嘆きの剣
咳き込みしながら、霧散しそうな頭を回転させる。
俺を襲ったあの男は、恐らくこの国の最高戦力の一人、特別処刑人デズト・キルアライト。
「仕事で、いないんじゃなかったのかよ」
そして、どうしてか秘密の部屋がバレている。理由は…考えるだけ無駄だ。今は彼があの部屋にいるということを把握していればいい。
これが、軍務卿が残した置き土産。
あれほどの実力者、普通ならば戦うことは避けるべきだ。
だがしかし、俺には避けられぬ理由が二つある。
一つ目、それは今回の作戦の要であるキャプラの家族が監獄内で保護されており、処刑される可能性があるからだ。
彼らを失えば彼女に動揺が生まれるどころの話じゃない。精神が崩れる可性性もある。彼女のモチベーションの一つは彼女の家族だ。もし失えば交渉にどんな影響が出るか分からない。
二つ目として仲間への被害だ。負傷しているウリエルとマイケルでは彼に勝つことは不可能。そしてマイケルはこの部屋の近くにいるらしい。
ゆっくりしている時間もない。俺は過去や未来に移動することは出来ない。できるのは同じ時間の他の世界、他の空間のみだ。彼も内務卿によって従わざるを得ない状況に陥っている可能性が高い。交渉は不可。今は一分一秒が損失に繋がる。
「よし、気張るぞ…!」
チックタックロットの形状を剣型へと変更する。
場所は室内。長物ではなく取り回しやすく耐久性が担保された形状が欲しい。
そして、ライトニング・ウリエルはまだ使用しない。
俺にはこの炎を使いこなすことは出来ない。戦いの中でできることは、『燃焼条件の変更』を一回だけ行うことのみだろう。
後は剣術と移動の力であの男を倒す。
俺の世界に引き込めば勝率は上がるだろうが、あの瞬発力を捉えることは至難。そこに意識を割きすぎるとこちらが切り刻まれるのだろうから、この案を中心に戦うことは下策だ。
拠点に繋がる穴をすぐに開けてそこに飛び込む。
先ずは、拠点で待っている彼の目の前に穴を開けた。
すかさずそれに攻撃するデズト。
その背後に俺は現れ剣を振るう。
身の丈以上の巨大な剣の一振りが空を切る。
しかし、彼は空振りの勢いのまま、彼の背後を切り裂いた。
驚きはしたものの、想定していた動きだ。
その剣を俺の剣で受けとめて、壁まで一直線に吹き飛ばされる。壁に穴を出現させて、次は彼の目の前に出現する。彼がコマのように回転して繰り出す斬撃はかがんでよけ、彼を切りつけたがバク転で後ろに飛ばれて回避された。
『デズトと戦闘を開始する』
連絡用の器具にそう言い残して切っ先を向ける。
「え、デズトさんのこと?」
サイコルに結界について聞いた時のことを思い出す。
「この作戦には参戦しないんだろうが、一応聞きたくてな」
「そうだね。彼は───」
魔力が生成できない体なのだそうだ。
しかし、その天賦の肉体を極限にまで鍛えることで、この国の最高戦力の一つとして数えられるようになった。この世界の住人は、体が丈夫にできている。その中でも選りすぐりの肉体を持っているだろう。
ただ、彼は魔力を生成することは出来ないが、たった一つだけ、魔法を行使することができる。
「───刃をこの手に」
大げさな詠唱は要らない。
ただ、手首にある腕輪に声を届ければいい。
それは彼の叔父が、両親にさえ捨てられた彼へと託した魔術道具。
ソレの内包する魔力が、その力続く限りその腕輪を中心として世界を作り続ける。
その名も創造結界 『嘆きの首塚』
彼の後ろには5メートル程の甲冑が現れた。
ただ通常の甲冑とは違う点がただ一つ。
兜がない。
その代わりに大きな眼球が添えられ、その視線は俺を向いている。
「そういえば、どうやってきたんだ?デズト」
「連絡を受け、走って来た。それだけだ。殺す」
「それは俺の首に、刃を当ててから言え」
彼の脅しに答えた途端、俺の体は縄に拘束される。
結界の端に出現した木製の四角柱から俺の四肢に縄が巻きつけられている。
そして俺の頭上には巨大な刃が現れた。
それが振り下ろされる前に、俺自身を転送して拘束から脱出する。
元の世界に戻る際には、ブラフの穴を数個撒いてから帰還して斬りかかる。
次は大きな四角柱の木の棒が俺を押さえつけるように伸びてきたので、それ自体を穴に通して回避する。
どこか拘束されれば別の世界に逃げる、もしくは拘束された部分だけを穴を通すことで抜け出して攻撃を仕掛ける。
俺は挑戦者として、拘束を脱出しながら攻め続ける。
「針の棺」
目の前に内側に針がびっしり詰まった、開かれた棺が現れ、彼は野球のバッターのような動作で打ってこちらに飛ばしてきた。
「!?」
柄の伸ばした部分を分裂させて棺の中へ投擲。
内部で蜘蛛の巣のように変形させて閉じさせず、棺をデズトの方向へ蹴り飛ばす。
彼の視界がつぶれている内に別世界へ移動。
移動しながら柄から6つのナイフを生成。
俺の世界に足を着けた瞬間にそれら全てを別々の、3つの穴に投擲し、俺自身は足元の穴で元の世界に戻る。これで、全方位4方向からの攻撃が実現する。
彼はこれを先ほどのような回転斬りで対処した。
(さっき、速度は見切った!)
そこに俺が、どのように振っても間に合わない場所から飛び出して斬りかかる。
しかし、ここで倒れてしまえば最高戦力など名乗れない。
デズトはその手に持つ大剣を手放し、後退。
すかさず追撃する俺に対して、俺のナイフ2本を拾って応戦。
俺は彼の速度を見切ったうえで剣を振るう。
ナイフと剣の剣戟による金属音が部屋に響く。
幾度も躱し切りつけ合い互いに無傷の拮抗状態であると判断した俺は、仕込んでいた策を発動する。
「!」
彼の握るナイフが変形して両方の手の甲を貫いた。
が、そのまま拳は俺の心臓目掛けて降ろされた。
(止まらないのか!)
動きが止まることを読んで行動していた俺は彼の攻撃をモロに受けてしまった。
血を吹きながら吹き飛び、壁に衝突した。
既に、飛ばされながら穴を開ける余裕がない。最初と今回の攻撃でそれほどにダメージを負ってしまった。彼は確実に急所を狙ってくる。
だが────
(奴の腕は負傷させた。大剣はにぎれるだろうが、攻撃速度、握力は低下しているはずだ)
彼の腰から蛇のように包帯が伸びて、彼の幹部を包んでいる。
対して俺は様子を伺いつつ息を整え、左手には穴を出現させて構える。
「時間がかかりそうだな」
俺は包帯を巻き終えた彼に呼びかける。
「安心しろ。もうすぐ終わる。『首をかけるぞ』」
そう唱えると、この結界にある甲冑の眼球から俺と彼に向ってスポットライトのような赤い光線が照射される。それを浴びると互いの首にくるりと一本の痣ができた。
この光線はこの世界に居続ける限り照射されるものだ。
その効果は二つ。一つは『魔法の行使禁止』。これは大した影響はない。俺は魔法を使わない。
問題はもう一つの効果である『潜在能力の解放』だ。サイコル曰く、この光線を浴びた者は、肉体のリミッターが解放される。ここの人類も地球人類と同じように肉体が壊れることを恐れて無意識に体の機能を制限している。それが強制的に解放されて肉体の操作がおぼつかなくなるそうだが。
この男は、その鍛え上げた肉体によってソレを制御している。
「なんだ。あんまり影響ないのか」
「親のおかげでね。多少は問題ない」
俺自身に異常はない。小さい頃からそういったシミュレーションを行ってきた。
問題は彼だ。
彼が目の前から消えている。
勘で背後に左手の穴を放り投げて拡大。
そして俺自身は前方に剣を構える。
何とかギリギリ剣で防御するも大きく後ろへよろめいてしまったで、そのまま背後の穴に入る。
(やはり強化幅が異次元だ。普通の人間が制限を解放してもあれ程にはならない。パワーは言わずもがな、動き出しの速度は竜神を超えている!)
俺の勝ち筋はアレしかない。『ライトニング・ウリエル』を使用する。
目標は彼の腕輪、もしくは甲冑の目だ。
これ以上の切り札はないはずだ。ここで状況をひっくり返す。
俺の世界に引きずり込む案はナシだ。対象の座標を指定する必要がるこの技は、俺の空間認識能力よりも速く動く彼にはほぼ通用しない。
「烟倶利伽羅 灰太刀」
武器の形状を刀に変えて、その刀身は白く染める。
「行ってきます」
そう言い残して、元の世界に繋がる穴へと飛び込んだ。
デズトの周囲に5個の穴が開く。
その穴たちからは体を出さず、すぐに甲冑に乗っている眼球のすぐそばに現れてその刀を振り下ろした。
異次元の身体能力を持つ男は、この俺のブラフと目的を一瞬で看破する。
穴の間を縫い、跳躍して首元へと大剣を滑らせる。それを刀で受け止めると有り余るパワーによって地面へ吹き飛ばされた。
両足で着地をして神速の迫撃に対応する。
彼の神速の剣裁き、それら全ては首、心臓、各部の腱などの、傷つければ確実なダメージと後遺症を与える部位を狙っている。
さらに、攻撃を全て裁いた上で眼球の周辺には常に穴を展開することで意識を削いでいく。互いの全てを出し切る壮絶な戦闘の刹那。
俺の対応が少し遅れた。
達人同士の勝負は一瞬で決まる。
その法則はこの二人にも適応される。
俺がよろめくと、処刑人はその場で踏み切り、心臓へと大剣を走らせる。
刀を使って軌道をずらし、右肩をかすめさせる。そして奴の右腕の腕輪に刃を当て、右腕の筋肉を削いだ。
互いに大怪我を負いながら、デズトは勢いのまま俺の背後に移動することで、背中合わせのような状況となる。俺の右肩が腱と共にいかれたが、彼の右腕もこの戦いでは機能しないだろう。
すぐに右手の刀を手放し左手に移動。
───振り返って叩き切る。
振り向きデズトを視界に入れた瞬間、「間違えた」と脳裏によぎる。
俺の右膝には、彼のズボンの裾から発射された小さな刃物が刺さっている。
これでは力が入らない。
そしてそのまま、獲物を手放した彼の拳が顎に直撃した。
脳が揺れている間に、強烈な左の拳が鳩尾を突く。
背後の壁までめり込んでから俺は何が起きたのかを理解した。
背後と正面の痛みがより鮮明に死をイメージさせる。
俺は殺される。
そんな予感と共に、ゆっくりと、力なく地へ落ちた。
口からは滝のような血を吐き出て、体は思うように力が入らない。
(どうする?どうすればいい!?)
まずい。なんとかし、しなければ。
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思考が、まと、まら、ない。
あたまが、あ。
だれか、きてる。
にげ、なきゃ。なん、とかし、なきゃ。
まだ、やる、ことが。
動かな────────────
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