12.予防線
そうはいっても、まずやるべきは犯人探しよりも身の安全。ブランディーヌが依頼した調合薬はリッシュ伯爵のための一人分のみだったので、予備の必要性を考えてさらにふたつほど同じものを依頼し、それに加えて別の毒薬を使用される可能性も考慮し新たに大量の薬草をリッシュ伯爵家の庭園に定植することを決定したのだった。
本来であればまだ正式にジスランに嫁いでいないブランディーヌがそんな大きな決定をできるはずはないのだが、そもそも彼女は屋敷の管理をするために正式な婚姻前にリッシュ伯爵家へとやってきたため、この件に関して誰に止められることもないまま全てがブランディーヌの思い通りに進められたのは不幸中の幸いとでもいうべきだろうか。いずれにせよ予防線は張れるだけ張っておくに越したことはない。
「ブランディーヌ様、こちらでいかがでしょうか?」
「葉が生き生きとしていて、根がしっかりと定着しているのがよく分かるわ。この調子で数を増やしてくれるかしら?」
「承知いたしました」
リッシュ伯爵家のカントリーハウスを任されている庭師とも積極的に言葉を交わしながら、今後は徐々に定植した薬草たちを増やしていくつもりでいる。当然毒消しのためばかりではなく、今後の財源なども考えて新作の化粧水の研究もしていきたいところなので、こういった地道な活動こそが今のブランディーヌにとっては大切な日課となっていた。
そして同時に、ヴァンサン・リッシュ伯爵が亡くなったあとから彼女の日課となった行動は、もう一つある。それは――。
「ポレット、本日ジスラン様が口にされたものは、わたくしと全く同じだったのかしら?」
「はい。食事はご一緒されていらっしゃるのでご存じの通りですし、休憩時にお出しするお飲み物も含め、全て同じものとなっておりました」
「そう。ありがとう」
夫となるジスランの、その日一日の食事内容などについての確認だった。
これに関しては、断じてブランディーヌが家庭内ストーカーをしているというわけではない。リッシュ伯爵家の関係者が特定の食べ物に対してアレルギー反応を起こしていた可能性もあるのだとダヴィッド伯爵が説明していったことで、屋敷内ではどんな食材が誰にとって害を及ぼすのか分からないと不安になっているというのが主な理由であり、またブランディーヌからすれば毒薬を入れられた場合に食材の特定がしやすくなるという利点があるため、基本的に彼女にも情報を共有することになったのだ。
残念ながらこの国ではまだアレルギーというものの存在があまり広く知られているわけではないため、万が一の場合に判断できる存在が医者の中であってもあまりに少なすぎる。だが今回ダヴィッド伯爵家の二人はその事実を逆手に取り、今までの病も体質的な部分が関係していた可能性があるとあながち嘘とも言い切れない説明をしていたのだった。事実、彼らはまだひとつも証拠を手に入れられていないので、本当にアレルギーではなかったとは言い切れない。しかもアレルギー反応の一つとして、突然の気道の腫れなどにより最悪の場合は呼吸困難となり命を落とす場合があるというのが、なんとも信憑性を増しているところである。
結局リッシュ伯爵家の面々は専門的なことは分からないからと、多少知識のあるブランディーヌがその件に関しては請け負うという話でまとまって現在の形に落ち着いたのだった。実際には多少どころではなく、かなりの知識の持ち主だということは今も伏せたままで。
そうして周囲に対する警戒を怠らないようにしつつも、同時にブランディーヌはある人物からリッシュ伯爵家に関する情報を大量に仕入れることに成功していた。
その人物とは、ズバリ。
「ところでポレット、あなた以前恐ろしい話を耳にしてしまったと言っていたわよね?」
「は、はい! 実は、その……」
そう、侍女長であるジスレーヌがブランディーヌつきとした、侍女のポレット。彼女は代々リッシュ伯爵家に仕えてきた家の関係者で、幼い頃から侍女としての知識や振る舞いを叩き込まれてきたと同時に、早いうちから奉仕に出ていたのである。だからこそ十九歳という侍女としては比較的若い年齢で、次期伯爵夫人となるブランディーヌの専属侍女の一人として選ばれたのだ。
そんなポレットだが、実は大変なおしゃべり好きだった。
確かに仕事はできるし、侍女としても気が利くほうだ。それはブランディーヌも認めているし、なにより彼女の淹れる紅茶は絶品で、ポレット本人ですら冗談交じりに「侍女の中で一番紅茶を淹れるのが上手だから専属侍女に選んでもらえた」のだと言うほど、自他ともに認める能力なのだ。しかしその反面、幼い頃から侍女として働くために生きてきたせいか、リッシュ伯爵家以外をほとんど知らずに育ってしまった。そしてそれは、ある種天敵のいない島で育った野生生物と同じように、彼女から警戒心というものを奪ってしまっていったのかもしれない。
「どうやら旦那様は、以前から他家の弱みを握り脅しに使われてきたようなのです」
「リッシュ伯爵つきの侍従たちがそううわさしていた、ということなのよね?」
「は、はい。その……私はまさか、旦那様がそんなことをされているとは思ってもみなかったので、驚きと同時に恐ろしくなってしまいまして……」
「そうね。万が一のときのために弱みを握っておこうとするのは貴族間ではよくあることだけれど、脅しにまで使うことはなかなかないわ」
本来ならばまだリッシュ伯爵家の人間ではないはずのブランディーヌにまで、こんなにも簡単に内情をしゃべってしまうのだ。どう考えても、警戒心など欠片もないも同然だろう。
(そのおかげで、わたくしは色々と知ることができてとても助かっているのだけれど)
素直すぎて、これはこれで大丈夫なのだろうかと心配になってしまうブランディーヌである。
仕えている主から同意を得られたことで勢いづいたポレットは、それがどれほど恐ろしいことだったのかということを熱弁しているのだが、その合間に出てくる家名や内容が生々しすぎて思わず言葉がこぼれそうになるたび、表情の変化を悟られないよう急いで手元のカップを顔に近づけ紅茶を口に含むブランディーヌ。そうしてそのたびに、こう思うのだ。
(ポレットの淹れてくれる紅茶は、本当においしいわ)
うわさの枠を完全にはみ出て、真実に片足どころか両足をしっかりと突っ込んでいる状態の話ばかりのときは特に癒やしとなってくれるその味や香りとともに、ミルクティー色の髪と淡い紅茶色の瞳という可愛らしい見た目の侍女の姿を見て、彼女は自分の見立ては間違っていなかったと確信する。ポレットは、やはり紅茶のような人物なのだ、と。
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