取り敢えず殴ってみる錬金術師
ダンジョン。それは世界中に突如として現れた大空洞を指す言葉である。
その内部は極めて広大かつ、強力な未知の生物…モンスターが潜む危険な空間であった。
だが人類に恩恵が無かったといえば嘘になる。
人類に齎された恩恵。それはダンジョンが現れたと同時に発言した特殊なシステム、《ジョブ》と呼ばれるものの存在である。
例えば《剣士》の《ジョブ》を持つ人間は、類稀な剣技を体得する。
例えば《魔法使い》の《ジョブ》を持つ人間は、“魔力”と呼ばれるものを糧として“魔法”を具現化させることが出来る。
それら《ジョブ》の存在があったからこそ、人類は未知の世界であるダンジョンに対抗する事が可能になった。
そしてダンジョンがこの世界に現れてから数年後。すっかりダンジョンはこの世界に溶け込んでいた。
ダンジョンから現れるモンスターから得られる素材。それらは未知の物質であり、そして強力な武具を作る材料となった。
素材を売って稼ぐ者、その素材で作った物を売って稼ぐ者などといった具合に、ダンジョンは一つの職場になった。
───そんな中。《ジョブ》として《錬金術師》を授かった七條綺羅々は悩んでいた。
《錬金術師》は通称“マジックアイテム”と呼ばれる特殊な道具を作ることが出来る職人である。そして作成出来るということは、修理も出来るという事で。
綺羅々の前には、修理依頼されたマジックアイテム、“時空鞄”があった。
時空鞄とはその小さな見た目とは裏腹に大量の物を仕舞う事が出来るものだ。
だがそんな道具だからこそ繊細でもあり、修理依頼は珍しいものでは無かった。
「…どうやって直そう」
……綺羅々は《錬金術師》として活動はしているものの、本分は学生だ。故に時空鞄等のマジックアイテムはあまり修理した事が無かったりする。
「…うん。取り敢えず殴ってみよう!」
一体いつの時代のブラウン管を連想しているのかは分からないが、そんなもので直る筈が「直ったー!」……まぁ何事にも例外はあるのである。
「ふぃー、お得意様からの依頼だったから何とかなってよかったー」
綺羅々は個人的にウェブサイトを運営しており、今回の修理依頼はそこの常連客からのものであった。
当然経験がない為壊れる可能性もあると通告はしたのだが、壊しても良いとの事だったので致し方無く受けた依頼だったが、無論壊れないに越したことはないのである。
早速スマホからメッセージアプリを開き、お得意様へと連絡を取る綺羅々であった。
◆ ◆ ◆
「リーダー。あの呪われた時空鞄はどうしたんです?」
ギルド【蒼銀の羽】のギルドマスターである長月美海は、ギルドメンバーからの質問に苦笑を浮かべながら返答した。
「キララちゃんに預けた」
「…マジっすか」
「だってぇ…あの子ならなんか面白いことになりそうだし?」
以前より交流のある《錬金術師》、キララ。彼女が作るマジックアイテムはどれも癖が強い物ばかりだが、だからこそ何が出て来るのか分からず面白いとも美海は思っていた。
そんな時。美海のスマホがピロンッとメッセージを着信したことを知らせる。
それを聞いてメッセージアプリを開いて文章に目を通し……固まった。
その姿を不審に思ったギルドメンバーが心配そうに問い掛ける。
「何かあったんですか?」
「……あぁうん。あったと言えばあった」
その煮え切らない返答に首を傾げるギルドメンバー。
「…あの時空鞄、直った、だって」
「……はい?」
あの、とは呪われた時空鞄の事だろうかと考えを巡らせ少し。その言葉の意味を漸く理解したギルドメンバーが「えぇぇぇ!?」と驚愕の声を上げた。
「直っ…呪いを…?」
「うん。キララちゃん曰く、『殴ったら直った』らしいよ」
何処の昭和人間か。ギルドメンバーは思わずその言葉が脳裏を過ぎった。
「転送するって…あ、きた」
マジックアイテムである“転送箱”が、何かが送られてきたとランプを点滅させて知らせる。
その蓋を開ければ、その中には確かに時空鞄が納められていた。
「………」
時空鞄を恐る恐る取り出して、中に手を突っ込んだ。そのギルドマスターらしからぬ躊躇の無さにギルドメンバーが一瞬驚いたが、直ぐにそれは別の驚きに書き換えられる。
“入っている”のだ。手が、鞄の中に。
元は呪われた時空鞄であり、その中に手を入れる事がそもそも出来なかった。それがどうだ。一切の制限なく手が出入り出来るではないか。
「…やばぁ」
呪われたマジックアイテムは数多く存在するが、そのどれもが解呪出来ていない。理由は単純。それだけの労力を掛ける価値が無いからだ。
というのも、呪いは力に絡み付いている。つまりそれを解呪すれば、そのマジックアイテムの力は著しく低下してしまう可能性があるのだ。それならば呪われていないマジックアイテムを探した方が良い。それが“常識”だ。
だが今美海の手の中にある時空鞄は一切機能を失っていない。呪い“だけ”が、ピンポイントで破壊されているのだ。
「───流石【豪腕の錬金術師】」
続かない。
南無〜