10話
まどろみの中から意識を引き戻すと、窓から差し込む朝陽が、いつもより鋭く感じられた。
今日がその日だ。アストリア王国の庶子テオドール・アストレウスとしての「成人の儀」当日である。
ここ数日は、文字通りてんてこ舞いだった。慣れない式典の所作、王族としての立ち居振る舞いの猛特訓。
文官たちは、日陰者で放蕩の限りを尽くしていた俺が式典に出席するはずがないと高をくくっていた。彼らは「体調不良による欠席」の連絡を今か今かと待ちわび、公務の希望を聞きに来ることさえなかったのだ。どうせお飾りの肩書きを欲しがり、遊んで暮らすつもりだろうと、侮蔑混じりに見なされていたのである。
「テオドール様、準備が整いました」
専属侍女コレットの手によって整えられたのは、王族としては質素だが、仕立ての良い豪奢な礼服だ。彼女は感極まった様子で俺の身なりを整え、誇らしげに微笑んだ。
午前十時。迎えの近衛兵に伴われ、俺は大広間へと向かった。重厚な扉が開かれた瞬間、張り詰めた冷気と共に、無数の視線が矢のように突き刺さる。詰めかけた貴族たちの表情は一様に神妙、あるいは侮蔑の色を帯びていた。
「……あれが、テオドール殿下か?」
「噂の放蕩王子とは、とても思えぬが……」
貴族たちの間に、波紋のようなざわめきが広がる。酒と遊びに溺れ、だらしなく振る舞っていたかつての姿はそこにはない。背筋を伸ばし、堂々と玉座へ歩む俺の姿に、誰もが目を見張っていた。
正面の玉座には、父であるルイ国王。その隣には毒蛇のような視線を向ける王妃イザベラ。さらに第一王子リシャール、第二王女マルグリット、第三王子ルドルフと、王家の面々が居並ぶ。王妃の傍らには、影のように宰相ジュールが控えていた。
儀式が始まり、文官の荘厳な声が大広間に響き渡る。
「汝、成人として、王国の法と正義を遵守する覚悟はあるか」
「はい。この身を捧げ、法を尊ぶことを誓います」
俺は形式的な問答を完璧にこなしていく。
その淀みない所作に、ルイ国王は驚きを隠せない様子で深く頷いた。
「テオドールよ。今日の汝の立ち振る舞い、実に見事だ。これまでの放蕩の噂を払拭するに足る、王族としての品格を感じるぞ」
国王の言葉に、俺は恭しく一礼した。だが、隣のイザベラ王妃と異母兄弟たちの目は決して笑っていない。
やがて、慣例に従い国王が問いかけた。
「成人した王族には、その資質に応じた公務が割り振られる。汝、自ら望む道はあるか」
会場に、微かな失笑が漏れた。どうせ、お飾りで気楽な職務を乞うのだろう――。そんな静寂の中、俺は一歩前へ出た。
「陛下。お話ししたいことがございます。……先の高熱で死の淵を彷徨っていた際、私は武神ベルガトスの加護を賜りました」
広間が、一瞬にして凍りついた。
「その大恩に報いるべく、私は武神教に帰依いたしました。これなるが、その証でございます」
俺は右腕の袖を捲り上げた。そこには、鏃が伸びる車輪の紋様――武神教の聖痕が赤黒く刻まれていた。広間が瞬時に騒めく。
「……ッ、それは!?」
ルイ国王が目を見開き、思わず立ち上がる。王族が特定の、それも武闘派の武神教に深く傾倒するなど前代未聞だ。
「馬鹿な……信じられない……」
王妃イザベラが俺の右腕を凝視し、宰相ジュールが声を上げる。
「国王陛下の血を引く者が特定の宗教に傾倒するとは!国家の調和を乱す行為ですぞ!」
俺は不敵に口角を上げた。
「武神教の第一教義は王国の利益と合致しております。
『蛮族は世界の錆なり。錆を放置すれば文明は朽ち果てる。一匹を残さず、その根を大地から引き抜き、灰に帰すまで焔を絶やすな』
私は王族の一員として、蛮族に怯える南方の民を救いたく存じます」
俺はルイ国王を真っ直ぐに見据え、断言した。
「南軍への配属を、切に願い奉ります」
「南軍だと……汝の母も南方の出身であったな。血が呼ぶものなのかもしれぬ……」
王が感慨にふけろうとしたその時、第一王子リシャールが嘲笑を浴びせた。
「戦場は子供の遊び場ではないのだぞ! 足手まといになるのが目に見えている!」
「王家の面汚しが戦場で無様に逃げ回れば、アストリアの威信は地に落ちますわ」
王女マルグリットも扇で口元を隠しながら冷たく追従した。
その騒乱の傍らで、宰相が王妃に耳打ちしていた。
「……南方貴族と癒着されたら面倒ですが、蛮族相手に手一杯の連中に王子を担ぎ上げる余裕などない。それよりも、この忌々しい庶子が王都を離れれば、リシャール様の王位継承はより強固になります……」
王妃の瞳にはどす黒い期待が宿る。
「……南軍は平民を寄せ集め、蛮族の防波堤としているようなもの……いつ『事故死』しても不思議ではないでしょう。都に置いておくより、よほど好都合ですわ」
王妃は表情を一変させ、殊勝な面持ちで王に向き直った。
「陛下。テオドール殿下の覚悟に感銘を受けました。武神の聖痕を授かるほど信仰に篤いのであれば、その願いを無碍にするのも酷なこと。南軍行き、認めてあげてはいかがでしょう?」
リシャールとマルグリットは怪訝な顔をするが、王妃には逆らえないようだ。大人しくしている第三王子ルドルフを見ると、年相応の輝いた目で俺の聖痕を見つめていた。
王妃の後押しを受け、ルイ国王は意を決したように深く頷いた。
「よかろう。テオドール、汝の南軍行きを許す。だが、まずは小さな部隊の指揮官から始めるのだ。経験も実績もないお主にいきなり大軍を任せることはできん。よいな?」
「はっ。身に余る光栄です」
王の号令により、俺の運命は決定した。
リシャールたちの嘲笑も、王妃の殺意を孕んだ期待も、すべては計算通りだ。
この「南軍」という足場から、俺の『世界征服』への第一歩が始まる。
大広間を退出する俺の背中には、先ほどまでの侮蔑とは異なる、熱を帯びた視線が幾重にも突き刺さっていた。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
やっと王族を出せました。もう少しで窮屈な王宮を抜け出せそうで、心躍ります。
それでは、また次話でお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




