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1話

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しています。

午後六時。今日もまた、数本の電車を乗り継いで妹の凛が入院する大学病院へと足を運んだ。

無機質な消毒液の匂いが鼻を突く廊下で、病室から出てきた両親と鉢合わせる。二人の表情は、昨日よりもさらに暗く沈んでいた。


「父さん、母さん。凛の前でそんな顔するなよ」


「……蓮か。今朝の検査結果を伝えてきたんだが……治療の効果が、ほとんど見られないそうでな……」


多発性骨髄腫。凛の身体を蝕んでいるのは、完治が極めて困難な難治性がんの一種だった 。抗がん剤と放射線治療を繰り返しても改善の兆しはなく、このままだと二十歳の成人式を迎えられるかすら危うい。主治医の言葉が、重くのしかかる。


「分かった。……ちょっと、元気づけてくるよ」


努めて明るい声を出し、俺は病室のドアを開けた。


凛のいる無菌室はアクリル板で仕切られ、受話器越しでしか言葉を交わせない。


「凛、聞いたよ。検査の結果……残念だったな。でも、まだ別の治療法があるかもしれないし、落ち込んでたって始まらないだろ。頼むから、元気出せよ」


凛は奥の窓を見つめたまま、頑なにこちらを振り返ろうとしない。


「……凛はこんなところで終わるような奴じゃない。俺なんかよりずっと優秀で、友達も多くて、父さんも母さんも期待してるんだ。俺にできることがあれば何でもする。だから、諦めるなんて言うな」


「……いつも来てくれてありがとう、アニキ。でもね、アニキにできることは何もないんだよ」


ようやく振り返った凛の顔には、無理に作った歪な笑顔と、拭いきれない涙の跡があった 。


「やりたいことも、夢も、たくさんあったよ。でも、もうこの治療を続けるのは無理……。身体中が痛くて、吐き気が止まらなくて。ぐっすり眠れたのがいつだったか、もう思い出せないの。これが私の運命だったんだなって。……短かったけど、恵まれてはいたから、もういいかなって」


達観したような凛の瞳に、自分の中の涙腺が熱くなるのを感じた。泣きたいのは凛のはずだ。俺が泣いてどうする。


「そんなこと言うな!研究段階の治療だって何だってやって、意地でも治せよ。努力家の凛なら乗り越えられるだろ! バレー部も、受験も、そうやって頑張ってきたじゃないか……!」


「バレーも勉強も、辛かったけど楽しかった。でも、これは違うの。……分かるでしょ?手の込んだ拷問みたいなの」


皮肉げに笑う妹の姿に、病室には濃密な絶望が立ち込めていた。


「またくるから、それまでには根性入れなおしておけよ!」


居たたまれなくなった俺は、そう捨て台詞を残して逃げるように病室を後にした。


廊下のベンチで待っていた母が、泣き腫らした顔で縋り付いてくる。


「蓮、凛は……なんて?」


「あいつ……もう、治療をやめたいって言ってた」


その言葉に、母が顔を覆って泣き崩れた。父が必死にその背中をさすっている。新薬の治験、さらなる強度の治療。選択肢はある。だが、心身ともに限界を迎えた凛に、それを強いることがどれほど残酷なことか。


「とにかく、また明日来るから」


吐き捨てるように告げ、俺は病院を飛び出した。


夜九時前、薄暗いアパートに帰り着いた俺は、カップ麺の湯を沸かしながらいつものようにPCの電源を入れた。

画面に映し出されるのは、何百回と見たオープニング。――『ヴィクターナ戦記』。リアルタイムストラテジー(RTS)に分類される、知る人ぞ知る名作ゲームだ。ランダム生成されるファンタジー世界で、自国を操り世界統一を目指す。大陸の形も国家も種族も、プレイする度に変化するその不確定さに、俺はいつしかのめり込んでいた。大した趣味もなく、勉強にも身が入らない俺にとって、このゲームだけが現実を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。


このゲームには、プレイヤーへの恩恵が大きい初心者向けの『賢王の揺りかご』から、操作感すら改悪される最上級の廃人モード『神々の沈黙』まで、五段階の難易度が存在する 。俺はこの廃人モードを愛用し、最近ようやくクリア率が半分に達したところだった。

いつも通り最高難易度を選ぼうとスクロールしたとき、その下に見たことのない文字列が浮かび上がった。


「難易度6……『星に願いを』?」


聞いたことがない。アプデでもあったのか。 詳細をクリックすると、あまりに詩的で、今の俺には酷く響く説明文が表示された。


『運命に叛逆し、奇跡を掴むための試練。世界を一つに統べしとき、流星は地上の王の願いを一つだけ叶えるという』


「……願いを一つ、か」


馬鹿げている。ただのゲームの説明文だ。だが、無力感に苛まれていた俺の心には、その言葉が救いのように突き刺さった。


「開発も悪趣味だな……。もし、万が一にでも凛の病気が治るなら、どんな不条理なゲームだってクリアしてやるよ」


自嘲気味に笑い、祈るような気持ちで、俺はマウスをクリックした。


――その瞬間、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。  意識が急速に遠のき、俺の精神は、現実とは異なる「ヴィクターナ戦記」の世界へと呑み込まれていった。

初めまして。Tastyと申します。初めての作品で拙い部分も多いかと思いますが、少しでもお楽しみ頂けましたらこれ以上の幸せはありません。

また、挿絵等に生成AIを使用しておりますので、何卒、ご了承頂けますと幸いです。


それでは次話をお待ち頂けますと幸いです。

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