罪悪感の果てに
***BL***僕の恋は本物だ。いつも一緒にいたいし、碧が誰かと仲良くするのは嫌だった。、、、でも、碧の好きは僕の好きとは違った。ハッピーエンドです。
僕の恋は秘密だった。
だから、碧が教室で告白されていても、僕は我慢するしか無かった。
*****
幼馴染で、いつでも優しい碧の事が、ずっと好きだった。気付いたのは小学校の低学年。碧はいつも、僕の手を取って、一緒に遊んでくれた。
嫌な事や、辛い事があっても碧に
「大丈夫だよ、僕がいるからね」
と言われると、いつも安心した。
僕の恋は本物だ。いつも一緒にいたいし、碧が誰かと仲良くするのは嫌だった。
中学生になって、僕はとうとう碧に告白した。ずっと幼馴染でいるなんて無理だった。僕の中の好きが溢れて、碧に気持ちを伝えた。二年生の冬だった。
、、、でも、碧の好きは僕の好きとは違った。
「友達だから、、、」
「それ以上でも、それ以下でも無いよ」
心の何処では、わかっていた。でも、諦めたく無い。
「今、付き合ってる人がいないなら付き合って!いいでしょ?!」
僕は泣いてお願いした。自分でも嫌なヤツだと思う。
最終的に碧が折れて、付き合う事になった。でも、碧から
「付き合っている事は、みんなには絶対に秘密にして欲しい」
と言われた。自分でもわかる。男の子同士だからだ、、、。
その日から僕達は恋人同士になった。でも、何も変化は無かった。今までと変わらない。学校にいる時は碧の所にいけない。碧には碧の友達がいるし、僕達は秘密の関係だったから。
放課後、碧は部活に行き、僕は部活に入ってないから行動は別々だった。朝の通学も帰りの通学も、いつも僕は一人だった。
碧の部活の無い日は、碧は部活の友達と遊ぶ。
クラスの女子が、碧に告白した。その子は可愛い子で、碧と仲が良かった。教室の空気が、「当然二人は付き合うだろう」となっていくのがわかる。僕は、何も言えないから、静かに教室を出た。
その日は理科の実験の日だった。たまたま、碧の隣に座った。僕が、碧の方に転がった消しゴムを取ろうと、手を伸ばした時、、、碧は、僕に触れられたく無かったのか、過剰に反応して避けた。
僕の恋は終わった。
そんなにイヤなんだ、、、
「ごめん」
碧に謝った。
「あ、あぁ、、、」
碧は一言そう言っただけだった。
僕はもう、碧を見ない。
碧に告白しなきゃ良かった。こんなに淋しい思いをするなら、ずっとずっと、幼馴染でいれば良かった。
でも、告白したかったんだ。気持ちを知ってもらいたくて、気持ちを伝えたくて苦しかった。苦しくて苦しくて、告白したんだ。
上手くいかなかったら、友達じゃなくなる。わかっていたのに、それでも良いと思える位気持ちを伝えたかった、、、。
もう碧を忘れないといけない、、、。
僕は、
「碧、付き合ってくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい。別れよう」
と書いて、送信した。
返事は無かった。でも、既読はついていた。それが返事なんだ。
**********
翼の事は、放っておけない弟の様な存在だった。可愛くて可愛くて、俺が側で守ってやらないといけない、小さい頃はずっとそう思っていた。
中学に上がってから、俺は部活に入り友人がガラリと変わった。いつも部活の仲間と行動していたし、休みの日に遊びに行くのも部活のメンバーだった。
翼に告白された時、俺の中で翼はまだ友達だった。「付き合って」と言われても、ピンと来ない。
男同士の付き合うって何だろう。友達と何が違うんだろう、、、。わからないまま付き合った。
でも、俺は男同士だったから、みんなに知られたく無かった。俺は男だし、やっぱり妄想の相手は女の子だし、興味があるのは女の子の柔らかい身体だ。
付き合い方が分からないまま、いつもと変わらない毎日だった。一週間経った理科の実験の日、突然翼の手が伸びて来た。
(手を握られる!)
授業中にそんな事をする訳が無い、、、。今ならちゃんと分かる。翼は俺との約束を守ってくれていたから、、、。
「ごめん」
俺が思いっきり避けたから、翼はびっくりした顔をした。その後泣きそうな顔になりながら、そっと消しゴムを取った。
その日の夕方、翼から受信があった。
「碧、付き合ってくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい。別れよう」
部活が終わってから読んだ。何て返事をしていいか分からないまま、数日が経ってしまった。
翼はもう、俺を見ない。同じ教室にいるのに、大きな壁があるみたいだ。俺は、少し安心して、もう悩まなくて良いんだと思った。
*****
そして俺は、告白してくれた女子と付き合う事にした。
**********
白井先輩が初めて僕に声を掛けてくれた時、僕は相当弱っていた。
「ちょっ!?大丈夫?めちゃくちゃ、顔色悪いけど、、、」
「え?」
僕はゆっくり視線を上げ、そう言った相手の顔を見た。
知らない人、、、。
「来て」
手を引かれて、保健室に連れて行かれた。
「先生」
「あら、白井くん珍しいわね」
「こいつ、顔真っ青だから」
先生は、僕の顔を見て
「寝不足かな?ご飯は食べてる?」
と聞いてくれた。
「、、、あんまり」
「そう、一時間くらい寝て行きなさい。ノートにクラスと名前書けるかな?」
僕は差し出されたノートに記入する。びっくりする位力が入らなくて、文字が揺れている。
僕は保健室のベッドを使った。学校で具合が悪くなる事も、怪我をした事も無い僕は保健室に入った事が無かった。
たった一時間寝ただけなのに、ぐっすり寝たからか半日爆睡したみたいな感じだった。
僕が上履きを履いて、カーテンを開けると先生が
「大丈夫?教室に戻れる?」
と聞いてくれた。
「大丈夫です。戻れます」
僕は教室に戻った。
教室に入っても、誰も僕の事を気にしない。クラスでも目立たない僕は、いてもいなくてもわからない存在なんだ。
**********
昼休み後の授業が始まり先生が出欠を取る。その時漸く翼がいない事に気がついた。
翼が授業をサボるなんて珍しい。
授業が終わり、休憩の間に翼は帰って来たけど、翼は誰とも話さず静かに自分の席に着いた。
*****
「碧、一緒に帰ろう」
彼女が俺の名前を呼ぶ度、翼を思い出す。友達はみんな原田って呼ぶけど、翼だけが碧って呼んでいた。
*****
翼が3年生の男と歩いていた。少し俯きながら笑う顔が昔の翼だ。
ざわり、、、
?。一瞬、何だか変な気分になった。
**********
白井先輩は会う度に声を掛けてくれる。
「翼!」
「白井先輩」
廊下ですれ違う度に名前を呼んで手を振ってくれる。
クラスの中に、何となく居場所の無い僕は白井先輩に会うと少し元気になる。
*****
あれから僕は一度も碧と話しをしていない。僕が告白さえしていなければ、ずっと友達でいられたのかな?そう思うと罪悪感でいっぱいになる。もう元に戻れないんだ、と思い知らされて後悔ばかりしている。
こうなるってわかっていたのに、僕は馬鹿だ。
*****
白井先輩が卒業して、中学3年生になった。
6月の雨の日。今まであまり話した事の無い人に呼び出された。
何だろうと思って着いて行くと、屋上に出る扉の前で
「一回やらせて欲しいんだけど」
と言われた。
「何を?」
首を傾げると
「男に興味があるなら、藤沢に頼めば良いって話し」
僕には意味が分からなかった。
「知らない、何それ、、、」
「取り敢えず、キスしてみたいんだ」
「冗談でしょ?」
僕は、階段を降りて逃げた。
心臓がバクバクする。自分の身に何が起きているのか理解が出来なかった。
教室に戻り、自分の席に着く。誰も僕を見ていない。大丈夫だ。
僕は、授業が始まるまで机で寝たふりをした。
**********
三年生が卒業する少し前の事だった。
「翼!」
俺は、翼を呼ぶ声のする方を振り向いた。3年生だ。
「白井先輩」
二人は立ち止まる訳でも無く、ただ手を振って別れた。それだけなのに、俺は
「(何だよ、俺の事じゃ無くて)男が好きなのかよ、、、」
と呟いた。
俺は、声に出して言っていた事に気が付いた。多分、その一言が発端だ。気が付いたら、翼の悪い噂が広まっていた。
「藤沢なら、お願いしたらやらせてくれる」
でも、そんな噂を消せる力は俺には無い。俺はどうする事も出来ずに、ただ毎日を過ごしていた。
「碧、藤沢くんの噂知ってる?」
ギョッとした。咄嗟に
「知らない」
と言うと
「藤沢くん、男の人とやってるんだって。お願いしたら何でもしてくれるらしいよ」
嬉々として話す彼女の顔が気持ち悪くて、怖くなった。
翼は絶対にそんな事をしない。アイツはそんなタイプじゃない。
でも、俺は否定する事すら出来なかった。
全部俺の所為だ、、、。俺があんな事を言わなければ、翼はこんな噂を立てられなかったのに、、、。俺は罪悪感でいっぱいになった。
*****
翼は益々一人でいる様になった。
修学旅行は京都だった。俺は、仲の良い部活仲間とグループを作ったけど、翼は、当たり障りの無いヤツらとのグループだった。
旅館の大広間で晩飯を食べる。俺は一度席を立ち、トイレに行った。入り口に入ると中から人が飛び出して来て、思いっきりぶつかる。
「痛ってぇ、、、」
相手の顔を見たら翼が泣いていた。
「ちょっ、、、翼?!」
翼は振り向きもしないで走って逃げた。
俺は、追い掛ける事も出来ずトイレに入ると、他所のクラスの、名前しか知らないヤツが出て来た。
ニヤニヤ笑いながら、イヤな感じだった。
「何だよな〜。ちょっと位良いじゃないか。な!」
と、俺の顔を見る。俺はピンと来た。コイツが翼に何かをしたんだ。
それでも、俺は何も出来なかった。アイツを殴る事も、翼を慰める事も出来ない。
もし、翼が俺にぶつかった時、助けを求めたら、、、。俺は助ける事が出来ただろうか、、、。
無理だ。
俺には彼女がいるし、翼とはずっと話しもしていない。
*****
「碧ってさ、、、手は握ってくれるけど、それ以上はしてくれないよね、、、」
彼女に言われた。付き合って半年以上経っていた。
俺もずっと気になっていた事だった。付き合って、手を繋ぐ事は自然に出来た。でも、それ以上が出来ない。、、、と言うか、したいと思わない。違う。興味はあるけど、彼女としたいと思わない。
自分でもよくわからないけど、彼女にムラムラしないんだ。
「ホントは私の事、好きじゃないでしょ?」
、、、好きじゃない、、、。そうだ。好きじゃない。
付き合ったきっかけは、彼女からの告白だった。仲は良い方だった。嫌いでも無い。だから付き合った、、、。
好きじゃない、、、だから、キスしたいと思わないのか、、、。
「ごめん」
「え?違っ。そう言う意味じゃないよ?」
「別れよう、、、」
「、、、何で急に、、、」
「ごめん、今、気が付いた。好きじゃない、、、」
「ウソ、、、やだ、、、」
彼女は自分の言った言葉に後悔しているみたいだった。でも、俺は気付いてしまったんだ。彼女の事、嫌いじゃ無いけど特別の好きじゃない、、、。
「このまま付き合っていても、いつか別れる事になるよ、、、」
彼女は本気で嫌がった。でも、俺はどうする事も出来なかった。
その後、受験シーズンを迎え、俺は勉強に集中し、彼女はしばらく俺に連絡をして来たけど、落ち着いた。翼の噂も消えた訳では無いだろうけど、みんな勉強に忙しくてそれ所じゃ無くなった。
*****
翼がどの高校に入学したかも分からない。卒業後、一度も会う事は無かった。
他の同級生には、駅に向かう途中とか、駅のホーム、フードコートなんかで会う事もあったけど、翼には一度も会えなかった。
**********
僕は、自宅から1番遠い公立高校を選んだ。朝早く家を出れば誰にも会わないだろうし、帰りも同じだ。
偏差値が高いから難しいと思っていたけど、僕にはもう、勉強しか無かったからその高校を受験した。もし、その高校がダメなら私立だった。私立だと、家から近くなってしまうから、同じ中学から入学する子もいるだろう。僕は絶対に公立高校に入りたかった。
入学後、誰も知り合いはいなかった。僕はやっと安心して通学出来る様になった。
たった一度の告白で、僕はボロボロになった。どうして、あんな噂が広まったのかは分からないけど、この学校では、静かに過ごそうと思う。もう、人間は懲り懲りだ。
僕は兎に角勉強をした、集団行動なんて無くても高校では上手くやっていけた。希望の大学にも入れた、大学は都内だったけど、知っている人はいなかった。少なくとも、僕の周りには、、、。
*****
本屋で本を探していたら、声を掛けられた。僕に声を掛ける人なんていない。イヤな予感がして顔を上げると碧だった。
僕は、喉の奥に何かが詰まった様になり、言葉が出ない。
「翼、、、久しぶり。元気?」
いつもは使わない、駅の本屋に寄ったのが間違いだった。
「5年ぶり?成人式行くの?その後の中学の同窓会は参加する?」
立て続けに質問されて返事が出来ない。
「あの、一緒にお茶しない?」
下手なナンパみたいなセリフに笑いそうになった。
「ね!そこのカフェ行こうよ?時間ある?」
僕は首を横に振った。
「時間が無い?」
首を立てに振る。ウソだ、時間なんて腐る程ある。ただ行きたく無いだけだった。
「そっか、、、残念」
そう言って、横に並んだ。
僕は、また本を探す。碧は黙って横に立つ。
僕は数冊本を選び、レジに行く。碧が後ろを着いて来る。僕はお金を払い、本をしまうと駐輪場に向かった。
「翼、、、ちょっとでも、時間無い?」
僕は頷く。
「次、会いたい時はどうしたら良い?」
僕は、碧を見る事しか出来なかった。
「このまま別れたら、また会えなくなるから、、、連絡先教えて欲しい」
僕はどうしたら良いかわからない。高校でも友達は作らなかった。誰かと繋がろうとは思わなかったから、、、。
「それもイヤ、、、?」
「連絡取る事なんてあるかな、、、」
僕は自転車を取り出しながら聞く。
「無いかな、、、?」
「碧、自転車は?」
「置いて行く。まだ、翼と話したい」
僕は一度取り出した自転車を元に戻した。駐輪場は定期だから、1日置いておいても大丈夫。明日、朝早目に歩いて行けば良いし、、、。
「翼?」
「僕も歩いて帰るよ。少し話しが出来るでしょ?」
二人でポチポチ歩く。
「翼の声、久しぶりに聞いた、、、」
僕は、あまり話しをする方じゃ無かったからな、、、。中学3年生の頃は殆ど誰とも話さなかったし。
「高校の時、一度も会わなかったね」
「、、、」
「遠くに通ってたの?」
「、、、」
「翼?聞いてる?」
「うん」
「、、、俺と話すのイヤ?」
「そんな事無いけど、、、話すの得意じゃないから」
「そっか、、、それなら良かった。成人式の後、同窓会あるけど、行く?」
「行かない」
「成人式は行くでしょ?」
「行かない」
「、、、そっか、、、」
中学校に良い思い出がないから、僕は行かないって決めていた。
「じゃ、僕、こっちだから」
分かれ道を曲がろうとしたら、碧も着いて来た。碧の気持ちがわからない。
「碧、どうしたの?」
「わ!懐かしい公園!」
「碧、、、」
「ちょっと寄って行こうよ」
僕はため息を吐く。
「課題があるから少しだよ」
「やった!」
子供の頃、よく遊んだ公園の遊具は、何だか小さく感じた。公園を一周回って、ベンチに落ち着く。
「碧、何かあったの?」
やたら、僕を引き止めるから、何か話しでもあるのかな?
「翼はさ、、、今、そう言う人いるの?」
(そう言う人?、、、ああ、、、何だ、そっか)
「藤沢は、お願いしたらやらせてくれるってヤツね、、、」
僕は、ハハっと笑った。
「碧も僕とやりたいの?いいよ。やろうよ。碧ならお金もいらない、無料でいいよ。いつやる?今?どこで?ここで?」
やっと忘れ掛けていたのに、、、碧が目の前に現れたから思い出してしまった、、、。僕は、怒りながら泣いた。
「違う。ごめん。あの、、、付き合ってる人、いるのかな?って、、、」
「、、、いる訳無いよ、、、。もう、いいよね?帰るよ」
碧の手が僕に触れようとした。僕は思いっきり避けた。まるで、あの時と逆だ、、、。
碧は悲しそうな顔をした。
「どうして、碧がそんな顔をするの?傷付いてるのは僕の方なのに、、、」
僕は碧を置いて帰った。
*****
翌日、大学の授業は全然集中出来なかった。夕方、改札を出ると、碧が立っていた。僕は無視する様に碧の近くを避ける。
「翼っ!」
近寄って来て、僕の手を取ろうとした。僕は咄嗟に手を引いた。
こんな所で名前を呼ばないで欲しかった。僕は、僕の存在を誰にも知られたく無い。
イライラした。
碧といると、どうしても中学の頃を思い出す。
「翼」
僕は碧の腕を掴む。ずんずん進み、駅裏の薄暗い道を歩く。駅の表側と違い、裏側は少し怪しい店が多い。
僕は所謂そう言うホテルの前に来ると、立ち止まらずに中に入った。空室のボタンを押す指が震える。
「翼、、、」
「したいから来たんでしょ?」
僕はボタンを押す。初めて来たホテルで戸惑いながら、鍵を受け取る。
部屋を探して、鍵を開ける。碧が入り口で戸惑う。そりゃそうだ、、、。
「入りなよ。誰かに見られる、、、」
碧は
「あ、、、」
と、声を出して中に入る。
「先にシャワー浴びる?」
僕の声が震える。
「碧が入らないなら、僕が先に入るよ」
その間に、碧は逃げ帰ればいい。
「翼!」
また、手が伸びて来た。僕は、後ろに下がり触られ無い様にした。碧が考える顔をした。
「触られるのがイヤなの?」
僕は、ベッドに腰掛けた。、、、何だか凄く疲れた、、、。
「、、、中学の修学旅行で、知らないヤツにトイレの個室に連れ込まれそうになった、、、」
碧は目を見開いた。
「何も無かったよ。すぐに逃げた。、、、でも、それから誰かの手が伸びて来ると怖いんだ。悪意が無いってわかってるけど、それでも怖い」
碧が隣に座る。
「翼、、、触ってもいい?」
碧が聞いて来た。僕は少し考えて、頷く。
碧がゆっくり手を上げる。
「触るよ、、、」
僕は、怖くて碧の手を見る。ゆっくり、ゆっくり手が近づいて来る。僕は身体を遠避ける。
「触るからね、、、」
瞼をギュッと閉じる。指先に碧の指が触れた。僕の身体が硬くなる。最初は、指をそっと触るだけ。
「もうちょっと、触るね、、、」
僕の指を3本掴む。呼吸が止まる。
「翼、大丈夫だから」
指を4本握る。
「目を開けて」
僕は碧の顔を見る。ゆっくり手を握る。
僕の呼吸が早くなる。碧の指が絡まる。
「大丈夫、大丈夫。ゆっくり息を吐いて、、、」
僕は碧に言われた通り呼吸をする。段々落ち着いて来た。
呼吸が楽になると、自然に涙が出た。
**********
翼をこんなにしたのは、俺だ、、、。
**********
僕はもう勘違いしない。碧の優しさは友達だからだ、、、。それ以上でも、それ以下でも無い。大丈夫、僕は勘違いしない、、、。
*****
毎週、水曜日になると碧が改札にいる。
最初は公園だった。
「翼、練習しよう。このままじゃ、ダメだろ?」
正直面倒くさかった。別に僕の事なんて、放っておけば良いのに。
ベンチに二人で腰掛けて、碧が
「良い?始めるよ、、、」
と言う
「あのさ、色んな人が見てる、、、」
「あ、、、」
碧は、周りが見えて無かったみたいだ。
「じゃあ、俺ん家行こう。母さんも仕事で誰もいないから」
「いいよ、、、行かない」
「よくない。このままだと、翼が苦労するだろ?」
「わざわざ、メンドイ、、、」
「ちょっと練習するだけだから」
そう言って、碧の家に行く。
碧は、ゆっくり僕の手を握る。僕は緊張して、心臓がドキドキする。碧の指先が僕の爪を撫でる。
「大丈夫?」
「うん」
心臓も、少しずつゆっくりになってくる。一度手を離して、少し時間を置いてからもう一度触る。
触り直されると、やっぱり緊張する。
「一度離して、腕を触るから」
「うん、、、」
碧の手が離れて、少ししてから僕の手首に近寄る。僕は思わず、目を瞑る。
「触るよ」
声を掛けてくれた。僕は頷く。心臓がドキドキする。
「もう、触る」
そっと指先で触れてから、ゆっくり手首を掴む。
「大丈夫?」
「うん」
何とか、、、。
その後も、手首に触れたり、肩口に触れる練習をした。30分程、練習をして
「来週も練習しよう」
と碧が言う。
「え、大丈夫だよ。もう平気だから、、、」
碧がいきなり腕を掴もうとして、僕は反射的に避けた。
「まだ、ダメだね」
僕はため息を吐いた。
*****
翌週、練習中は何とか平気になったけど、急に触られそうになるとやっぱりダメだった。
その内、碧は平気になったけど、他の人に対してはわからないままだった。
まぁ、大人になると無闇矢鱈と触る人なんていないもんだし、、、。
*****
「翼?」
電車を降りたら声を掛けられた。懐かしい、白井先輩だった。ホームに留まり立ち話が始まる。
「大学の帰り?」
「はい。先輩もですか?」
「うん、ちょっと用事を済ませて来たから、いつもより少し遅くなったけどね」
白井先輩は、相変わらずカッコ良かった。
いつも、他人と話す時は緊張するのに、白井先輩なら平気だった。
次の電車が到着して、人が降りて来たから、僕達は少し端に寄った。
人並みを避けて白井先輩との話に夢中になる。
誰かに急に腰を抱かれてギョッとする。耳元で
「ただいま、翼」
碧の声がした。
**********
俺はイライラしていた。白井は、中学の時、翼が仲良くしていた3年だ。
「なっ?!碧!」
「翼、知り合い?」
肩に顎を乗せて、白井を見ながら聞く。
「中学の時の先輩だよ」
「へぇ〜、部活もやってないのに、先輩がいたんだ」
棘のある言い方になった。翼がモゾモゾ動く。
「ちょっ、離せって、、、」
白井がニヤニヤ笑う。俺は睨みつけて牽制した。
「翼の彼氏?」
「違います!」
「そうです!」
「碧っ!」
「ははっ!翼が元気そうで良かったよ!」
白井は笑いながら階段を降りて行った。
「碧っ!冗談が過ぎるよっ!」
誰もいないホームで怒られた。
「でも、俺に触られても平気だった」
「それは、碧だってわかったから!大体、碧は僕の彼氏じゃ無い」
「翼が楽しそうだったから。俺には、あんな笑顔見せないじゃ無いか」
「、、、仕方ないだろ?僕は、碧に振られたんだから」
「それはそうだけど、、、」
「あんまり僕を振り回さないで、、、。勘違いしたく無いんだ、、、」
「ごめん」
「練習も、もう辞めよう。碧なら大丈夫になったんだから」
「でも、俺以外はダメだろ?」
「そんなの、試しようが無いからわからないよ」
「もう、会えないのか?」
「もう、会わない」
胸がザワザワする。このまま別れたら本当に会えなくなりそうでイヤだ。
*****
俺の高校には、同性同士で付き合ってるヤツもいた。周りのヤツらも気にする事は無かった。最初は受け付けなかったけど、俺もその内、気にならなくなった。
大学では、もっと多くなった。仲良くなったヤツもそうだった。
ソイツにどうして相手が同性なんだと聞いたら
「仕方が無いだろ?好きになっちゃうんだから」
と言った。好きになろうとして、好きになる訳じゃ無い。好きになった人が同性だった。
「ただ、それだけだよ」
「でも、女の子と付き合うより大変だろ?」
「え?どう言う事?」
「告白する時とか、女の子に告白する時より大変じゃないか?」
「女の子に告白する時だって大変だろ?相手の気持ちがわからないから緊張するだろうし。良い返事が貰えるとは限らない。気が合うから告白しても、友達以上は考えられないって断られるかも知れない。同じだよ」
「俺、、、幼馴染に告白されたんだ。男だった、、、」
初めて誰かに話した。
「その子、頑張ったね」
「頑張った?」
「だって、男に告白しても無理だって思うだろ?それなのに、告白するって相当覚悟したんじゃない?」
俺は今まで一度も、翼の気持ちを考えた事が無かった。
「その子だってさ、断られたら元の関係に戻れないってわかってたと思うよ」
「、、、最初は断ったんだ、でも押し切られて付き合った。一週間だけ。ちょっとした事があって、相手から別れて来た」
「その子の事、ずっと気になってるんだ」
「ずっと、、、。そうだな、ずっと気になってる」
「恋してるみたいだね」
「恋?」
「そうじゃなかったら、凄く憎んでいるとか?」
「、、、それは無い」
「ずっと忘れられないなんて、凄く好きか、凄く嫌いかのどっちかだと思うけど」
俺はそれからしばらく、翼の事ばかり考えていた。そして、駅の本屋で翼を見つけたんだ。
会えた事が凄く嬉しくて、どうしても声を掛けたかった。
「翼、、、久しぶり。元気?」
*****
翼に「もう会わない」と言われて、どうしたら良いかわからなかった。
水曜日に触る練習をしていた時、少しずつ慣れて行く翼が可愛かった。最初は緊張して、ガチガチだったのに、最後は俺なら平気になった。
俺が翼を変えたんだ。俺が翼の手を握り、声を掛け、慣れさせた、、、。
それなのに、翼がアイツにニコニコしているのを見て、「俺の翼に手を出された」と思った。
駅のホームでアイツ、確か白井ってヤツと翼が一緒にいる所を見た時、俺は胸がザワザワした。早歩きで、一歩近づく度にイライラが増す。
(俺の翼に近付くな!)
思わず翼の腰に手を回していた。
自分の感情がどんどんわからなくなる。
幼馴染で友達で、俺が翼を傷付けた罪悪感、、、。
翼に固執する理由が知りたかった。
*****
「やっぱり、好きなんじゃない?」
「でも、俺の中でアイツは友達だから」
「友達から好きな相手に変わったんじゃないの?」
「、、、いつ?」
「そんなの僕にはわからないよ!原田の気持ちなんだから!」
笑いながら言われた。
「ゆっくり考えたら良いと思うよ」
ゆっくり考える?その間に誰かに盗られたら?例えば、白井とか、、、。
その時、やっと自覚した。翼を誰にも盗られたく無いんだって、、、。
「マジか、、、。好きになっちゃうって、そう言う事か、、、」
俺の友達は笑っていた。
「ま、頑張りなよ。今度は君の番だよ」
そう言って、席を立った。
*****
水曜日、俺は改札で翼を待つ。今日会えなければ明日もまた待てば良い。
いつもの時間に翼が改札を出て来た。俺の顔を見るなり、嫌そうな顔をした。わかりやすいな、、、。
俺が近寄ると不機嫌そうに
「何?」
と言う。
「来て」
翼の手首を掴む。怖がってはいない。
俺は翼の手首を掴んだまま、あのホテルに向かう。ホテルの入り口で翼は拒絶した。そのまま有無を言わさず部屋のボタンを押す。
廊下を歩きながら
「ごめん、二人きりでちゃんと話したかったから、、、」
翼は大人しく着いて来た。
鍵を回し、ドアを開ける。翼の背中を支えて入る。翼が緊張してるのがわかる。
「変な事しないよ。ゆっくり話がしたかったんだ」 翼は俺の顔を見る。
「何か飲もうよ」
俺はビールを取り出し、翼に聞く。
「レモンハイで、、、」
二人で椅子に座り、缶を開ける。部屋の中を大きく占めるベッドが目の毒だ。
「翼の事、好きになっちゃったんだ」
「はぁ?!」
翼が大きな声で驚いた、、、良かった、此処にして、、、。
「碧!馬鹿なの?僕の事、友達って言ったよね?!僕の事、避けたよね?!女、いたよね?!」
「翼、声、デカい、、、」
「ちょっ、待って、わけわからない。心臓に悪い」
翼は酎ハイを一気に飲んだ。そして、もう一本取りに行く。
缶の蓋を開けて、一気に飲む。
それからため息を吐いて
「友達以上でも、それ以下でも無いって言った、、、」
「中学の時ね、、、」
翼は酎ハイの缶を見ながら考えているみたいだった。
「なんでそうなったんだよ、、、」
「気が付いたら好きだった」
「僕、何もして無いよね?」
「、、、」
俺はビールを飲む。
「いつから好きとかわからない。ただ、翼が白井に会った時イライラした」
「ただの知り合いだよ?!」
「凄く親しそうだった。翼のあんな顔、見た事無かった、、、」
「白井先輩は優しいから、緊張する事も無かったし」
「白井に翼を盗られるかと思ったら、早く告白しないとって、、、」
「碧、、、碧の好きは友達の好きだよ。友達を取られたくないから焦っただけよ。自分の気持ちを勘違いしない方が良い」
「友達の好きでも、好きな人の好きでもどっちでもいいんだ。翼を誰にも盗られたく無い。独占したい、、、」
「独占って、、、」
クスリと笑う。
「翼が可愛かった、、、」
翼が緊張するのが伝わった。
「触る練習をしてた時、緊張する顔も、おずおずする顔も、ホッとする顔、安心する顔、全部可愛かった。俺以外の誰にも見せたく無い、、、」
俺は翼の指をそっと触る。親指でスリスリと撫でる。大丈夫、緊張してるけど、怖がってない。
「翼は誰か好きな人がいるの?」
「いないけど、、、」
「いないなら俺と付き合って、、、」
「、、、きっと上手く行かない、、、」
「どうして、、、?」
「僕は、碧を諦めようと頑張っていたから、今更素直になれない、、、」
「それでもいいよ。俺が翼を大事にするから、、、。大事にして大事にして、俺の事、もう一度好きになってもらう、、、」
俺はずっと、親指を動かして続けた。翼の指先から緊張が解けてリラックスして来たのがわかる。
「翼は俺のどこが好きだったの?」
「顔、、、」
「大事だね」
笑う。
「碧はいつも優しかった。碧がいると安心した。僕にかまってくれた。一緒にいたかった。他の誰よりも大切にされたかった。誰にも取られたくなかった。僕だけを見て欲しかった。全部好きだった」
「今は?」
「わからないよ、、、。僕は碧の優しさを勘違いしないように気を付けていたし、好きにならない様にしてたから」
「、、、じゃあ、好きになって、、、」
「そんなの今更、、、」
「好きにならない様にするのを辞めればいいんだよ、、、」
「そんなに簡単には行かないと思うけど、、、」
俺は、触っていた手を引き寄せ指にキスをした。
「っ!」
翼の顔が一気に赤くなって、慌てている。可愛い、、、。
「変な事しないなんて言わなければ良かった、、、」
翼の顔が更に赤くなった。
*****
ホテルを出て、駅に向かう。自転車は置いて歩いて帰る事にした。
「連絡先、、、交換したい」
「、、、ごめん。やり方がわからないんだ、、、」
「いいよ。スマホ貸して、俺がやる」
俺はサクッと登録して、自分のスマホに発信して、スマホを返した。
「今度、デートしよう。夜、連絡する」
と言うと、翼は小さく頷いた。
可愛い。
**********
夜って何時位かな?家に帰って、お風呂に入りながら考えた。お風呂に入っている間に連絡があったらどうしよう。時間を指定してくれれば良かったのに。
何だか不安になって、慌ててお風呂から出て、急いで晩御飯を食べる。
こんなに緊張して馬鹿だな、、、。何を浮かれてるんだろう、、、。自分が恥ずかしくなる。
スマホに着信があって、画面を見ると
僕の好きな人
って文字が出ていて固まった、、、。
一度呼び出しが止まり、すぐにもう一度
僕の好きな人
から着信があった。僕はため息を吐いて通話を押す
「碧、、、何やってんの?これ、ちゃんと直してよ」
「何の事?」
「碧の名前が「僕の好きな人」になってるんだよ!」
「え?聞こえない、簡潔に、大きな声で言って!」
「碧が!僕の好きな人!、、、」
通話が切れた、、、ウソでしょ?
スマホに着信が来た。
「ねぇ、何やってんの?」
「ごめん、ごめん、間違えて切れちゃった。碧が僕の好きな人、の後何て?」
「、、、もう、デートしない、、、」
「翼っ!ごめん、冗談だよ。ほんと、ごめん!」
「やだ、、、」
「だって、、、仕方ないじゃ無いか、、、翼の好きな人になりたかったんだから、、、」
「今すぐ直しに来て、、、」
「5分で行くよ!」
僕は上着を来て、スマホと鍵を持って家を出る。 マンションのエントランスを出て、碧を待つ。
碧が信号の角を曲がって走って来た。
「翼!」
碧は、僕の目の前まで来るとガバっ!と抱きついた。
「碧!」
「翼、会いたかった!」
「さっき、別れたばかりだけど、、、」
スマホを出しながら文句を言う。
マンションの前だと目立つから、1番近い公園まで移動する。
スマホを渡して、碧に直してもらう。
「何て入れる?」
「碧で良いよ」
「やった!」
「???」
「見て、アドレスの一番最初が俺!」
碧はどんな小さな事でも喜んでくれる。それが何だか嬉しくて、、、
「碧、、、僕、ちゃんと碧の事好きだからね、、、。わかり辛いかも知れないけど、、、」
「いいよ、、、大丈夫、、、。嫌な事はちゃんと嫌って言って、、、。無理しないで。、、、でも、、、」
碧は、そっと翼を抱き締める。
「翼、良い匂いがする、、、」
、、、月が皓皓として、逆に全ての影が色濃くなる。茂った大木の影に隠れて小さくキスをした。
「キス、させてね」
そして、もう一度キスをする。
これから、二人でたくさん仲良くなって欲しいです。




