始まりの刹那 【月夜譚No.198】
クラスの人気者は、教師の物真似が上手だった。個人個人の特徴をよく捉えていて、少しばかり――いや盛大に誇張を含んだ仕草や口調が笑いを誘う。
陽気で明るくて、皆を纏めるのが得意な、優しい彼。入学した時からその人の好さは存分に発揮されて、クラス一の人気者になるのは早かった。
いつも皆に囲まれており、彼自身も周囲も笑顔が絶えない。その眩しさに、私が近づける余地はほぼないに等しかった。
そんな彼が、どうしてここにいるのだろう。校舎裏の用具倉庫の陰。膝を抱え、一人で俯いている横顔は、いつもの輝きが微塵もない。
見てはいけないものを見てしまった。私は咄嗟に踵を返したが、静かな空間に靴で土を擦った音が響いてしまう。
「――誰?」
声をかけられ、動けなくなる。長い髪で顔を隠したが、すぐにバレて名前を言い当てられた。
彼が私を覚えていてくれていたことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。クラスメイトなのだから当然といえばそうなのだが、自然と頬が紅潮する。
「どうしたの? 具合悪い?」
顔を覗き込まれて、心臓が跳ねる。
彼自身も先ほどまで落ち込んでいる様子だったのに、なんと優しいことか。
私は全力で首を振って、その場から走り去った。
彼と言葉を交わせるのなんて、きっとこれが最後だろう。それを惜しく思いながら、私は帰路に就いた。