革命決行
俺たちは監獄の隠し部屋にて作戦開始前の最終打ち合わせを終え、室内で自由にリラックスをしていた。この部屋は地下監獄が建築された当時にできたもので、シンプルな石造りの部屋にランプと机、イス四つだけが置いてある。なお、この場所は歴代の監獄の責任者しか知らないため、サイコルの作戦における拠点として設定された。
「そういえば、竜神、ってやつは?」
ふとした疑問をすぐにサイコルに投げかけた。
「彼ね。ここの最下層で厳重に拘束しているよ。あ、脱獄の心配をしてくれたの?」
「そうだね」
「大丈夫だよ。鎖で厳重に拘束しているから」
「そうか、ならいいんだ」
「うん。疑問が解消したところで、最終確認をしよう!この作戦の目標はキャプラの説得!クロノはキャプラを説得できるような状況に。マイケル君とウリエルちゃんはその援護をお願い。私はキャプラの家族を保護してからクロノと合流して説得に入るから。そして今回の計画の最大の障害は『軍務卿サバス・ナイト』。ものすんごく強いからマイケル君とウリエルちゃんは対応よろしくね。そんでもって、この世界には大規模な魔法を行う時に詠唱を行うから。詠唱に注意!」
「「「了解」」」
「よし!作戦開始だ!連絡は耳の魔法道具で!」
俺以外はサイコルの合図と同時に、監獄にある秘密の部屋から走り出した。
まず、サイコルは精鋭の部下を連れて城下町の居住区へ、マイケルとウリエルは行政棟の3階にある保護局局長室の周辺へと移動し始めた。
マイケルは西、ウリエルは東側を担当する。
突然地下監獄付近に現れた不審者に対して、巡回警備をしている衛兵たちは動揺し、ただ槍を構えることしかできない。そんな隙だらけの衛兵たちは無視して、マイケルは手と足に紫の鎧を出現させて壁を走ることで、ウリエルは翼を生やし空へ羽ばたくことで、所定の位置に到着した。
「こちらウリエル。到着」
「こちらマイケル。到着」
「了解。局長室を強襲する」
互いの連絡用の魔法道具を介して俺に連絡が入ると、保障局局長室に繋がる穴をあけてすぐにそこへ飛び込んだ。
「マジかよ。いいね」
マイケルが着地したすぐ後に、壁を破って一つの剣が彼の前に突き刺さり、その直後に一人の男も壁を破って現れた。その中年の男は頭以外の全身を西洋風の鎧で覆い、頬に大きな傷がある。
「軍務卿、サバス・ナイトだな」
「ああ、如何にも」
男は問いに答えた瞬間に、目にも留まらぬ速度でマイケルに剣を振るった。
その衝撃は、攻撃を手甲で受け止めた彼を、彼の右隣にある部屋まで突き飛ばす。
「…不届者よ。地の底で果てる覚悟はできたか?」
「じゃあそっちは…土の味を知る覚悟はできたか?」
マイケルがすくっと立ち上がると、狼のような紫の兜がどこからともなく現れた。
『バスター・ウルフ 起動』
そして両雄、動揺もなく、穴の先にいる敵を見据えて互いに歩みを進めていく。
ガシャリ、ガシャリ、ガシャリと互いに鎧が擦れる音が続き、一触即発の間合いとなった瞬間、剣と拳が衝突する。
その衝撃波が部屋に響き渡る前に次の一撃が衝突する。マイケルは二つの拳を、軍務卿は一つの剣と拳を用いて、その場に嵐を起こす。剣と拳の嵐の果てで、マイケルは右フックで軍務卿を隣の部屋まで突き飛ばした。
「上げていくぞ。サバス・ナイト!」
再びマイケルは敵へと歩みを進めていく。
「お前に合わせる道理も、義理も、ない」
そして軍務卿はまたもや、目にも留まらぬ速さでマイケルへ接近し剣を振るう。
(早っ!)
振るわれた剣を受け止めも、その衝撃でもう一度、隣の部屋まで突き飛ばされた。
「今すぐ逃げてください!敵襲です!」
軍務卿は周りにいる使用人たちに避難を呼びかけている。
マイケルはすぐに立ち上がり、彼のセリフが終わった途端に飛び出した。
紫電の速撃。初撃は躱されるも、二撃目のストレートは命中した。
その打撃を受けた軍務卿は、壁一枚を壊して吹き飛ぶ。
(さて、さっきより上手く当てたな。これなら、追撃できる!)
マイケルの迫撃の飛び蹴りは躱され、足首を掴まれて振り下ろされて、一つ下の階まで叩き落とされてしまった。しかし、軍務卿が降りる頃には、迎撃の体勢を整えており、すぐさまハイキックで対応。彼を一つ隣の部屋まで蹴り飛ばした。
この城は有事の際の対策として、この世界の竜のブレスにですら耐えられるようになっている。
そんな壁を男たちは易々と破壊していく。
「逃げてください。それと、近衛には取り逃さないような配置に並べと、伝えてください」
「は…はい!」
軍務卿は飛ばされた先にいた侍女に対して指示を出すと、立ち上がって剣の鍔を口元に当てる。
「4つの盃をソラに。我は防人なれば」
「独り言かぁ!?」
この世界に魔法があること、大掛かりな魔法には詠唱が必要であることをサイコルから聞いていたマイケルは、迷う間もなく軍務卿へと攻撃する。
「邪魔をするな」
「邪魔するさ!」
先ほどまでの大振りな攻撃ではなく、細かいステップ刻んだ攻撃で詠唱の妨害を狙っている。
「面倒だ、な!」
軍務卿は足を強く踏み込み床を割ると、当然両者は一つ下の階へ自由落下していくことになる。
「血は道標 肉は剣 掲げるは魂の御旗」
その落下していく刹那の間に、サバスは言葉を紡いでいく。
「させるか!」
地面に着地した瞬間に弾けるように飛び出すマイケル。
尋常ならざる速度での攻撃は、詠唱をしながら受け止められるものではなく、軍務卿は剣戟に集中するしかない。
しかし、この局面において、マイケルには明確なたった一つのミスをした。
彼が押し付けるべき優位な点は、軍務卿を凌ぎ得る攻撃力。
相手の防御力を見誤ったのだ。
優位点を多少捨てたコンパクトな打撃を中心とした攻撃は全て受けることを許容すれば、軍務卿の詠唱中断には値しない。
彼の中の天秤が『ダメージの脅威』から『絶対的な敵の排除』へと傾いた。
「森羅万象をこの手に。魔剣 抜刀」
拳を受けながら、詠唱を完了させる。持つ者の魔力を喰らい、倍にしてあらゆる形に出力する魔剣の本性が発揮される。
「マジか!」
軍務卿の剣から魔力の奔流が天に昇る。
炎、雷、水、風が螺旋状に絡まり湧き上がる。
解放の圧力だけで地は揺れ人間はよろめき、それは確かな隙となる。
「デヴァルベイン」
その隙を目掛けて振り降ろされる災害級の一撃は、彼を飲み込み壁も含めて粉々に破壊した。
「…やりすぎたか?」
軍務卿、サバス・ナイトの攻撃を正面から浴びた狼は、その場に立ち尽くしている。
「いいや、まだまだ!」
しかし、未だその意気は健在。
ここでサバスは相手の能力の本質を理解し始めた。
「お前、魔法を使わないタイプか!」
「まだまだ、最高潮じゃない!そうだろ!?」
『バスター・ウルフ・リベンジ 起動』
音声と共に鎧はより獣のような姿へと変貌していく。四肢の武装にはそれぞれ二対のかぎ爪が展開され、赤い血のようなラインが各所に引かれていく。
彼の鎧には特殊な能力がある。それは受けた衝撃を増幅し、自身のエネルギーに変えるというもの。
(カウンタータイプか。下手に手を出せば返される。ならば…)
(あれをもう一度食らえば、敗北は確実。ならば…)
手負いの獣の恐ろしさを知る男は再び、4つの力の奔流を立ち上らせる。
「…返せぬほどの力でお前を斬る」
「速攻で、有無もなくお前を倒す!」
全ての力を刀剣のサイズまで落とし込み、対人での殺傷能力を極限まで高める。
対してマイケルはその場で拳を振りかぶり、サバスへと振り下ろす。
彼振るう拳から放たれる槍型の衝撃波は風圧となって対象を吹き飛ばした。
「なるほど…そういった芸当もできるのか…。…手短に仕留めよう」
2つの壁を貫通し、城内の庭園で転がった先で思考を巡らす軍務卿が、眼前の敵への警戒の度合いを高めると、その左手には4つの光が宿った。
そこからは力と力の純粋で壮絶なぶつかり合いだった。
軍務卿は腕に宿る4つの魔法、及びその剣術の全てを、マイケルはたった一つの暴力をもって対抗する。
(クソ…)
その拮抗状態にマイケルは焦り始めていた。
このバスターウルフ・リベンジには弱点がある。
(このままだとエネルギー切れで負ける!)
受けた攻撃を吸収する『通常形態』。
そしてそれを解放する『リベンジ』。
リベンジではエネルギーの補充はできない。そのため、限界がある。
(だからこそ俺は、1つの大きな賭けに勝つ!)
マイケルは拳を彼の右腰のあたりまで移動させて構える。
その選択から軍務卿は敵の能力を考察し始めた。
(一撃に賭けるか、拮抗の中での隙を狙わぬ戦い方を選択することは、奴は焦っているのか?)
(ならば、あの能力?に制限がある可能性が高い。こちらがその制限まで耐えきればいい)
(───だが、それは悪手だ!奴の攻撃力は脅威!ならば即、この男は排除すべきだ!)
「おいお前、最後に確認させろ」
「なんだ?」
構える狼へ軍務卿は問いかける。
「お前はどうして戦うんだ?」
「え?ああ?そういうことは知っておく主義なのか?」
「そうだ」
「…まぁ、そうだな」
(まぁ、エネルギーの収束に集中できるからいいか)
「同郷のダチが、馬鹿だが素晴らしいことをやろうとしているんだ。協力しない手っていう選択肢はないだろ?」
その言葉を聞いた軍務卿は、表情は一切変えず、何も持たぬ左手を彼に突き出した。
「よし、それを含めて、叩き潰す。来い」
軍務卿の周りに4つの魔法でできた剣が現れ、射出された。
その挑発を受けて飛び出したマイケルは、それらを全て躱して接近し拳を放つ。
轟音と地響きと共に衝撃波が放たれる。
しかし、その先にある城壁の全てを破壊した一撃は、一人の人間を破壊することはできなかった。
「…...!?」
男の一撃は魔剣の鍔に受け止められていた。
正確には魔剣の鍔から突然生えた盾が彼の一撃を受け止めていたのだ。
「見事だった」
再び、魔力の奔流が天まで立ち上る。
対してマイケルの鎧の赤い線は消え、かぎ爪たちは引っ込んでいる。
軍務卿も、最早打つ手なしと判断した。
「まだだよ」
ほんの一瞬、振り下ろされる剣をマイケルは左手で受け止める。
すぐにそのエネルギーを右手に移動させリベンジを解放し、拳を軍務卿の頬を殴りつける。
手負いの狼は見事獲物を食い破って見せた。
渾身の一撃を食らった軍務卿は城の外へと城壁も突き破って飛んで行った。
「クソ」
焦げた左腕を見ながらマイケルは悪態をつく。
(あえだけじゃ倒れてくれないよな。殴られても俺のこと見てたし)
(それに、アレは面倒そうだな…!)
「頼んだぜ」
軍務卿が飛んだ方向とはまた別の方向へ、一人の天使は高らかに羽ばたいていた。
★★★ブックマーク、感想、評価、お待ちしています!!!!!★★★