緒ある武神流格闘術とは言わないでくれよ」
「その通り。あれは、鉄器が無い時代に蛮族を打ち破る為に体系化された武神流古武術。現代格闘術の源流と言われています」
ラウルはエリナの変則的な動きに戸惑っているようだが、まともな攻撃は喰らってはいない。
「蛮族に有効ならなぜ廃れたんだ? 南軍にはもってこいじゃないか」
ラウルの正拳を躱したエリナが、その腕に巻きつき関節をキメにいく。
「全身を柔軟に使うので、堅い防具は身に付けられず、帯剣も難しい。つまり、防御が著しく薄くなるのです」
ラウルが強化された腕力でエリナを無理矢理引き剥がし、放り投げる。
「身体強化魔法で防御・回避しないと即死するわけだ。そりゃあ廃れるのも仕方ない」
ラウルの堅いガードを崩そうと、エリナは大振りの蹴りを入れた。それを見切ったラウルは両手で蹴り足を受け止め、そのままエリナの体を円弧軌道で振り回して地面に叩きつけた。
一同は騒然とする。
「馬鹿野郎!!」
俺はつい叫んでしまったが、エリナは身体強化した両腕で受け身をとっていた。
「勝負あり……ですな……」
息絶え絶えのラウルが宣言する。
解放されたエリナはヒョイと立ち上がるが、だいぶ堪えたらしく、肩で息をしている。
「どうだったラウル? 随分と手こずったように見えたが」
「なに、真剣勝負だったら相手になりませんよ。まあでも、悪くない格闘術です。オーガはまだしも、ゴブリン程度には後れを取らんでしょう」
年齢を考えれば十分な評価だ。これからの成長にも期待できるだろう。
「ジュリアンとレオはどう思う」
「こんなもん見せられて、俺はこの子に勝てる気がしませんよ! つまり合格!」
「足手纏いにならなければ良いですよ。僕はもともと反対してませんし」
護衛三人全員が賛成なら、断る理由もないだろう。
「そういうわけでエリナ、ようこそテオドール小隊へ。といってもまだ俺を入れて五人しかいないけどな」
そう言って右手を差し出すと、エリナはぶっきらぼうに応えた。
「宜しく……お願いします……テオドール王子……」
突拍子もない出会いだったが、長期戦を見据えれば若き才能に実践経験を積ませるのも悪くない。五年後、十年後、彼女が化ければ、大きな力になってくれるだろう。
俺はそんなこと考えながら、残りの豆料理を腹に収めた。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
先日はご感想、レビューを頂けまして感無量でした。アクセス解析からお読みくださっている方の存在は認知していましたが、こうしてコメントを頂けると凄まじい実感を感じるものですね。ついつい部屋で小躍りしていました。
作品の方は、ようやく序章の終わりが見えてきたところでしょうか。
まだストラテジーゲームをベースとした軍隊単位での戦闘シーンは先になりますが、引き続きお読み頂けますと幸いです。
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




