22.敵か味方か
「なるほど。そのような共通点があったなど、今の今まで全く知りませんでした」
「主治医も判断できなかったのだから、ジスラン様がお気づきになられていたことがすごいのよ。気になってお父様にお手紙を出してようやく回答をいただけたところなので、わたくしも確証を持っているわけではないわ」
「ですがそのような疑いがあるのであれば、徹底的に調べてみるべきではありませんか?」
「えぇ、もちろん。その通りよ」
そう話すピエールは本心から言葉を口にしているようにも見えるが、実際にはまだ敵か味方かの判別はつけられない。だからこそあえて自分には判断がつかなかったのだということにして、ダヴィッド伯爵もこの事実を知っているのだと言外に示してみせる。実際彼が毒殺犯だった場合、ジスランに危険が及ぶだけでなくブランディーヌ自身も危ないので、最悪の事態を想定しておく必要があるのだ。だが同時に家令を味方に引き込めるのであれば、それこそ心強い。
(はたして彼は、どちらに転ぶのかしら)
ブランディーヌの予想が正しければピエールが犯人である可能性は低いはずなのだが、まだ油断はできない。今すぐこの場で命を狙われるようなことはないだろうが、今後はどうなるのか分からないのだから。
しかしどうやら、そのこと自体をリッシュ伯爵家の家令として長く勤めている彼自身が疑問に思ったようだった。
「まずは一度、皆様が病に倒れられたそれぞれの時期にお側についていた者や交流のあった人物を調べてみます」
「そうね。確かに交流のあった人物までは、わたくしも調べ切れていないもの」
「ですが、その前にひとつだけよろしいでしょうか」
「いいわ。なにかしら?」
今後の予定を口にした直後、相変わらず真面目そうな表情のまま問いかけてきたピエールに対してブランディーヌがうなずき先を促せば、ありがとうござますと頭を下げてから再び顔を上げた彼は真剣な眼差しでこちらを見つめその疑問を口にした。
「なにゆえブランディーヌ様はその事実を、私に教えてくださったのですか? お伺いした内容から推察するに、私もまた怪しい人物の一人だとお考えになられていてもおかしくはないのではないかと愚考したのですが」
「あぁ、そんなこと」
けれどその問いに対する答えを、ブランディーヌは初めから手にしていた。むしろそれがあったからこそ犯人かもしれない大勢の中から、最初に彼にこの事実を告げることを決意したと言っても過言ではない。
その理由とは、つまり――。
「あなたが犯人だと仮定した場合、屋敷の中にまで手が回らなくなることは予想できていたはずだもの。それなのに緊急でダヴィッド伯爵家に助けを求める手紙を送るなんて、事前にある程度準備ができたはずの人物がとるべき行動としては明らかにおかしいわ。なにより予測できないような事態を引き起こす可能性がある以上、全てが終わるまでは屋敷の中の人数を増やしたり配置を変更したりと、そういった変化は起こしたくないはずよ」
突然のことに戸惑いダヴィッド伯爵家へと助けを求める手紙を出している時点で、彼ではない可能性はかなり高かったのだ。
だが実は、それ以外にももうひとつ大きな理由がある。
「……確かに、そうかもしれません。仮に私が犯人だとすれば、ブランディーヌ様のおっしゃる通り全てを事前に手配し変化を最小限に抑えようとするでしょう」
「あなたはそういう性格をしているものね。けれどもうひとつ、少なくともピエールではない可能性のほうが高いとわたくしが判断した理由があるとすれば、これよ」
そう言ってブランディーヌが彼の目の前に差し出したのは、使用人の配属一覧に関する資料の中から抜粋されたふたつのページ。それはそれぞれジスランの実母である妾と、前リッシュ伯爵の正妻であるリッシュ伯爵夫人の専属侍女が記されているものだった。
「いくら家令とはいえ、別邸にいる妾のところにまであなたが出向くことはそうやすやすとできることではないでしょう? けれど逆に、彼女たちそれぞれが病で亡くなった際に専属侍女として側についていた人物が、一人だけ存在していた」
「っ……!! まさか……」
「それだけで犯人だと決めつけられるものではないけれど、本当に全員が毒薬によって命を落としていたのだとすれば、一番怪しいのは彼女だとは思わなくて?」
そこに書かれている中で唯一共通しているのは、たった一人。現在は侍女長にまで上り詰めた、ジスレーヌの名前だけだ。
「……すぐに、彼女の部屋を調べさせましょう」
「えぇ。けれど調べる人物は、確実に信頼できる少数に絞ってからにしてくれるかしら。そして、誰にも気づかれないようにすること。あくまで彼女が怪しいというだけであって、まだ犯人だと確定したわけではないのだから。なにより複数犯だった場合、気づかれた時点でジスラン様に被害が及ぶかもしれないもの」
「それはいけません……! なんとしてでも、旦那様だけはお守りしなくては……!」
真剣な眼差しでそう口にするピエールにウソはないか注意深く観察しながらも、同時に彼が犯人で単独犯だったとすればこのままジスレーヌに罪をなすりつけようとするだろうとも考えるブランディーヌは、はたしてこの結果がどう転ぶのだろうかと思案する。ピエールはすでに疑いの目から外れているのだと言動で示している以上、自分が疑われているとは微塵も考えていないはずだろう。となれば仮に彼が犯人だったとしても、今この場で死と直結することはなさそうだ。
(今後、わたくしやジスラン様に毒が盛られる可能性は以前よりも高くなったけれど……)
むしろこれで毒薬を使われたことが確定できれば、それはそれで確実にピエールの犯行だということが判明するので、ブランディーヌ個人としては悪い話ではなかった。
ただ、ひとつだけ懸念点があるとすれば――。
(命を狙われる危険性があるというのに、ジスラン様になにもお伝えしないのは問題、よね)
そしてここまで何度もジスランと接してきて、犯人や共犯者である可能性は極端に低いだろうと結論づけている以上、彼に真実を話さない理由もない。
犯人とつながっていないとは言い切れないが、仮にこの状況がすでにリッシュ伯爵となったジスランの意向だというのであれば、それは彼に嫁ぐ予定のブランディーヌにも知る権利はあるだろう。どちらにせよ、一度しっかりと話し合っておく必要があるのは確かなのだ。
(誰にも聞かれないように手配するのは、今は少し危険かしら)
今犯人に疑われないように行動するには、やはりいつものように二人で庭園を散策しながら話すのが一番いいだろうと結論づけたブランディーヌは、あとのことはピエールに任せ資料部屋を出る。そのまま部屋の外で待機していた侍女を呼び寄せ、ジスランとの散策のため日程調整をしてほしいと指示を出したのだった。
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