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一章③

二十二時。

また、夜幡は件の雑居ビルの前にいた。

稲荷屋がある五階だけ煌々と灯りがついている。つまり、入口の電気は完全に消灯されている。

入るのに勇気がいるな。そんなことを夜幡は考える。

酔っ払いが何人か彼の後ろを通り過ぎる。

「おーい、早く入ってきなよ!」

そんな声が上から聞こえてくる。

見上げると白威が窓から身を乗り出している。

彼女の声も後押しして、雑居ビルの扉に手をかけ——

「あのー、扉閉まってますー!」

夜幡は天に叫んだ。



「いやはや、申し訳ない」

白威は扉を内側から開くなり、恥ずかしそうに笑う。

照れる白威に夜幡は続いて、エレベーターに乗る。

「実はこのビルのオーナーは私でね。普段マスターキーで出入りしてるからオートロックがかかるのを忘れていたよ」

彼女なりに結構な失態だったのか、言い訳がましい台詞が次々と口から飛び出す。

曖昧な笑顔を浮かべて話を聞いていると、五階に着く。

「さあ、入りたまえ。準備は済ませている」

稲荷屋の扉を開ける。

今朝方と同じ店。のはずである。

しかしその店内は明らかに、ビルの外観から想像できるより遥かに広い。

驚いている夜幡に、白威は言う。

「ここは君みたいな厄介ごとを持ち込む人専用の部屋だ。私の意思で扉の行き先を変更できるように設定してある」

「すごいですね、魔術でここまでできるんですか」

「珍しいものではないよ。例えば自社ビルを持つような大企業の役員室や社長室はこの部屋と同じようにある特定の鍵や人物でないと繋がらないようにしてあったりするんだ」

そんなものがあるのか、と。夜幡は感心する。

部屋を見渡す。

おそらくはバスケットコートくらいの大きさの部屋である。

床には幾何学模様で描かれた魔法陣。四方の壁それぞれに時計と札が貼られている。

いかにも、儀式を行いそうな部屋である。

いよいよ何かが行われる。漠然とした、しかし強い緊張感が夜幡の身体を覆った。そんな緊張感に耐えきれず。白威に尋ねる。

「それで、僕はここで何をすれば良いのでしょうか」

「君が何かをすることはない。私と一緒に魔法陣の中央に居座るだけだ」

「はあ、それだけで良いのですか」

「基本は、ね」

そう言いながら白威は部屋の中へと進んでいく。夜幡も続く。

三重の円と、衛星のように円の周りに描かれるいくつかの三角形。図形の縁には漢字がびっしりと描かれている。

見たところ、かなり古いタイプの魔法陣だ。

魔術を学ぶ夜幡は、自身に迫る危機から目を背けて足元のオモチャに興味を向けていた。だから、白威が立ち止まったことに気付くのが数瞬遅れた。

三重の円の中心である。

「君はここにいてくれれば良いのだが、いくつか守ってほしいことがある」

白威は振り返り、三本指を立てた。

「一つは、私が合図したら何があっても声を出さないこと。もう一つは、何があってもこの円から出ないこと。分かったかい?」

「はい、分かりました」

指は二本立てるのが正解だったのでは。とか野暮なツッコミは頭の中だけで行う。

彼女の言葉から、夜幡はなんとなくこの魔法陣の意味を汲み取れた。

三重の円はそれぞれ別の魔術を発動する。

一つは夜幡にかけられた魔術を逆探知する魔術。

一つは円の中の存在を悟らせないようにする魔術。

一つは円の中の存在を守るための魔術。

加えて中に白威が入ることで、万全の防御体制というわけである。

これであれば、それこそ魔術をかけた者の正体こそ分からずとも死にはしないだろう。

魔法陣は魔術師の資質が出ると言う。

そんな教師の言葉を思い出して夜幡は息を吐く。

自分はここまでの魔法陣を半日で考案し作成できるだろうか。

そんなことをぼんやりと考える。

「では、ここに座ってくれ」

白威に促されて、夜幡は座る。ちょうど円の中心である。

硬い床の感触。

隣に白威が座る。

よく見ると、彼女の手や服にはこの魔法陣と同じ色のインクが付いている。

無言。

しん、と。部屋に音が鳴っているようであった。

気まずい。

耐えきれず、白威に問うた。

「あの、何かしないんですか?」

「とりあえずは待つだけだね」

「それでいいんですか?」

「いいんだよ。これは君にかけられた魔術の大元を判別するための作業だからね」

大きく伸びをしながら白威は話す。

「夢、つまり寝ている時に魔術を撃たれるのは確かに恐怖だが、裏を返せば『寝ている時にしか干渉ができない』、つまり『君より弱い』ということになる。そんな状況の奴が、私という盾に隠れている君を襲うと思うかな」

「それは……考えられないですけど、それなら魔法陣とか用意する意味はありますか?」

「世の中には何かをキッカケに自動で発動する魔術というものがある。それは時刻であったり、温度であったり、それこそ入眠であったり。そういうタイプなら術者の意思とは別に君を襲うだろう」

「ああ、なるほど」

納得したような、していないような。

モヤモヤしながら夜幡は彼女の言う通りただ待った。

一緒に待ってもらっていることと、先ほどの話から勝手に寝るのも忍びない。

カチリ、カチリ。時計が一分を刻む音だけが彼の耳に入る。

もしかして、術者が逃げてしまったかも。

そんなことを言おうとした夜幡の口を白威の手が覆った。

声を出すな。という合図。

見渡してみる。壁の一方に貼られた札が黒ずみ腐り落ちていく。連鎖するように他の札も腐り落ちる。

刹那。

轟音と顫動。

何かが部屋の壁に激突したような、そんな感じ。

夜幡の人生で1番長い夜が幕を開けた。



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