23.真実を
予想通りポレットがどこか興奮気味に「お任せください!」と意気込んでいたけれど、それに対してブランディーヌはあえて「お願いね」と笑顔を向けるだけに留めておく。こういったことはいっそ当たり前にしてしまえば特別感などなくなってしまうものなので、騒ぐことなく落ち着いて対処すればいいのだ。なによりジスランと二人で庭園を散策する時間を邪魔してはいけないと周囲が認識してくれていれば、今後も聞かれたくない会話を交わすのにちょうどいい。
(正式に夫婦になるまでは、本当に二人きりになるなど無理な話よね)
だからこそこうやって少しでもそれに近い状況を作ることができていることに、ブランディーヌとしては感謝しかなかった。
そうしてやってきた当日。会話が聞こえないほど護衛たちが遠くに控えていることを横目で確認してから、ブランディーヌはおもむろに口を開いたのだった。
「ジスラン様、少しよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょうか?」
普段とは違う雰囲気に、ジスランまでどこかソワソワと緊張し始めてしまっているように見える。だが今回ばかりはかなり重要な内容になってくるので、ブランディーヌも真剣な眼差しでその緑青色の瞳を真っ直ぐに見上げたのだった。
「おそらくジスラン様にとっては大変衝撃的なお話になってしまうとは思うのですが、でき得る限り驚きを表に出しすぎないようにしていただけますか?」
「え……? あ、はい。でき得る限り、努力してみます」
詳しい内容を説明するよりも先に、これは二人だけの秘密の会話であり驚きに声を上げたジスランに誰かが駆け寄ってきてしまわないようにしてほしいのだとブランディーヌが続けて伝えると、神妙な表情でジスランはうなずいてくれた。
「分かりました。なるべく声だけは出さないように気をつけます」
「ありがとうございます、ジスラン様」
なにも知らないままそれを了承してくれる素直な彼に、ブランディーヌも本心からの笑顔を向けて。けれど次の瞬間には真剣な表情に戻り、珍しく緊張している彼女は小さく深呼吸をしてから空色の瞳でジスランの顔を真っ直ぐに見つめ、これ以上の前置きは不要とばかりに覚悟を決めて本題だけを伝えることにした。
「前リッシュ伯爵であるジスラン様のお父様を含め、これまでリッシュ伯爵領のカントリーハウスで病で亡くなられた方々は、全員何者かに毒殺されています。そしてその犯人はおそらく、まだここリッシュ伯爵邸で働いています」
「…………え……」
すぐに理解できなかったのだろう。ポカンとした表情でこちらを見ている彼は、たったひとことそう発してから一向に動く気配はない。叫ばないでいてくれたのはありがたいが、瞬きひとつないほど動かないとなると、今度は心配になってきてしまう。
だが庭園を散策できる時間は限られているのだから、今はなるべくひとつでも多くこれまでの調査で明らかになっている真実を彼に伝えておくべきだと判断したブランディーヌは、彼のその様子に構うことなく先を続けた。
「ジスラン様がおっしゃっていた病の特徴は、ある植物の根に含まれる毒性を摂取した際に出てくる症状と、大変酷似していました。このことはダヴィッド伯爵であるわたくしのお父様も同じ見解ですので、まず間違いないと思っていただいて問題ありません」
「……」
空色の瞳を向けている先で、まだ理解が追いついていないのか固まったままこちらを見下ろしてきている緑青色の瞳は、やはりまだ瞬きをしていない。しかし今しかないと知っているブランディーヌは、ジスランだけは少なくとも実行犯にも首謀者にもなり得ないのだと分かっているからこそ、事件には関係ないのだと信じてさらに続きを口にする。これで万が一にも彼が犯行に関わっていた場合には、自分の見立てが甘かったのだと覚悟を決めながら。
「すでに解毒薬が手元にありますので、今後ジスラン様が狙われたとしてもすぐに服薬していただけるよう常に準備はしておりました。今のところはそういったことも起きていないようですが、いつ何時状況が変化してしまうのかこちらでは見当がつきませんから」
「犯人……」
そこでようやく瞬きを思い出し言葉を口にしたジスランは、その意味を理解しようとしているのかそれとも衝撃を受けているのか、今度は緑青色の瞳を何度も瞬かせる。
「現在わたくしが最も疑っているのは、侍女長のジスレーヌです。彼女は病に倒れた人物の側に、常に仕えていましたから。無関係であったとするならば、あまりにも時期が重なりすぎています」
「ジスレーヌが……?」
「とはいえ証拠があるわけではありませんし、家令のピエールなど他の人物が怪しくないとは言い切れない状況ですので、このような曖昧なわたくしの言葉をジスラン様が受け入れがたいのは理解できます。わたくしの言葉を疑いたくもなるでしょう。ですがどうか、せめて体調などに変化があった場合にはすぐにわたくしにも知らせていただき――」
「ブランディーヌ様の言葉を疑うなど、あり得ません」
「っ!?」
今の今まで衝撃を受けて立ち尽くしているだけだった人物が、言葉を遮ってまで突然しっかりとした口調でそう告げてきたのだ。これで驚くなというほうが、いくらブランディーヌ相手であったとしてもさすがに無茶な話であろう。
だというのに、なぜか真剣な表情をしてこちらを真っ直ぐに見つめてくる緑青色の瞳は、今までに見たこともないほど力強い意志を宿していて――。
「むしろリッシュ伯爵邸内で発生していた謎の病が毒薬によるものであるとするならば、現当主である私が一番に動くべきですから。今まで全く気がつくことができず、申し訳ありませんでした」
「い、いえっ……! 毒薬とはいっても、その材料は大変貴重な薬草なのです。ですので広く知られている知識でもないため、発見が遅れることもまだまだ多いのだと思います」
「そうかもしれませんが、だからといって全てをブランディーヌ様頼りにするわけにはいきません。ですからどうか私にも、詳細を教えてはいただけませんか? たとえばどうして私が犯人ではないと信じてくださったのか、など」
これまでにないほど積極的なジスランの様子に、今度はブランディーヌのほうが若干の戸惑いを覚えてしまう。けれど実際彼が協力してくれるのであれば、今後はもっと早く犯人へとたどり着くための手掛かりが見つけられるかもしれない。
突然のことで驚かせてしまうかもしれないと思っていたはずのこちらが、まさか驚かされる側になるとは思ってもみなかったが。それはそれでいい方向へと進んでいるのかもしれないと考えながら、ブランディーヌはジスランからの質問に可能な限り答えていくことにしたのだった。




