21.消去法
賭けとは言いつつも、ブランディーヌは本当に勝敗の分からないようなことをするつもりなどない。そんな危ういことをせずとも、ある程度の絞り込みはできている。そもそも病に倒れた前リッシュ伯爵と直接顔を合わせたり食べ物飲み物に毒を盛ることができた人物など、はじめから一握りしか存在していないのだ。さらにその中でも、最初の犠牲者であろうジスランの実母が病に臥せった際に彼女に接触できていたとなると、その時期にはまだ関係なかった前リッシュ伯爵の主治医などはまず真っ先に候補から外れるだろう。そして実の息子でありながら気軽に合うことどころか部屋から出ることすら禁じられていたジスランも、実行犯という意味では外すことができる。
(問題は、実行犯ではない可能性がまだ残っているというところかしらね)
とはいえ、まともに教育すら受けていなかったはずのジスランがこんなにも長期的な計画を思いつくとは考えられないので、もはや彼はもうほぼほぼ犯人からは外れていると見ていいのかもしれない。たとえ彼が多少なりとも関わっていたのだとしても満足に食事すら与えられていなかったのだから、その場合は誰かに唆されたと考えるほうが自然だろう。そしてそうなれば、必ず共犯者であり実行犯となった人物が存在していることになるのだ。
(ジスラン様が関わっていた場合に一番怪しいのは、おそらく侍女長のジスレーヌでしょうね。そうでない完全な単独犯であれば、家令のピエールも怪しくなってくるわ)
どちらも証拠がないのでただの憶測になってしまうのだが、しかし実際リッシュ伯爵家の全員と接点を持っていた人物は、今のところ彼らと数人の侍女と専属のコックたちだけ。特にジスランの実母である前リッシュ伯爵の妾との接点となると、本邸に移り住むことなく最期も別邸で亡くなったという情報も得ているので、少なくともこれで当時本邸で働いていた使用人たちは全員実行犯ではないと言い切ることができる。つまり消去法でいけば、かなりの人数にまでここで絞り込めるということ。
こうして今までの情報を整理したどり着いたのが、家令か侍女長の犯行である可能性が高いという事実だった。ただその場合最も懸念すべき事項は、実行犯が他にいるかもしれないということ。単独犯であればそのまま本人が実行犯になるのだが、これがもしも複数人による犯行であったとすれば実行犯がそれぞれ違う可能性も出てきてしまう。もっと言ってしまえば主犯が家令で実行犯が侍女長だったとしても、なんら不思議はないということだ。
(けれど、こういったことはなるべく少人数に絞っているはずなのよね。人の数が増えれば増えるほど誰かから計画が漏れて、最終目標を達成するまで秘匿しておくことが難しくなってくるのだから)
となれば、一番安心なのは単独で行動することだろう。特に今回は毒薬を使用しており、さらには初めから一度も怪しまれたことなどないのだから、今さら協力者を探す必要はない。そして複数犯だったとしても、やはり人数は少ないと見てまず間違いないだろう。
そしてすでにこのまま情報を集めていただけでは、いつまで経っても真相にはたどり着けないような段階にまできてしまっている。それが分かっているからこそ、一度危険を冒してでも確認しておかなければならないことがあった。
「お呼びでしょうか、ブランディーヌ様」
リッシュ伯爵邸へとやってくる前にピエールが事前に用意してくれていた資料部屋で一人、過去の使用人の配属一覧表を見ながら考え事をしていたブランディーヌは、声をかけられたことで待ち人がやってきたことを知り顔を上げる。
「忙しい中呼び出してごめんなさいね、ピエール。けれどどうしても、あなたに確認しておきたいことがあったの」
「いいえ、私どもに遠慮は無用です。使用人とは使われてこそですので、どうぞいかようにもお役立てくださいませ」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」
そう。ブランディーヌの待ち人とは、家令のピエールであった。そして彼女は今、一人も共を連れていない。ピエールと使用人の配属に関する話をしたいからと、普段側にいる侍女たちには外で待っていてもらっているのだ。彼女たちも自らに直接関係するかもしれない内容を安易に知るわけにはいかないと、あえて普通に話している声量ならば聞こえないであろう場所で待ってくれている。それだけしっかりとした教育がされていることに、改めてブランディーヌは前伯爵夫人の能力の高さを垣間見たのだった。
けれど今は、それよりも大切なことがある。
「あなたも知っての通り、わたくしは今はまだダヴィッド伯爵家の令嬢。なので最初の頃はジスラン様と正式に婚姻を結ぶまで、あまりリッシュ伯爵家の事情には深くかかわらないようにと考えていたの」
それは乗っ取りを変に勘繰られても困るからという、かなり正当な理由があった。だが残念ながらリッシュ伯爵邸へと到着した翌日に、その考えはもろくも崩れ去ることになったのだけれど。
「ただそうも言っていられなくなってしまって、わたくしもジスラン様をお支えするために日々努力をしてきたわ。その中で過去リッシュ伯爵家になにがあったのかを知ってしまったのだけれど、その中でどうしても気になる部分が出てきてしまったのよ」
「気になる部分、ですか?」
途中までは理解できるというように黙ってうなずいていたピエールだったが、ブランディーヌが険しい表情を見せながら紡いだ言葉に引っ掛かりを覚えたらしい。珍しく彼が全く同じ言葉を繰り返しているところからは、どこか警戒するような雰囲気も見て取れる。
だがブランディーヌはあえてそのことに気がつかなかったフリをして、さらに言葉を続けた。
「えぇ。……ねぇ、ピエール。もしも前リッシュ伯爵の死が病ではなく毒殺なのだとすれば、あなたはどう思う?」
その瞬間、常に冷静沈着で一度も表情を崩したところなど目にしたことがなかった彼の鉛のような灰色の瞳が大きく見開かれ、かすかにその口元がわななく。それはまさしく予想もしていなかった衝撃的な事実を聞かされた際の人間の反応そのもので、無意識下でピエールに起きたその反応がどちらに対する驚きなのかを見極めようと、ブランディーヌはその姿や表情そして雰囲気に至るまでひとつも見逃さないようにと空色の瞳を真っ直ぐに彼に向ける。
そんな彼女の視線に気づいているのかいないのか、ピエールはブランディーヌの前で突然目をつぶりゆっくりと深呼吸し始めた。それはまるで、自分の心を落ち着かせようとしているようにも見えて――。
(いいえ。まるで、ではないわね。実際彼は今、処理しきれない感情をどうにかやり過ごそうとしているのだもの)
おそらくそれが彼の癖なのだろう。リッシュ伯爵邸へとやってきた初日以降、あまり長い時間会話を交わす機会もなかったため癖らしい癖を見つけられなかったブランディーヌだが、ここにきてようやく彼の癖を見つけられた気がする。とはいえ心を落ち着けようとしているということまでしか分からないので、彼から語られない限りはその心情を推し量ることは不可能なのだが。
ただどうやら、毒殺という言葉がピエールの中のなにかに火をつけたらしい。
「リッシュ伯爵家を危機にさらすような蛮行を、私が見逃すわけにはまいりません。ブランディーヌ様、そのお話詳しくお聞かせ願えますか?」
こちらを痛いほど真っ直ぐに見つめてくる灰色の瞳の奥には、珍しく怒りの炎が灯っていたのだった。
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