プロローグ
とある晩秋、平日の朝。
首都の端の端。
繁華街。
鳥の囀り。
道端には白と黄色のゴミ袋、割れた看板。
白い息を吐きながら歩く男が1人。
名を夜幡という。
ダウンに黒いパンツを着ているが、学生である。
彼が向かう先は学校ではない。
あてもなく散歩をしているわけでもない。
冷えたアスファルトの上に眠る男。彼の目に映る。
夜幡の倍はあるであろう体躯。赤みがかった肌。二本の角。鬼。
——鬼やハーピィといった、あらゆる人種の中間から来ているので『人間』という成り立ちなのです。
ふと、この前受けた講義を思い出したのは、目の前の男が鬼だったからか。
容姿はともかく。腕力も、知力も、そして魔力も、確かに中間といえば中間である。
そしてそれは、突出したものがないという意味でもある。
凡庸な人。いや、顔はそこそこいいと思うが、しかし自惚れている気もするし、やはりそこそこだし。
ううむ。
そんなことを考えながら歩く。
彼の足が、とあるビルの前で止まった。
コートのポケットから紙を取り出す。
ピンクの藁半紙にでかでかと書かれている『あなたのお悩み解決します!』の文字。その右下に、店の名前と住所が書かれている。
住所は合っている。ただビルには看板が掲げられていない。窓もカーテンが閉められている。フロアの銘板もない。
誰が見ても怪しい。が、逆説的にここまで追い詰められているのが、彼の現状である。
入るかどうか決めあぐねていると。
——おや、そのチラシは。
そんな声が聞こえた気がして、振り返る。
女性である。
白く長い髪の頭頂には狐耳。尻尾は無い。
彼はもう一度、チラシに目を落とす。
店の名前は、確か——
「私の店に、何か用かね」
問われた彼は首を縦に振り、納得する。
なるほど、だから「稲荷屋」なのか。