第2話「魔王の城前店は永遠に……」
勇者が目の前のビジネスホテルに行ってしまったことを知って俺はさすがに落胆を隠せなかった。勇者様のために今日は一つも予約を取らなかったので客は誰一人もいなかった。俺は勇者様のために用意した料理や酒をやけになって飲み食いした。
「やはり勇者も人の子。ビジネスホテルがいいんだな。もうこの宿屋は畳もう。勇者が来ないなら意味がない」
「くそ。勇者がなんだ!」
俺は我を忘れて近くにあるものを次々に壁に投げつけた。疲れて正気に戻ると俺の周りは料理やら酒瓶の破片やらの残骸でいっぱいになっていた。こんなはずでは無かったのに。なんでこんなことになってしまったんだろうか。
「お父さん。何しているの。やけになって暴れても仕方がないでしょう」
「うるさい。お前は黙っていろ。お前に何が分かる。俺はな。小さい時から親父から勇者をもてなす教育を受けてきたんだ。俺の代になってやっと巡ってきたこのチャンスを活かしたかった。俺は息子に自慢してやりたかったんだよ。昔、勇者をもてなしてやったんだとな。なのに。来ないとかありえないだろ。なあ。母ちゃん。どうしてだ。なぜ、勇者は来ないんだ」
俺は日本酒「勇者」と「魔王」を握り締めながら悔し涙を流した。せっかく用意した「勇者」と「魔王」も無駄になってしまった。
「そうね。だからって暴れないで。落ち込むのはよく分かる。でも勇者様がどこに泊まるかは勇者様が決めるのよ。私たちは勇者様の要求に応えられなかったの。あなたにも責任があるはずよ。誰がどう考えたってきれいなビジネスホテルに泊まりたいわ。私だってそう。誰も好き好んでこんなきたない宿屋になんて泊まりたくない。あなたはいつだってそう。ビジネスホテルのせいにばっかりして全然努力しようとしなかった。口を開けばここは勇者様が泊まった由緒正しい宿屋だって。そればっかり。もううんざりだわ」
そう言う母ちゃんの目からは涙が溢れ出していた。
「おい。どうした。母ちゃん」
「私だって悔しいのよ。勇者様が泊まってくれなくて……。暴れだしたいのはあなただけじゃないのよ」
「悪かった。母ちゃん。俺はとんだ大馬鹿野郎だ」
俺は母ちゃんを抱きしめた。俺はいつでも自分のことだけで母ちゃんの気持ちなど考えて来なかったのだと今、気が付いた。
「ごめんね。言い過ぎたわ。お父さん。次の世代に託しましょう。私たちの代では駄目だったけどもきっと私たちの息子たちが次こそはやり遂げてくれるわ。そのために明日から頑張りましょう」
「ああ。そうだな。何かやる気が出てきた。母ちゃんありがとう。よし! 明日から頑張るか」
俺はその日は母ちゃんと仲良く片づけをして寝た。
それから二日後。
「すいませーん。勇者ですけどもー。泊めてくれませんかー」
「何だ。勇者はもうお断りだぞ。は! 勇者様」
夕方。声が聞こえたので宿屋の受付に行くと勇者御一行がいた。勇者御一行は魔王討伐の後のようで全身ぼろぼろだった。それだけ魔王との戦いが熾烈であったのだと物語っていた。魔王が倒した帰りに勇者様が我が宿屋に寄ってくださったのだ。俺は思わずその場で男泣きをしてしまった。
俺は勇者御一行を我が宿屋のスイートルームに通して夜はささやかな夕食を用意した。急遽だったが日本酒「勇者」と「魔王」も間に合い、念願の勇者との酒の酌み交わしも実現できた。勇者は魔王を倒したとは思えないほどに気さくで謙虚な人で俺はすぐに好きになってしまった。
「勇者様、次に来る時は近代的なビルにしますので次はぜひ魔王を倒す前にもお泊りください」
「はっははは。そうだな。ではこれをやろう。魔王からうばった財宝だ。これで立て直してくれ。持って帰るにはちと重過ぎて困っていたのだよ。丁度いい。親父。お前にやろう」
「勇者様。ありがたき幸せ。この親父。勇者さまが泊まっても恥ずかしくない宿屋を建てて見せます。このご恩は一生忘れません」
勇者御一行は次の日大変満足して帰っていった。俺は記念に母ちゃんと一緒に勇者御一行と写真を撮ってもらった。
その後、勇者様のおかげで世界は平和になった。俺は勇者からもらった財宝でホテルを建て直し、今、俺は世界中にホテルを建て、ホテル王となった。これで勇者様をどこでも、もてなすことができる。俺はもう年だが今は息子たちが頑張ってくれている。魔王はまだ復活していないがこれで次の勇者様もおもてなしができるだろう。職員にはいつでも勇者様が来てもいいように勇者もてなしマニュアルを徹底させて身につけさせてある。
今も魔王の城前店のロビーには初心を忘れないように勇者様の写真などが飾ってある。その中には勇者と肩を組んでうれしそうないい笑顔の親父の写真がある。




