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「あなたを愛せるか、自信がない」と弱気発言されましたので、こちらが全力で愛して差し上げることにいたしました。  作者: 朝姫 夢
本編

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19.リッシュ伯爵家の過去

 ジスラン本人から幼少期の出来事を直接聞いたことで、彼にとって実母という存在があまり重要ではなかったのだということは理解できた。だがそれならば、周囲から見た当時の様子はどうだったのだろうかとブランディーヌは疑問を抱く。そもそもジスランを育てていたであろう乳母や彼の身の回りの世話をしていた人物が存在していなければ、その状況を作り出すどころかここまで彼が生き続けることすらできなかったはずなのだから。

 そうしてまず最初に彼女が話を振ったのは、毎度おなじみおしゃべり好きの専属侍女ポレットだった。しかし今回に関しては残念なことに、紅茶の色をまとう彼女はまだその頃には生まれていなかったので知っていることはほとんどなく、両親からも当時のことに関しては全く聞いたことがないのだという返答しか聞くことはできなかった。


(まさか、最初でつまずくとは思わなかったわ)


 普段であればそこから別の誰かにつなげていったりもできるのだが、一切の手掛かりがない状態では次の一歩をどこに踏み出せばいいのか見当がつかない。


「……仕方がないわね」


 ため息をひとつついて、ブランディーヌはまるで諦めたかのようにそうつぶやく。だが実際には聞き込み自体を諦めたわけではなく、本来であれば知っていそうな人物を見極めて徐々に進めるところを、真実を知っていそうな可能性のある人物へと一気に対象を絞ることにしただけだった。

 ただこのやり方を、ブランディーヌ自身はあまり好んでいない。なぜならばその人物が真実を語ってくれるとも限らず、むしろ変に警戒され周囲に対し情報を漏らさないようにと対策されてしまう可能性もあるからなのだが、今回ばかりは致し方がないことだと自分を納得させるしかなかった。そうでなければ時間もかかりすぎてしまうし、話を聞く人物が多ければ多いほどうわさになりやすいからだ。なにが犯行の動機となっているのかも分からない中、どこかで聞いているかもしれない犯人を変に刺激したくもない。


(今から会いに行く人物が毒殺犯でないとも言い切れないのが恐ろしいところだけれど、こればかりは仕方がないわ)


 そうして彼女がまず最初に向かったのは、侍女長であるジスレーヌのところ。侍女長という地位に上り詰めるほど長い間リッシュ伯爵家に仕えてきた彼女ならば、確実に当時のジスランが置かれていた状況や周囲の様子などを知っているはずだろうと思ったからだ。なにせ普通に考えれば離れの妾の世話を任されるのは、同じ女性である侍女のはずなのだから。


「え? ジスラン様が幼い頃のお屋敷の中の様子、ですか?」

「えぇ。ご本人から直接当時のお話はお聞きしたのだけれど、逆にジスラン様が知らないところはどういった状況だったのか、ふと気になってしまったの」

「なるほど。そう、ですねぇ……」


 ジスラン本人から直接話を聞いている、という言葉が聞いたのだろう。本人が過去の出来事を語ったのであれば、別段婚約者に対してそのことを隠し立てはしていないのだと理解してくれたのか、まるで当時のことを思い出すように斜め上に目線を向けながらジスレーヌは口を開いた。


「あの頃の本邸には前リッシュ伯爵夫人とご子息がいらっしゃって、基本的に前伯爵様はあまり別邸には足を運んではいらっしゃらなかったように記憶しております」

「つまり、ジスラン様には会っていらっしゃらなかったのね」

「はい。特に妾として迎え入れた女性が亡くなられてからは、一度もあちらに出向かれたことはなかったのではないでしょうか」

「そう……」


 目線が向いた先がジスレーヌ側から見て左斜め上だったことを考えると、おそらくこの件に関して彼女はウソをついていないのだろうとブランディーヌは判断する。これが反対に右斜め上だった場合はウソである可能性も高かったが、視線がそちらに流れるようなこともなかったのでまず間違いないだろう。


「ちなみにジスレーヌは、その頃はどこで働いていたのかしら?」

「私ですか? そうですね、確か……その頃には前伯爵夫人つきの侍女になっていたのではないかと思います」

「そうだったのね」


 だがブランディーヌが新たに質問した途端、今度はその視線はジスレーヌ側から見て左斜め下に落ちてしまう。それはまるで、本当のことを言っていいのかを思案しているようにも見えて。


(まだ話せないような内容があるのか、もしくは彼女自身がなにかを隠しているのか……)


 気にはなったが、その様子を見てここまでだろうと判断したブランディーヌはあえて笑顔を向けて会話を終わらせることにした。


「ありがとう、ジスレーヌ。ごめんなさいね、忙しい時に呼び止めてしまって」

「いいえ、ブランディーヌ様。少しでもお役に立てたのならば光栄です」


 そう言いながらジスレーヌは濃い紅茶色の瞳を真っ直ぐこちらへと向けて、まるで微笑むかのように口角を上げるのだった。

 仕事へと戻っていく少々ふくよかな彼女の後ろ姿を見送りながら、ブランディーヌはその言葉の裏取りは必要だろうかと考える。もしもここでジスレーヌがウソをついていたとしても他の使用人に確認してしまえば、それが例えば家令のピエールなどであれば簡単に真実が明らかにされてしまうのだから、あえてここでそんな意味のない言動を彼女がとる必要はない。家によっては誰がどこの担当だったのかという記録を紙に残している場合もあるし、事実リッシュ伯爵邸にやってきた初日に資料としてそういった一覧表を見せてもらった覚えがある。そして侍女長であるジスレーヌが、その存在を知らないはずがない。


(それでも、気になるわね)


 自分のことを聞かれた瞬間、一度聞き返してきたことも時間を稼ぐためだったと考えれば自然ではある。実際「あなたは?」と聞かれて「私ですか?」などと言葉で一拍置くような人物の場合、その直後にウソをついている可能性が非常に高くなるのだ。

 もちろんそれが必ずというわけではないのだが、その直後に視線を落としていた様子も合わせてブランディーヌには怪しく見えてしまっていた。


(だからといって、即犯人だと断定するわけではないけれど。なによりリッシュ伯爵家にとって普通ではない状況にあった当時のことなのだから、どこまで話していい内容なのかと迷っていた可能性も捨てきれないもの)


 もしかしたら人には言えないなにかを見聞きしてしまっていたのかもしれないし、あるいは途中で持ち場が変化したのでどう答えるのが正解なのかを探っていたのだとか、理由はいくらでも想像できる。だが一人で考えていたところで答えが出るわけではないので、ブランディーヌは次の人物を探しに屋敷の中を歩き出したのだった。


 結果としていくつかの情報を新たに仕入れることには成功したのだが、家令のピエールだけは大変口が堅く詳細は教えてもらえなかった。しかし過去の配置の資料ならば閲覧したところで問題ないからと当時の一覧表を手に入れることはできたので、おおむね成功だったと言ってもいいだろう。そして資料を詳しく見てみると、確かに伯爵夫人つきの侍女の中にジスレーヌの名前があったのだが……。


「……あら?」


 同時にジスランや彼の実母についていた使用人の名前を確認していると、そこには先ほどと同様ジスレーヌの名前が記載されていた。


「これは……いったい、どういうことかしら?」


 時期がずれていることから、実はジスレーヌが専属侍女になり仕えていたのはリッシュ伯爵夫人ではなくジスランの実母である妾のほうが先だったと解釈するのが、この資料を見ている限り正しいのではないのだろうか。となれば、やはり彼女の言葉の選び方には若干の疑問が残る。


(担当していたのは妾のいる別邸だったはずなのに、まるで自分はずっと本邸にいたかのように「あちらには」という言い方をしていたわ)


 資料を読む限りでは、妾が亡くなってから異動したことになっているはずなのに。

 あの言葉は意図的だったのか、それとも別の意味があるのか。ブランディーヌが今持っている情報だけで判別することはできないが、少なくとも疑問が出てきてしまった以上は解決しておくべきだろうと結論づけ、なにか知っているかもしれないという淡い期待を込めて彼女はもう一度ジスランに話を聞いてみることにしたのだった。



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