一章②
一通り話を聞いた白威は、天を仰いだ。
「なるほど。実に不思議な夢だと思う。そして、君に聞きたいことがある」
言葉を選ぶように、彼女は話す。
「一応聞くが、考えすぎということはないのかね?」
そう言われた夜幡はズボンの裾を捲り白威に見せた。
日に当たらず白い右足、足首のあたりには赤黒い、何かが巻き付いたような痣があった。足を掴む彼の腕、服の袖から覗く肌もよく見れば痣がある。
ふう、と。白威のため息一つ。
夢。それは人がほぼ唯一無意識となる時に起こる現象である。無意識ということはつまり、肉体的にも魔術的にも無防備ということである。
「その痣の元になった魔術が夢を見せたのか、あるいは夢の内容が現実の君の体を蝕んだのか分からないが一つ言えることがある。この魔術を使用した奴は君のことを殺そうとしているね」
白威の強い言葉に夜幡は顔を強張らせる。
「君、どこかで恨みを買ったりしていないかい?」
「いや、そんなことはないと思います……学校でもそんなに目立っていないですし、友達もこんな回りくどいことをするような奴らじゃないですから。多分ですが……」
「まあまだ学生だしねぇ……」
しばし思案。沈黙の後、白威が思い出したように口を開く。
「そういえば、以前こんな依頼を受けたことがある。『夢で襲われていて、その度に女性に助けてもらう。この女性にお礼がしたいから探して欲しい』と言われてね。いざ探すとすぐに見つかったんだよ。その女性、彼のストーカーだったんだ。夢に干渉して顔を覚えて貰えば振り向いてくれるかもしれないと女性は言っていた。要は自作自演だね」
うわあ、と思わず悲鳴を漏らす夜幡。
「でも、僕にそんな魅力があるとは……」
「うーん……可能性で言えばある顔とは思うが」
「そうですかね?」
白威に言われて少しだけ自己肯定感が上がる。が、一瞬で覚める。仮にそうだとして、平気で傷をつけてくる女性がマトモとは思えない。
「——それで、君はこの夢を私に伝えてどうしたいのかな?」
本題に戻って、白威は夜幡に問うた。
少し考えて、夜幡は答える。
「まずは、危険を排除したいです。このままだと死にそうな気がするので」
それと、と夜幡は付け加える。
「兎の女性も気になります。もし、本当にずっと助けてくれていたのならお礼を言いたくて」
「君、私がさっき話したこと忘れていないか?」
「もし助けてくれていたならの話ですよ。ストーカーなら警察に突き出しますから」
夜幡は呆れる白威に必死に弁明する。
白威はため息をもう一つ吐き、机を指さす。
「よし、ではこの契約書にサインを」
彼女の指の先を追うと、いつの間にか一枚の紙とペンが用意されていた。これも魔術だろうか。
「ちゃんと読んでね。あとから何か言われたくないから」
驚く夜幡に白威は声を掛ける。
金額は後払い、時間制での料金発生、白威が怪我した場合の費用は別途請求……と、つい金額のところに目が引っ張られつつも、夜幡は読み終え、サインをする。
「よし、契約成立だね。じゃあ夜の十時にここに来てくれ」
「はい、分かりました」
そんな感じで。この物語は動き出した。