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短編小説

ソバ

作者: とり
掲載日:2023/03/27

 




「だからさあ」


「うん」


「ソバなんだよ」


「うーん?」


 スマートホンにおれは唸(うな)った。N(エヌ)からの電話(でんわ)だ。


 アパートの二(に)階にある自宅。その畳敷(たたみじき)のへやで、おれはごろりとねそべっていた。さっきまでは漫画(まんが)を読(よ)んでいた。けどNと話(はな)すと同時にやめた。


 外は暗い。となりからは晩(ばん)ごはんのいいにおいがただよってくる。これはきっと「おでん」だな。


「いいよ。言えよ」おれはNを促(うなが)した。電話のむこうで、Nが肚(はら)をくくる気配(けはい)がした。


「A(エー)がさ、」「うん」「死んだろ。先月(せんげつ)」「うん」


 『A(エー)』というのは、おれんちの隣(となり)にすむ男だった。先月アレルギー性のショックで死んだのだ。

 おれは起きて、あ(・)ぐ(・)ら(・)をかいて、覚(おぼ)えているかぎりのことを話した。

「そう。『ソバアレルギー』で死んだ。帰ってきた親(おや)が、たおれてるの見つけて、救急車(きゅうきゅうしゃ)をよんだけど駄目(だめ)だったんだ」


「うん。ボク、なんでAはソバ食(く)っちゃったんだろう? ってかんがえてた」


「で?」


「きみが食べさせたんだよ。T(ティー)(おれの名前(なまえ)だ)」


「ふーん」


 Nと話(はなし)をするのは好きだった。Nは学校の成績はいまいちだけど、へんなところで頭(あたま)がいい。ちなみにおれは成績トップ。これはただの自慢(じまん)だ。


 おれがアパートに引っこすまでは、おとなりさんだったからNの家(いえ)によくあそびにいっていた。その時からNはパズルやクイズ、なぞなぞが上手(じょうず)だった。


 おれはもう少し電話をしていたかった。長電話(ながでんわ)がバレたら親におこられるけど、「それでもいいかな」と思った。


「おれがAにソバ食わせたって?」

「そう」

「どうやって? むりやり? だったらおれ捕まってるよ。今頃(いまごろ)」

「むりやりじゃないよ。きみはそこまで自分(じぶん)がリスクを負(お)うやりかたはしない」


「じゃあ?」


「……」

 Nはまた言いよどんだ。いいやつだ。クラスの連中(れんちゅう)の大半(たいはん)が、おれにとってはどうでもいいやつだった。

 けど、Nだけはちがう。気が合うというか……。まあ「へんなやつ」だ。いい意味(いみ)で。


 死んだ『A』も、おれにとってはどうでもいいやつだった。


 Nは言った。

「見たんだボク。Aが死ぬ日の夕方(ゆうがた)に、きみがたくさん『カップうどん』と『カップそば』買ってるの」


「安(やす)かったからな。小(こ)づかいはたいて買ったさ。おれカップ麺(めん)好きなの知ってるだろ」


「うん」Nはうなずいた。つづける。「こっからはボクの想像になるんだけど」


「いいよ」


「きみはさ。それをAに、おすそわけしたんだ」


「合(あ)ってる。うどんとそば、一個(いっこ)ずつあげた。あいつの家(いえ)も共働(ともばたら)きだからな。晩(ばん)めし、こまってるかもって思って」


「うん。で。きみはたぶんさ、『A』が夕飯(ゆうはん)を食べようとする直前(ちょくぜん)に、ソバ食(く)ったんだよ。カップの」


「……」Nの言葉をおれは待った。Nはすぐにつづけてくれた。


「それで、隣(となり)の部屋の『A』は、つられてソバ食っちゃったんだ」


「あるかなあ。そんなこと」


 Nは黙(だま)るかと思った。けど今度(こんど)はすばやく言った。


「麺(めん)をすする音とか。あるいは、『匂(にお)い』……」


「におい?」


「隣の家とかから流れてくる晩ごはんの匂いをかいで、『今日これ食べたいな』って思ったことない? ……カレーとか」


「ある」


「『A(エー)』もその気持ちになった」


「で。食べたと。ソバを」


「うん」


「ふーん」


 Nは断言(だんげん)した。おれは試(ため)してみたかった。

「匂(にお)いについてはいいけどさ。アレルギーはどうだろ。『A』は自分がソバアレルギーって知ってたんだぜ? 給食(きゅうしょく)でもソバんときはみんなと違ったし。すすめられてもぜったい食おうとしなかったじゃん」


「でもT(おれの名前(なまえ)だ)。ボクたち、小学生(しょうがくせい)なんだよ?」


「そーだな」


「小学六年生(ろくねんせい)なんだよ?」


「だから?」


「大人(おとな)の目をぬすんで言いつけをやぶってみよう。って思うことなんて、ご(・)ま(・)ん(・)とある」


「だな」


「Aも、一度(いちど)はたべてみたかったんだと思うよ。ソバを」


「だな」


「そしてその日は、止めるべき大人(おとな)はいなかった。Aは『今(いま)しかない!』って思ったんじゃないかな。それと、一口(ひとくち)くらいなら大丈夫(だいじょうぶ)かな。って」


「かもな」

 おれはNに最後の一押(ひとお)しをした。おれだって小学六年生。『N』や『A』と同じ『こども』だ。

「けどさあ。仮(かり)にAがおれの晩(ばん)めしの匂(にお)いにつられて食ったとして。それおれのせいになるの? 警察におまえのかんがえを話(はな)したとして、おれ逮捕(たいほ)されちゃうと思う?」


「思わない。ましてや、きみも『ガキ』だもん。不幸な『うっかり』とか『ぐうぜん』で、おわるんじゃないかな?」


「だろう?」


「でもきみは、そうなるところまでちゃんとかんがえて、やったんだよ」


 Nの『想像』はここまでみたいだった。このまま電話(でんわ)を切ってもよかったけれど、おれはほかにも言っておきたいことがあった。


「じゃあ。N(おまえ)のいうとおりとして、動機は?」


「どうき?」


「おれが『A』を殺す理由(りゆう)」


「いるのかな?」


「さあ?」


「あったとして……。『ほんとにアレルギーで死ぬのかな?』ってくらいだろ。きみの場合(ばあい)」


「ははっ。――なあN(エヌ)」


「なに?」


「おまえほんと頭(あたま)いいな」


「そうかな」


「うん」おれはNに賛辞(さんじ)を贈(おく)った。それから全然(ぜんぜん)かんけいのないことを言った。「おまえと同じ中学(ちゅうがく)に行けないの、さみしいよ」


「ありがとう」


 とNは言った。それから同時に電話を切った。


 ――親(おや)はまだ帰ってこない。

 おれは畳(たたみ)のうえに背中から倒(たお)れた。あけっぱなしの漫画(まんが)雑誌(ざっし)が、ぱら……。と数(すう)ページめくれた。

 隣(となり)から、おでんの匂いがただよってくる。


 N(エヌ)の言ったことは、ぜんぶ合っていた。






 ※このものがたりはフィクションです。



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 読(よ)んでくれたかた、感想(かんそう)を書いてくださったかた、ありがとうございました。



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