「画像生成AI」で作ったイラストを夏休みの宿題で提出したら酷いことになった話
「終わった〜〜〜!」
8月31日午後10時。小学4年生の少女、宮野梨々は自室で一人歓喜の声を上げた。
夏休みの宿題がたった今終わった梨々は、同じ漢字が山ほど書かれた漢字ドリルを閉じて大きく伸びをする。短く切り揃えられた髪がふわりと揺れた。
「さてと......。学校に持ってくの忘れないよう、全部ランドセルに入れてから寝よう......」
梨々は学校から支給されたタブレットの「夏休みの宿題」アプリを開く。そこには夏休みの宿題が列挙されていた。リストの上から順に一つ一つ、ランドセルに入れていく。
算数プリント、国語の漢字ドリル、理科の宿題......。
せっかくタブレットがあるなら、こういう紙の宿題を電子化すれば良いのに。段々とかさばっていくオレンジ色のランドセルを見ながら梨々はそう思う。
そうして全ての宿題を教科書に詰め込んで「よし」と思った瞬間、梨々は宿題リストの一番下に小さく表示された「次へ」という文字に気づいた。
「次へ?」
一瞬だけ「なんだこれ」と思考が停止した後、すぐに身体中からサーッと血の気が引いていく。
梨々は思い浮かんだ最悪の想定を断ち切るように、祈るような気持ちで「次へ」をタップする。
そこに現れたのは、ほとんどまっさらな2ページ目。そしてそのページにはたった1行「夏休みの思い出日記」という文字が記されていた。
「やってね〜〜!!!!!!」
梨々は喉の奥から湧き出すような小声(夜なので)で叫んだ。
「......」
一通り悶えた後、震える手で「夏休みの思い出日記」の文字をタップすると、その宿題の詳細情報が表示される。
どうやら写真か絵、どちらかを添付して、さらに文章も書いて日記を作成するというモノらしい。せっかくタブレットを児童全員に配布したから、とりあえずそれを活かしたデジタルな宿題を作ってみました、と言った感じの宿題だ。
「写真で良いなら、知ってれば夏休み中いくらでも撮れたのに!!!」
梨々はあまり写真を撮らないタイプだった。それが今回、災いした。写真アルバムには、夏休み中に撮った写真は全く無かった。
「......」
梨々は普段から宿題を忘れることが多い。どんな理由であれ、夏休みの宿題をやっていないのがバレたら「またやってないのか!」といった具合に先生にも、お母さんにも怒られるに違いない。
しかし時刻は10時。どれだけ頑張っても、12時を超えたらたぶん睡魔には勝てない。
残されたタイムリミットは約2時間。画像生成AIでもない限り、そんな短時間でたくさんのイラストを描くことなんてできないだろう。
梨々は絶望的な気持ちで天井を仰いだ。
「......画像生成AI?」
その時、梨々の頭に電流が走る。
この宿題はタブレットでの提出だ。絵を描くのにも当然、タブレットのお絵かき機能を使う。いわゆるデジタルイラストだ。
「だったら、画像生成AIに描かせたイラストを提出してもバレないのでは......?」
梨々は大急ぎで、無料で使える画像生成AIのサイトを検索する。聞いたことのないサイトだったが、一番初めに目についた『お絵描きくん』というサイトを開いた。文字や文章を入れ生成を押すと、AIがその通りのイラストを瞬時に生成してくれるらしい。
そのサイトは本当に簡素で、欲しいイラストの説明を打ち込む検索バーみたいな場所と、『生成』というボタンがあるだけだった。
しかし今の梨々には別のサイトを探す暇すらない。梨々は日記に書くべき思い出を記憶から掘り起こした。
「えーっと、夏休みの思い出でしょ......。7月は海に行ったよな......」
『お絵描き君』に「海 絵日記」と入力し、急いで『生成』のボタンを押す。
すると、進捗を知らせるグルグルが画面で回り始めた。わずか数秒の待ち時間すら、今の梨々にはじれったく感じられた。
そうして10秒ほど後、イラストが表示される。
「おお! これなら、これならイケる!」
イラストを見て、梨々の前途に光明が差した。
「このイラスト、もう少し明るく出来ないかな」
梨々は『もっと明るく』と打ち込み、生成ボタンを押す。
「よし! これがいい!」
初めて見るサイトだが、すごく高性能らしい。これなら宿題を無事終えられるかもしれない。梨々は急いで別の思い出を記憶から掘り起こす。
「次は......。そうだ、動物園のふれあいコーナーで、ワンちゃんと遊んだことを書こう」
うちはペット禁止だから、すごく楽しかった。
梨々は『犬 イラスト』と打ち込み、生成ボタンを押す。同じく10秒後に、画像が表示された。
「いいイラスト ......だけど、少し上手すぎるなぁ」
自分にはこんな画力はないから、流石にバレてしまいそう。梨々は新たに『犬 イラスト 下手』と打ち込んだ。
「怖すぎるだろ」
こんなの提出したら精神がどうにかなったと思われてしまう。梨々はどう打ち込むべきか少し悩んで、『犬 イラスト いい感じ』と書き生成ボタンを押した。
「いや芸術的過ぎるだろ」
なんか、ピカソみたいな絵が出てきた。
でも、芸術家の作品と子供のお絵描きの違いって誰も分かってないし、これを提出することにしよう。梨々はそう判断し、この画像を保存した。
「次は......公園で遊んだことを書こう」
梨々は『公園 イラスト』と入力して生成ボタンを押す。すぐにイラストが出力された。
「あー。写真かぁ」
見ると、写真にしか見えないCGイラストが生成されていた。
この宿題は写真でもオーケーだ。よく見ると人間の姿が結構歪んでいるが、画質を落として投稿すればAI生成のイラストだとバレないか......?
「いや、人の形が少し不自然すぎる」
梨々は『人を減らして』と打ち込み生成ボタンを押した。
「死なせて減らすなよ怖いな」
公園じゃなくて墓地だろこれ。そう言う事じゃない。
「えーっと『誰もいない公園』でどうだ」
梨々は生成ボタンを押した。
「えっ? 誰かいるよ?」
首のない、なにかが!
「こんな夜中に怖がらせないでよ......」
全然欲しい画像が出てこない。いったいAIにどう説明すれば良いのか......。
「人だけ消す。しかも死なさずに......」
少し悩んで、梨々は『人 消しゴムマジック』と打ち込んだ。消しゴムマジックはフワちゃんがやってるスマホのCMでよく見る、人だけを消すAIの機能だ。この言い方ならAIにも伝わるだろうか。
梨々は生成ボタンを押した。
「いやフワちゃんみたいなヤツ増えたけど!」
消しゴムマジックのCMを再現してほしいわけじゃないんだよ。
「......」
「よく見たらキモっ!」
誰だよこれ。消してやるのさ、じゃないんだよ。梨々は段々と苛立ってきた。
梨々は『画像生成AI 使えない』と打ち込み生成ボタンを押す。いったいどんなマヌケな画像が出力されるのだろう。
「あっ! このやろ!」
AIから、明確な敵意を向けられた。機械にコケにされたショックから、思わずムキになる梨々。
『ネットにこのサイトの悪口書いてやる』と打ち込みボタンを押す。
少しの読み込みを待った後、画像が表示された。
「なんだよ! こっち指差すなよ!」
すると、なぜか勝手に読み込みが始まり、もう一枚イラストが表示される。
「墓を表示するな! 怖いから!」
AIから、明確な殺意を向けられた。
「......って、機械と戯れてる時間ないんだよ!」
時計を見ると、すでに1時間が経過していた。ほとんど終わっていない絵日記を見て、梨々は絶望的な声を上げる。
「だめだ! 間に合わない!」
思い通りのイラストが思ったより作れないストレスに、梨々の精神はもはや限界に達している。
「......」
そんな時、またしても、梨々の頭に電流が走る。
「......まてよ、『逆転の発想』をすれば良いのか?」
今までは、自分の夏休みの思い出と一致するイラストや写真を頑張って生成しようとしてきた。そのせいで、思った通りの画像を出すのに苦心した。
じゃあ逆に、AIが出力した絵や写真に逆らわず、その絵に合った文章をこっちが書いてやれば良いのではないか......?
「よし......。この方法なら間に合う......!」
そうと決まれば話は早いと、意気揚々と画像を出力しまくる梨々。どんなおかしな画像だって、文章を調整して整合性を取れば良いのだ。
「よっしゃ! 書くぞ〜!」
梨々はやる気に満ちた声をあげる。
この瞬間『AIに命じて絵を描かせる』という行為が『AIに命じられ、人が文字を書く』という行為に成り代わった。
たった今、人とAIの「格付け」が完了した。
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新学期の職員室。
担任教師は児童から提出された宿題をタブレット端末を使い確認していた。海の写真や祭りのイラスト、楽しそうな画像に楽しそうな文章が添えられている。
「みんな思い出に残る夏休みを送れたみたいで良かったな〜」
日記を見ながら担任がそうつぶやく。そうして日記をスクロールしていくうち、梨々の日記に差し当たった瞬間、教師の手が自然と止まった。
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8月2日
今日は、家族のみんなと海に行きました。海は冷たくて気持ちよくて、海の家で食べたかき氷がすごく美味しかったです。
私は海が好きです。なので、海がこんな感じだったら、すごく嫌です。
荒れ狂う海が全てを飲み込み、炎上する。そんな海が。
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8月10日
今日私は、夏祭りで友達と神社に行きました。わたがしとりんご飴を食べて、広場でオニごっこをしました。最後に神社のおさいせん箱にお金を入れて、世界平和を祈りました。そして、私の中に仏が生まれました。楽しかったです。
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8月20日
今日は、花火大会に行きました。大きな花火や小さな花火、人の笑顔の形の花火など、たくさんの花火がありました。楽しかったです。
それはともかく、風呂場にハンバーガーが現れました。本当です。信じてください。
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「......」
梨々の日記を見た担任教師はおもむろに立ち上がり、職員室を後にする。
そのまま教室へと向かい、梨々をめちゃくちゃ叱ったとか、叱ってないとか。