12話
「ジュリアン達はこの後、時間はあるか」
王室会計局を”恐喝”した帰り道、俺は御者席に向かって話しかけた。
「王子、知らないんですかい? 王宮近衛は二十四時間勤務。時間も何も、ご命令とあらばいつでもどこでも何度でも、で御座います」
本当にこの男は、近衛兵とは思えない軽薄さだ。王都ではさぞ堅苦しい思いをしているだろう。
「命令ってわけじゃないさ。今日の仕事はこれで終わりにして、俺に稽古をつけて欲しいんだよ」
「稽古ですか……だそうです!! 隊長!!」
地獄耳のラウルが並走させていた馬を寄せてきた。
「稽古というと剣術ですかな? それとも槍術? 弓術にも自信がありますが」
落ち着いた声だが、心躍っている様が透けて見える。根っからの武人なのだろう。
「そうだな……。俺はまともに武術の鍛錬を受けたことがない。身体強化が多少使えるが、これも訓練した記憶がない。それを踏まえて、何から始めるのが良いと思う?」
この肉体には『身体強化魔法』――この世界で最も一般的な魔法――の素養があった。
転生してから空き時間を使って試してみると、二メートルほどジャンプしたり、手の平で小石を砕くことはできた。
しかし、ほんの数回試しただけで凄まじい疲労感に襲われ、まともに鍛錬することはできなかったのだ。
「王子なのに!? 貴族の末っ子でも、もう少しまともな教育を受けていると思いますがね」
ラウルは呆れたように肩をすくめた。
「まあそういうことだから、基礎の基礎から頼むよ。これから南軍で蛮族と戦わなくちゃいけないからな」
「では初めは木剣からやりましょう。場所は……王宮近衛の訓練場が使えると思いますが、あそこは女人禁制ですので……」
アストリア王国を含む多くの国家では、兵士や軍施設は女人禁制をとっている。現世の中世に近い価値観だ。
「よし分かった。コレット、王宮に戻ったら武神教会宛に連絡を頼めるか? 南軍への士官が叶ったあらましと、明日顔を出すことを伝えて欲しい。セシルも今日は解散してくれ」
コレットは渋々、セシルは淡々と頷いた。
王宮につくと二人を下ろし、少し離れた王宮近衛の訓練場に向かった。
訓練場は兵舎に併設された空き地のようなもので、日も傾き始めているせいか人はまばらだった。
護衛三人を引き連れる子供ということで多少目立っていたようだが、声をかけられることはなかった。
「何事も実戦です、王子。この木剣で打ち込んできてください」
そう言ってラウルは粗末な木剣を俺に放り投げた。
慌てて受け取るが、その重さに驚く。ジュリアンが「鉄剣の重さはそんなもんじゃないですよ」と笑う。
俺はジュリアンをひと睨みしてからラウルに向き直った。
「型も何も知らないから、適当でいいか?」
ラウルは片手でだらりと木剣を下げ、空いた手で手招きしている。
こんなことなら現世で剣道でもやっておくべきだったと思いながら、俺はラウルの肩を目掛けて、大上段から両手で木剣を振るった。
当然、ラウルも剣で受けると思っていた。
だが、その予想は裏切られた。ラウルは剣どころか手でも受けず、俺の木剣をその肩で直接受け止めたのだ。
ゴッ、と鈍い音が響く。
「おい! なんのつもりだ!」
俺は咄嗟に力を抜き、木剣を落とした。無防備な人間に武器を当ててしまった感触に血の気が引く。
「何も驚くことありませんよ。身体強化の使い手にとって、素人の木剣なんて怖くありません」
見れば、ラウルの肩がぼんやりと輝いている。身体強化魔法による防御が発揮されているらしい。
「そんなことより、兵士は驚いたくらいで剣を
落としてはなりません!!」
そう言って、ラウルが突然剣を振り下ろしてきた。
殺気はない。だが速い。俺は反射的に横っ飛びして避けた。
「悪くない反応です。さぁ、もう一度打ち込んできてください」
それから俺は、まるで大木に小枝を打ちつけるが如く、ラウルに木剣を叩き込み続けた。
そのほとんどは強靭な肉体で受け止められてしまったが、時折、俺自身も身体強化を使って剣を振るうと、ラウルもそれに反応して木剣で受け止めた。
「何故そうも的確に受けられるんだ? 何が見えている?」
鍔迫り合いをしながら問いかける。
「感じるんですよ、王子。慣れ親しんだ魔法、私の場合は身体強化魔法ですが、それを他者が使うとき、発動の機微を感じられるようになるものです」
「そういうものか。じゃあ俺も身体強化魔法を感知できるようになるのか?」
「それは努力次第でしょう!」
そう言ってラウルが腕を払うと、俺は木剣ごと吹き飛ばされた。
地面を転がる。肺が熱い。体力の限界が近い。
「さあ王子! もう一度!」
俺はヘロヘロだったが、体に鞭打って立ち上がる。身体強化の助走をつけてラウルに斬りかかった瞬間、傍らからもラウルに向けて人影がつっこんだ。
ゴンッ、と木材がぶつかる激しい音が訓練場に響く。
見物していたジュリアンがラウルに斬りかかったのだ。
ラウルはそれを木剣で受け、俺の斬撃は逆手の腕で受け止めていた。
「なんのつもりだ! ジュリアン!」
「見物も暇になりましてね。どうでしょう、二対一も良い訓練と思いますが?」
そう言ってラウルとジュリアンが打ち合い始めた。力は抜いているようだが、剣の軌道が速く目で追うのも難しい。
「王子、隙を見てガンガン打ち込んで下さい!」
ジュリアンの声を受け、俺はラウルの背後から斬りかかった。
だが、その瞬間にラウルが体を捻り、俺の脇の下に手を入れて投げ飛ばした。
世界が反転する。俺の体は完全に宙に浮いていた。
こりゃ着地が痛いぞと覚悟した数秒後、誰かが俺を空中で抱き止めた。レオポルドだ。
「ありがとう、レオ。死ぬかと思ったよ」
「下手したら本当に死んでいたかもしれませんよ? ラウル隊長!! やりすぎです!!」
「すまん! よくやったレオ!」
ラウルはそう叫びながら、楽しそうにジュリアンと打ち合っている。二人とも熱が入っているようだ。
ふと視線を落とすと、レオの足元の地面が抉れていた。足を強化してすっ飛んできてくれたのだろう。
「王子、あんな真剣な打ち合いは珍しいんです。だから自分も参加してもいいですか? ラウル隊長は強敵です。三対一で挑みましょう」
レオの真剣な眼差しに、俺は頷いた。
俺は木剣を握り直し、再びラウルに向かって駆け出した。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
毎回毎回、想定している進み具合の半分以下で止まってしまいます。さっさと筆を進めたいのですがなかなか時間が取れず。今も早朝、家族が寝ている隙にスマホで書き進めております。
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




