13話
西陽が目に染みる。 体をよじろうとすると、全身の筋肉が悲鳴を上げた。
「いててて……もう動けないな……」
ラウルとの稽古は熾烈を極めた。 驚くことに、ジュリアンとレオの助力を持ってしても良いようにあしらわれてしまい、ついに俺が根を上げたのだ。
「王子、水です。飲みますか?」
レオが木製のコップに水を汲んできてくれた。
「ありがとう……」
掠れた声で礼をして、水を一気に飲み干す。 レオは隣に座るラウルとジュリアンにもコップを配っていた。
「それにしても、ラウルは尋常では無いな。ジュリアンとレオの腕前もそれなりだろう? これほど力量差があるものなのか?」
自慢げなラウルの脇から、ジュリアンが答える。
「実戦経験の無い俺とレオじゃ相手になりませんよ。王宮近衛なんてのは、身体強化の才能と、厳しい選抜試験を抜ける精神力さえあれば誰でも入れますから。南軍の『オーガ殺し』と勝負になるだけで立派なもんです。なぁレオ!」
「誰でもってことはないでしょう、ジュリアンさん。ただ、確かに実戦経験の無い近衛兵は多いですから、有事の際にどこまで力を発揮できるかは分かりませんね」
王宮防衛における重大な欠陥な気がするが、今は追及しないでおく。
「その猛者のラウルが、なぜ王宮近衛なんてやっている。兵士の栄誉ってやつか?」
少し間をおいて、遠い目をしたラウルが語り始めた。
「……三番目の倅が、死にかけで生まれてきましてね。一流癒術師の治療を継続的に受けないと助からないと。そんな大金、平民上がりの兵士には出せません。そんなとき、王宮近衛への栄転話が出たのです。給金は兵長の二倍、里帰りも年に一回。断る選択肢はありませんでした」
「結構なことだな。倅は元気なのか?」
「去年、十歳を迎えました。まだ治療は継続していますが、元気に育っていますよ」
そう言って、ラウルは父の顔で少しはにかむ。
「父親の鑑だな、ラウル。あとは稼げるだけ稼いで、余生を田舎で過ごすつもりか?」
そっと探りを入れる。 どうにかラウルは配下に加えたい。他の二人も欲しいが、ラウルは格別だ。
「……私はアストリア南部出身です。家族は中部に住んでいますが、それでも年々故郷の状況が悪くなるのを聞いていると、王都を飛び出したくなります」
「じゃあ、何故戻らない? 給金か?」
「それもありますが、王宮近衛への栄転に際してひと騒ぎありまして」
苦笑いするラウル。その先は話したくなさそうだが、ジュリアンが補足してくれた。
「クソしょうもない貴族のぼっちゃん上官を殴り飛ばして、軍法会議にかけられそうになったら、現場の兵が反乱騒ぎを起こしたんでしたっけ? それで落としどころとして”栄転”することになったと」
「ジュリアン!! ……まあ、そんなところです……お恥ずかしい話で……」
無能な貴族階級の士官と、有能な平民のベテラン兵。この時代ではよくある軋轢だ。 ゲームの中なら非効率な軍制をさっさと改革するところだが、現実はそう甘くない。
そこからラウルの昔話に花が咲き、ジュリアンとレオが興味津々に質問攻めにしていた。
日が落ち始めた。そろそろ頃合いだろう。
「なあラウル。俺の護衛兼副長として、南軍に戻らないか」
喧噪が静まり返る。
「王子。先ほどの話があったように、私は軍法会議一歩手前、しかも南軍上層部の覚えが悪い男です。ご迷惑になるでしょう」
諦めるわけにはいかない。ラウルは間違いなく最上のピースだ。
「いいや、迷惑にはならない。むしろ、南軍の上層部から距離を置かれるほうがありがたいくらいだ。そんなことよりラウル、その腕を貸してほしい。俺は南方の蛮族問題を、根本的に解決するつもりなんだ」
ラウルは目を見開く。
「それは……蛮族を根絶させるという意味ですか? 建国以来、数回の大規模征伐があったらしいですが、なんの成果もあげられなかったと聞いています。失礼ですが、小隊規模でどうにかなるとは思えません」
まあ、普通はそう思うだろう。 だが、これから魔法技術の発達と政治経済の改革により、徐々に蛮族に対して優位になっていくはずなのだ。少なくともゲームの知識では。
「今のままでは難しいだろう。しかし、魔法技術の進展や経済発展があれば蛮族なんて怖くなくなる、俺はそう確信している。それを実現するために、俺は南軍で成果を上げて、国家運営に首を突っ込む計画なのさ」
「……てっきり、武神教に殉ずるための蛮族討伐と思っていましたが……」
ラウルが俺の目をじっと見る。
「無論、武神様との約束は絶対だ。だが、蛮族の根絶は我武者羅に大軍を引き連れるだけじゃ無理だ。過去が物語るようにな」
「そうかもしれませんが……」
そう言ってラウルは俯き、考え事を始めたようだ。
「俺たちは誘ってくれないんです? 王子!」
ジュリアンがレオの肩を抱いて身を乗り出す。
「なんだ、二人も王都を出たいのか? てっきり居心地がいいのかと」
半分冗談で半分本気の発言だ。二人とも燻ってはいるが、実家の事情があるはずだ。
「王子様御付きの身分なら却って親父も喜ぶ気がしてましてね。まあそんなことより、張り合いのない毎日を変えたいってのが一番です」
王宮近衛の試験をパスしている二人だ。もちろん俺の部隊に欲しい。その潜在能力は、そこらの一般兵と比べるべくもないだろう。
「その軽口は少々騒がしいが、付いてきてくれるなら心強いよジュリアン。レオはどうだ? 一緒にくるか?」
「……僕は実家に仕送りしないといけないので、給金次第です……ね……」
申し訳なさそうに目を落とすレオ。 俺は少し考えてから、口を開く。
「……さっき王室会計局を言いくるめてな、俺の部隊は一般兵に『王宮近衛並みの給金』を出すことにした。三人にはついでに俺の護衛についてもらうから、その手当も上乗せできるはずだ。どうだ? これでついてこれるか? 命の危険は増すことになるが……」
最前線に駆り出されることになる。人によってはこの点がネックになるだろう。誰しも命は惜しい。
「給金が増えるなら喜んで、王子。両親も喜ぶことでしょう」
あまりにドライな受け答えに、俺は面食らった。ジュリアンは呆れたように笑っている。どうやらこれが平常運転らしい。
「そいつはありがたい……よろしく頼むよ、ジュリアン、レオ。ラウル! 副長にはさらに割り増しだ! それでどうだ?」
「王子、私は給金で悩んでいるわけじゃないのですが……。それに、小隊の副長は少尉以上、つまり貴族階級の士官しかなれません。私は分隊長止まりです」
「知ったことか、そんなもの」
俺は不敵に笑いかける。
「ラウル隊長、俺は王子だぞ? それくらいの規則、何とかする方法を考えるさ。で、どうする? 来るか、来ないか」
数秒悩んだ末に、ようやく答えを聞き出すことができた。
「……ジュリアンとレオは才能はあるが、まだまだ未熟。前線に行かせるなら経験豊富な教官が必要でしょう……。王子、私もついていきます。先ほど語った野望、私が生きている間にどうか達成させてください。そのためにはこのラウル、粉骨砕身、御身に尽くしましょう」
そう言って膝をつくラウルに連なり、ジュリアンとレオも膝をつく。
「ありがとう三人とも。これ以上心強いことはない。君らの心意気に、アストリア国は感謝することになるだろう。それじゃあまずは……俺を王宮まで担いでくれるか。もう一歩も歩けん……」
三人は顔を見合わせてからひとしきり笑い、俺はジュリアンに担がれて帰城した。
ボロボロの俺を見たコレットが激怒したが、三人が付いてきてくれると伝えると、涙ぐんでお礼を述べていた。王宮近衛兵の護衛はよっぽど心強いのだろう。
さて、明日は武神教会に向かわないと……。 格闘術の鍛錬とか言っていた気がするが……もう考えるのはよそう。今は一秒でも早く寝たい……。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
ようやく護衛を勧誘することができました。もうしばらく王都にいることになりますが、ようやく王都脱出の目途が立ってきました。もうしばらくお付き合いください。
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




