タニアの街を満喫せよ
世界が謎な物語ですがちゃんと関係してます
ティルスがいきなり転移させてきた事を怒って落ち着いたフィアナはそれから十分ほど歩いて街の出入りを管理する門までやってきていた
「次はフィアナ嬢か、二日連続とは珍しいね」
門番を務める男が話しかけてくる
重要な場所だけあって体も大きく威圧的な雰囲気すら纏っているがその声音は優しく何処か敬意の感じるものだった
とはいえしっかりと彼女の差し出した市民証を確認して仕事は熟している
「今日は彼に街を案内したくてきたんです。それとこれはおばあちゃんから、読んでください」
「ダイアナさんから?珍しいこともあるものだ、拝見させて頂く・・・なるほど、そういう事か」
そうして門番の視線がフィアナからその背後で大人しくしていたティルスに移る
「少年、手紙に悪人ではないと書いてあるが念のため確認させてもらう、この街で悪事を働く気は無いのだな?私はここで何十年も門番をやっているから下手な嘘はつかない事だ」
「勿論です、私の目的はフィアナさんに街を案内して貰う事とこの街の図書館だけ。決して犯罪は犯さないと誓います」
威圧感の増した門番に欠片も動揺する事無く答えた
その姿を見た門番は少しの間考え込んで答えを出す
「通れ、手紙にはダイアナさんが責任を負うと書いてあるから気を付けるようにな」
「大丈夫です、私が監視しているので」
そう言ってティルスの手を掴むフィアナ
「そうか、フィアナ嬢が見ているなら安心だな。このタニアの街を楽しんでくれ」
「それじゃあ失礼します、行くわよ」
「分かってるよ、実に楽しみだ」
フィアナに手を引かれて抵抗する事無く付いていくティルス
その背中を見ていた門番の男は
「(あの子にもようやく異性の友人が出来たのか・・・先が楽しみだ)」
娘の成長を見守る父親の様な心境になっていた
だが残念ながら少女にそんな青春的な感情は無い
「(恥ずかしいけどこうやって手を繋いでいないと何処に行くか分かったもんじゃないわ‼)」
出会ってまだ一日だったが少年の考えを理解しているのであった
そんなこんなで街に入った二人は現在
「一度に借りられるのは十冊までだからそっちは元の場所に戻して」
「そういうのは最初に言って欲しかった」
「誰が一人で百冊近く借りるなんて思うのよ‼」
少年の強い希望で図書館にやって来ていた
大声を出したフィアナにここを管理している司書が少しだけ睨む
「ここでは静かにしないとダメだと教えてくれたのは君だよ?」
「っ⁉この男・・・とにかく、ルールはルールだからちゃんと守らないとダメよ」
「仕方ない、元の場所に戻してくるよ」
「私はここで待ってるから」
「あぁ、すまない」
そう謝罪してから本棚に消えていく背中を眺めつつ少女は頭を抱える
「(まさかここまで常識が無いとは思ってもみなかった、言ってない事は平気でやらかすなんて)」
ティルスはフィアナが禁止した事は決して違えない
ただ逆に言えばそれ以外は何でもしてしまう
「(そういえば言ってたわね、制約の魔術で縛らないと自分でもコントロールできないって)」
それにしたって常識が無い、一万年前はどういう生活をしていたのか逆に気になってくる
本格的に子供の世話をする親の気分になってきた少女の元に当の本人が戻ってくる
「早かったわね、念のため聞いておくけれど元の場所に戻したのよね?」
「勿論、何処で手にしたかは覚えていたから転移の魔術で戻してきた」
「今日は私たちしかいなかったから構わないけど魔術は余り人前で使わないで」
「それは分かっているよ、この時代で見られれば大事になりそうだし」
「そういう常識はあるのね、それで一体どの本を借りる事にしたの?」
「最低限の物は書庫にもあったから専門的な物がメインだ、【人類と科学の歴史】【タルミア皇国の成り立ち】・・・最後に【暴虐の夜の謎に迫る】という本に決めた」
「―――暴虐の夜、ね」
「この本が気になるのかい?君の名前で借りるのだし先に読んで貰っても、」
「違うわ、少し昔を思い出しただけ。本を借りて次の場所に行きましょう」
「そうだね、この街を満喫しなければ損だ」
フィアナの表情が明らかに何かに恐怖している物だったがティルスが触れることは無くその提案に従って司書の所まで歩き始めるのだった
図書館を出た二人は小腹を満たすため屋台で売られていたケバブサンドを購入して食べ歩きながら次の目的地に向かっていた
「この街でも人気の屋台だったけどどうだった?」
「美味しい、パンで肉を挟んだ料理は私の時代にも幾つかあったはずだがどれも臭みがあったりそれを消すためにスパイスを使いすぎて味が分からなくなっていたがこれは肉の味をソースが邪魔せず美味しさを加速させている」
「そう言う割には昨日の反応と比べると微妙に見えるけど」
「あれに関しては衝撃が大きかった。ただそれを抜きにしても私はこの料理以上に君の料理が美味しいと感じた、屋台で提供されている料理と家で作られる料理を同じ土俵で見ていいのかは疑問だけど」
「そう、そんなに美味しいと思ってくれたなら作った甲斐もあるわ」
図書館で少し暗い雰囲気となっていた少女の期限はすっかり治っていた
それは少年に自身の料理を褒められた事もあるが今向かっている場所も関係していた
「着いたわ、ここよ」
「孤児院だったね、よく来ているのかい?」
「二週間に一回くらい、それじゃあさっきのケバブ分しっかり働いて貰うから」
「君は本当にしっかりしているね、勿論構わないさ」
二人がやってきた孤児院はお世辞にも新しいとはいえない古い二階建ての家だったが手入れはしっかりとされているらしく清潔感は保たれている
「そろそろね・・・来た」
そう言った先には玄関から出てくる五、六人の幼い子供達がいた
彼らはフィアナを見つけると物凄い勢いで走り寄ってくる、そして
「お姉ちゃん、いらっしゃい‼」「その人は誰?」「馬鹿、姉ちゃんの彼氏に決まってんじゃん」
「分からない、まだ友人かもしれない」「でもフィアナ姉が男の人と一緒に来たのって初めて」
「そもそも一緒に来るのもばあちゃんくらいじゃないか?」
各々が好き勝手話だし誰が何を言っているのか分からない程だった
だが慣れたものなのかフィアナは特に動揺する事も無く
「はいはい。この人は私の彼氏じゃなくて友達、今日は皆の遊び相手になって貰う為に連れてきたの」
その言葉を受けて子供たちの視線は一気にティルスに集まる
「そういう事だから今日は一緒に遊んでくれると嬉しい」
「いいよ~」「フィアナ姉ちゃんの友達なら俺らの友達みたいなもんだし」
「お姉ちゃんはこう言ってたけどお兄ちゃんはどうなの?」
フィアナの人徳によるものか驚くほど簡単に受け入れられたティルスは子供たちに手を引かれる形で庭の方向に消えていく
そして子供たちが全員いなくなった所で妙齢の女性がやってきた
「来てくれて嬉しいわフィアナちゃん、それにあの子たちにいい遊び相手も連れてきて貰って」
「気にしないでくださいリステさん、私も彼の面倒を見なくて済みましたから」
「え?」
「気にしないでください、それより家で取れた野菜です」
「ありがとう、でも一週間前にも貰ったのに」
「無理はしてませんから、せっかくですし一緒に作りませんか?」
「良いわね、最近はフィアナちゃんあの子たちの遊び相手ばかりで私とは全然遊んでくれないから寂しかったの」
「なんですかそれ、今日は彼も居ますから話し相手になりますよ」
おどけるリステにツッコみつつ久しぶりの会話が楽しみなフィアナであった
二時間後
「お疲れ様、子供たちの遊び相手はどうだった?」
「楽しかったよ、子供だから知っている知識もあって中々に有意義な時間だった」
「正直意外だった、貴方は子供の相手が苦手だと思ってたから」
「得意ではないな、これが普通の子供なら苦労しただろうけどあの子たちは君を慕っているからね。お陰で僕も簡単に受け入れられた」
「そう、なら良かった。次の場所に行きましょうか」
「もうかい?話し込んでいたからまだいるのかと思っていた」
「そうしても良かったけど子供達がお昼寝して貴方にも話しかけようとしていたから今日は先に変える事にしたの」
「年頃の女性は大変だね」
「貴方のせい、ではないけど少しだけ面倒ね。みんな悪意が無いから厄介だわ」
門番、子供たちに続いて孤児院の職員にまでからかわれた少女のメンタルは少しだけ傷ついていた
そんなこんな次に二人がやって来たのはレストランだった
「少し遅くなったけどお陰で混んでないと思うの、まだ営業時間だったはずだから」
「いらっしゃいませ。フィアナちゃんか、そっちの彼は、」
「ただの友人です、間違っても彼氏じゃないですから。そんな事よりあの席って空いてますか?」
「これは無粋だったね、すまない。それとお客さんも殆どいないから君のお気に入りの席なら空いてるよ」
「そうですか、それじゃあそこでお願いします。行くわよ」
「おっと、もう少し内装を見学したかったんだけどね」
そのまま速足で階段を上っていく少女とそれに追従する少年
その背中を見守る店主の視線もまた門番同様に優しいものだった
フィアナが選んだ席はレストランの二階テラス席
そこからはタニアの街並みが一望でき、疲れや悩みが吹っ飛びそうなほどだった
「ここからの景色、悪くないでしょ?」
「あぁ、まだ全てを回れた訳では無いがここは良い街だね」
「―――私、この町の人たちには沢山の恩があるの」
「そうか、それを返したくて頑張っているのかい?」
「それだけじゃないわ、生きる為っていうのもある・・・けどこの街の人を、景観を守りたいとは思ってる」
「立派な志だ、私の時代に居た王族に見せてやりたいくらいだ」
「貴方、王族ともあった事があるの?」
「これでも世界で一番の魔術師だったからな、様々な国から仕えないかと聞かれたものだ」
「その口ぶりだと仕えなかったのね、貴方の性格的に誰かの下で命令を聞く生活ができるとは思えないけれど」
「全くもってその通り、まぁ他国に対して抑止力となるから給金とは別に研究費を出してくれる国もあるにはあったが滅んだよ」
「どうして?まさか戦いには出ないで逃げたからとかじゃないでしょうね」
「私の求める研究費が払えずに財政破綻した」
「・・・は?」
「王族と交わした制約の内容は彼らは私に求めるだけの資金を提供する、その見返りに私は他国から戦争を吹っ掛けられた時に率先して戦う。けれど彼らは私の求めるだけの資金を提供できず最終的には制約の破棄を提案してきた、だが一度傾いた財政はどうにもならず隣国に吸収された」
「一万年前の国の財政事情は分からないけど一国の財政が傾くって一体幾ら要求したのよ」
「そうだね・・・この国の紙幣価値でざっと五十億ミアくらいかな?」
「馬鹿なの⁉」
「あの頃の私は若かったからね、遠慮というものを知らなかった」
「それ国によっては国家予算超えるわよ、金銭感覚どうなってんのよ」
「心配しなくても今は大丈夫さ、当分はこの世界を知るための情報収集がメインになるからね」
「今の私にそんなお金ないから絶対に止めて・・・やっぱりフェイと合わせるべきじゃないと思うんだけど」
「初めて聞く名前だね、私にも関係していそうだし聞いてもいいかい?」
「貴方の市民証を用意できる知り合い、おばあちゃんが行く前に話していた相手で私の幼馴染でもあるわね」
「君の口ぶりだとお金持ちのようだね」
「そうね・・・この話は終わり、何を頼むか早く決めて」
「仕方ない、それじゃあおススメを教えて欲しい」
「シーフードパスタ、後はここで使ってるスープは野菜は家で作ってるから口に合うと思う」
「それじゃあその二つにしよう」
「多分そろそろ聞きに来てくれると思う、って言ってたら来たみたい」
それから注文した料理が届き、二人はその味を堪能した
ティルスの話に疲れていたフィアナだったがからかわれたお詫びとして提供されたデザートを口にした事で全てがどうでもよくなるのだった
レストランを後にした二人はそこから色々な場所を巡った
その生活が日常となっていたフィアナにとっては何てことない物でも感動したり興味深そうに見るティルスの姿は言葉に出来ない喜びを与えてくる
そうしてタニアを満喫して時間は既に夕暮れ時、二人は街の中心にある展望台にやってきていた
「へぇ、あっちには海があるのか。この先は大きな建物が見えるがなんだ?」
「良く見えるわね、私にはあそこの広原までしか見えないのに」
「〈望遠〉の魔術だね、君にも掛けようか?」
「そう、ね・・・お願い」
今までであれば多少なり抵抗のあった魔術の付与も今日の一日で大分マシになったらしい
先ほどまで見えていた景色から一転して遥か遠方まで広がった視界に一瞬驚きながらもすぐに慣れその景色を楽しむ
「シルス海峡ね、あの海で取れた魚介が今日食べたパスタに使われているの。それと流石に見えないけれどその先に神聖国家アルザームがあるわ」
「神聖国家か、何れ行ってみたいね・・・」
「あの国は戒律がかなり厳しいからもし行くなら全て覚えていくことね、それとさっき貴方が言っていた大きな建物は空港よ」
「空港?」
「空を飛んで移動する飛行船って乗り物の発着場、乗るにはかなりお金がかかるから伯爵以上の貴族か急ぎの商談の予定がある商人が乗るくらいだけど」
「へぇ、人は遂にそこまできたのか」
「楽しそうね、確か家の書庫に航空機に関する本が幾つかあったはずだけど」
「それは朗報だね、帰ったら早速読みたい」
それからしばらくの間二人は他愛ない会話を繰り広げた
基本的にはティルスの指さした物をフィアナが説明する形だったが新たな知識を得たティルスは勿論愛する街の事を語るフィアナも頬を緩めてその時間を楽しんでいた
そうして太陽が完全に姿を消そうとしている中で少女は決心して言葉を紡ぐ
「ねぇ、ティルス」
「なんだい?」
「―――私に、魔術を教えて欲しいの」
既にお気付きでしょうがこの主人公は頭おかしいです
一ミア=百円くらいで考えてますが紙幣価値は余り気にしないでください()