第1話「勇者来る」
魔王の城の前に知る人ぞ知る宿屋がある。この宿屋は昔から勇者をもてなしている宿屋で受付の前には歴代の勇者と写ったご先祖様の写真や絵。勇者からもらった剣や薬草などが飾ってある。
「勇者! いつでも来い!」
今年は記念すべき年だ。俺の親父もそのまた親父も勇者をもてなしてきた。近年はビジネスホテルの台頭で宿屋にも殆ど客が来なくなっていたが次なる勇者をもてなすために何とか切り盛りしていた。俺の親父は魔王が復活してこなかったので志半ばで死んでしまった。あの親父の無念な顔は忘れられない。
しかし、俺の代になって魔王が復活し、勇者が現れた。俺は金庫にしまってある勇者もてなしマニュアルを入念にチェックして勇者をもてなす準備を万全に整えていた。
「勇者が来たら俺はサインしてもらうからな。ついに俺の念願の夢が実現するのか」
「お父さん。そんなに気張らなくても」
「これが気張らずにいられるか。勇者がもうそこまで来ているんだぞ」
情報では勇者は隣町まで来ているらしい。たぶん明日にでもこちらに到着するだろう。今日は色々とご馳走の買出しなので忙しかった。しかし、俺のわくわくは止まらない。なにせ小さな時から勇者の話をされて育ってきたのだ。その勇者がそこまで来ているのだ。じっとしていられる訳が無い。俺は今日、常にそわそわして手が空けばすぐに二階に上がって勇者が来ていないかチェックしていた。
夜になっても、もしかしたら夜中に勇者が来るかも知れないので寝ないで待っていようと酒を飲んで待っていたのだがいつの間にか眠ってしまっていた。
「お。お父さん。た。大変。大変よ。起きて。ねえ」
「む。なんだ。うるせえな」
俺は寝ていたらしく母さんに揺すぶられて起きた。何だかひどく慌てているようだ。
「なんだ。どうした。まるで勇者が来たような慌てぶりじゃないか」
「それが来たのよ! 勇者が!」
「なんだって!」
俺は一気に跳ね起きて外に出た。そこで俺はあるものを見て愕然とした。
「どういうことだ……。これは」
勇者の馬車が前のビジネスホテルに止まっているのだ。これはつまり勇者は俺の宿屋では無く、前のビジネスホテルに泊まっているということだ。
「な。なんていうことだ……」
俺はあまりのショックで頭の中が真っ白になってしまった。




