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1章-①

「君、運が良かったね」

ビルの5階、稲荷屋に着くなり女性はそう呟いた。

なすがまま、彼女に着いていった夜幡は適当な愛想笑いを返す。

「つい昨日、一つ依頼が終わってね。今日は丁度暇だったんだよ。この会社は私しかいないから」

「そうなんですか」

適当な返しをしながら、室内に目をやる。

木製のテーブルに革張りのソファ。壁には振り子時計と金属製のラックがある。何の特徴もない応接室である。一人しか居ないと言われても納得するこぢんまりとした部屋である

「とりあえず座るといい」

そう言われて、2人掛けの方に腰を掛ける。

女性はテーブルの上にコーヒーを置くと、対面に座る。

「紹介が遅れたね。私の名前は白威だ。以後よろしく」

そう言いながら、名刺を机の上に差し出した。

「夜幡と言います。よろしくお願いします」

こういうのは何かマナーがあったよな。と思いながら、夜幡も受け取る。懐に仕舞おうとして、思い出したかのように机の上に置いた。

「いやはや、君のような若い人が来るのは珍しいね。見たところ学生さんかな?」

「そうです」

「やはりそうか。一応この店って学割あるけど、学生証とか持ってる?」

「え、学割あるんですか?」

若干の驚きを見せ、ポケットを漁る。身分証を提示するよう求められた時のために持ってきていたはずである。

「これ、学生証です」

そう言いながら、白威にカードを渡す。

受け取った彼女も、驚く。

「君、魔学の生徒なのか」

「ええまあ。まだ高等科ですが」

魔学。正式名称は魔術技術学園である。ここから電車で2駅の場所にある学園。初等科、中等科、高等科、学士課程とある、所謂一貫校であった。一応この国では数本の指に入るような教育機関である。

「なるほどね。君のような若者がウチに来た理由が分かったよ。学内のチラシを見てきてくれたのか」

嬉しそうに笑う白威に夜幡は頷く。学校に掲示されているのであれば詐欺ではないと思ったから。そんなことを思ったが、口には出さなかった。

「いやあ、しかし魔学ねえ。実は私も卒業生だし、教鞭を振るったこともある。まあ、どちらも遠い昔の話だけどね。そのツテで置かせてもらっているんだ。灰口先生は元気かね?」

「灰口先生ですか、お元気ですよ。科学魔術論の講義でお世話になってます」

「そうか、それは良かった。灰口は私の教え子でね。とても優秀な男だった」

彼女は過去を懐かしむように目を細める。灰口先生は八百歳を超える老人のエルフであったはずだが、一体目の前の女性は幾つなのであろうか。これも口には出さず、夜幡の心の中にしまっておいた。

「それで——」

強引に、白威は話を戻す。

「今日はどんな要件だね?」

いつの間にか緊張がほぐれていた夜幡の顔が、少しだけ引き締まる。一瞬躊躇って、口を開き始める。

「実は——変な夢を見ておりまして。子供の頃から、今の今まで。その夢について、調べてほしいのです」

ぽつり、ぽつり。夜幡は語り出す。



宵闇。

山の中。

木々の隙間からは月に照らされた海が見える。

それだけの情報だが、なんとなく、島のどこかにいることを夜幡は分かっていた。だからこそ夢だと思うし、後ろからとてつもなく怖い何かがあることを理解していた。

道ではない土塊の斜面を下る。

目指す場所は分からない。とにかく後ろから迫る何かから逃げる。

疲れはない。夢の中だからか、はたまた極度の恐怖からか。

振り向かない。極度の恐怖からか、はたまた振り向いてはいけないことを知っているからか。

獣臭。色々な生物が混ざったような呻き声。

右足に感触。掴まれた。勢いあまり、転ける。

続いて左足。背中、右腕、左手首、そして——

「——立ち去れ」

凛とした、鈴のような透き通った声。

押さえつけられた身体を無理やり動かして、前を見る。

女性がいる。巫女装束に兎耳。その身体は僅かに輝き、そして透けている。

幽霊。だが、怖くはない。

女性は人差し指を口元に寄せると、ボソボソと何かを呟く。おそらくは呪文である。

少しずつ、夜幡を掴む何かの力が弱くなっていく。

力づくで振り解き、這うように彼女の元に近づく。

「——私が良いと言うまで振り返るなよ」

そんなことを言われる。言われなくても分かっているが、頷く。

しばし呪文を唱える女性。ガサガサと何かがのたうち回る音が段々と弱くなり、そして消えた。

ふう、と息つく女性。

「もう起きていいぞ」

言われてどうにか起き上がる夜幡。腰は抜けかけ。手足は震えていた。倒れた際に出来た傷が痛み始める。

「あ、ありがとうございます」

夜幡は頭を下げ、間を置いて頭を上げる。

見たことがあるような顔であった。何処で。思考を巡らせて、思い出した。

「あの、い、いつも、助けて、もらって——」

手足の震えが顔まで伝播し、上手く喋れない。が、言いたいことは言えた。

いつも、助けてもらって。そうであったか。無意識に発した言葉から彼の記憶も徐々に鮮明になる。

ここは夢の中だ。そして毎日、同じ夢を見ているはずである。

辺りを見渡すと、やはり見覚えのある風景であった。生える草木の種類も、向こうに見える朽ち果てた家屋も。そして、兎の女の顔も。

「あの、僕いつも、あなたに助けてもらってますよね?」

震えはだいぶマシになり、詰まることなく話せた。

彼の言葉に、兎の女は驚いたような表情を浮かべた。そして、寂しそうに笑う。

「ああ、そうだ。いつも助けていた。さっさと起きるのだが——」

何かを言いかけて、止まる。

「いや、これは夢の話だ。夜幡は夢から覚めて、普通の生活を送れ」

女は夜幡に背を向け、歩き出す。その姿は闇夜の空気に溶けるように、徐々に薄くなっていく。

「玉兎さん、何か隠していませんか?」

彼女を止めるために咄嗟に発した言葉。そうだ、彼女の名前は玉兎だ。


そうして、彼の夢は覚めた。




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