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父と母からは様子がおかしいと心配されてしまったけれど、大丈夫だからと少し一人にしてもらった。まずは状況を整理しなければ。
恐らく私はまた生まれ直して、今までと同じように過ごしてきたんだろう。とても現実的な夢という可能性も捨てきれないけれど、いくら頬を叩いてもつねっても痛いだけだ。ひとまずいつものように繰り返しが始まったという前提でないと進めない。
どうしてかはわからないけれど、私は覚えている。思い出した、が正しいのかもしれないけれど、ともかく、今まで繰り返してきた人生のすべてを覚えている。前回の最期に「最初からわかっていたなら」と願ったのが叶ったということなんだろうか?
混乱はしているけれど、それほど取り乱してはいない。人生を繰り返すなんて超常的すぎて、すでに理解の範疇を越えているのだ。その理由なんてなんでもいい。もしこのまま、記憶を持ったままにやり直すことができるなら。突然に訪れるどうにもできなかったあの予知とは違い、しっかりと準備をして挑むことができる。何度となく繰り返してきて、覚えたままというのは恐らく初めてのことだ。こんな機会はもう二度と訪れないかもしれない。それならば、できることをやるだけだ。
現在私は恐らく十歳ぐらいのようだから、両親が亡くなるまであと数年の猶予はあるはずだ。それくらいの年齢なら何とか件の討伐に付いていくことができないだろうか?
さっきの訓練の時も感じたけれど、記憶を保持しているせいなのか今までの私より魔法の習熟度が高い気がしている。まずは魔法の状態を確認してみること。これがひとつ。
それと、私が命を落とすのはいつもあの爪の大きな魔獣に襲われるからだった。あの魔獣をなんとかできなければ、また同じことの繰り返しになってしまう。タイミングさえわかっていれば魔法で対処できるかもしれないけれど……それだけではあの魔獣の勢いは止められないだろう。
思えばこれまでも魔法の修練ばかりしていたので、剣の方は短剣や細身の剣を振り回す程度しかできなかった。今度は、物理的にあの爪を弾き返せるくらいになりたい。今から学び始めれば少しは上達できるかもしれない。
問題は、どうやって剣を習うかだ。父と母はそもそも魔法特化なので、だからこそ私も魔法を極めていたわけで。どうしたらいいかしばらく考えたのち、簡単なことに気がついた。わからないなら、聞いてみればいいのだ。
「剣術を習いたい?」
「うん。討伐隊の人とか、教えてくれる人がいる?」
子供の私にはそんな知り合いはもちろんいるわけがないけれど父と母なら心当たりがあるかもしれないと思って、そのまま二人に聞いてみることにした。二人は意外そうな、どこか怪訝そうな表情でこちらを見ている。……あまりに唐突過ぎて不自然だったろうか。私は恐らく昨日まで、父の腕にぶら下がるようにもっと魔法を教えて欲しいとねだっていただろうから。しばらく探るように私の顔を見ていた父は、一つ頷いて口を開いた。
「よし、明日の合同訓練にお前も連れてってやる。腕のいいやつを紹介するから、そいつに直接頼んでみろ」
「いいの?! わかった、ありがとう!」
よかった、これで剣の方もなんとかできるかもしれない。教えてもらえるように、明日は頑張らなくては。
◆
私の髪は母譲りの薄い水色で、いつの人生も母の面影を追うように長く伸ばしていた。今まではなんとなく切りたくなくてそのままにしてきたけれど、実際に野山を駆けて戦うには面倒な長さだ。今回は少しでも憂いを払うために……あとは、自分への叱咤も込めて、短くすることにした。
「随分切るのねぇ」
ある程度の長さまでは自分で切ったけれど、これ以上は一人だと難しい。残りは母に頼んで整えてもらった。
「これなら……邪魔にならないでしょ?」
戦うときに、と口に出そうになってその部分は飲み込む。背中まであった髪は結べないほどの長さになった。短ければ手入れも楽になるし、これからはその少しの時間も鍛錬に費やしたい。
翌朝、いつもよりも早く身支度を済ませ討伐隊の本部へと出発した。有事の際すぐに集まれるよう討伐隊に所属する人間は基本中央都市に住んでいるけれど、家はその中でも少し離れた場所にある方だ。父の馬に一緒に乗せてもらい飛ぶように過ぎる景色を眺める。私の馬を買ってもらうのは確か来年だったはず。それまでは、出掛ける時はいつも父か母に乗せてもらっていたんだよな。こんな風に温もりを感じられることが嬉しくて、だからこそ今度は絶対に無くしたくないと、改めてそう思った。
討伐隊の本部は城の隣に位置している。士官学校もここに併設されているので、この辺りは前回までもよく通った道だ。父と母は演習場に向かっているんだろう。途中たくさんの人とすれ違ったけれど、どの人も私に気が付くとにこにこと笑って挨拶してくれた。その中にはこれまでの人生でもいろいろなことを教えてくれた人や、数年後には命を落としてしまう人もいた。
本部の中では一番大きな野外演習場にたどり着くと目的の人物はすぐに見つかったようで、父はそちらへ駆けていった。
「セーヴァ!」
……セーヴァ?
「よお、オーガ、トーヤ! 今日はこっちだったか?」
「ああ。今時間は大丈夫か?」
「もちろん」
振り返った父は私に向かって手招きをする。そこにいたのは予想通りの人物で、思わず声をあげそうになった。この人は、スライのお父さん──つまり、両親の死後私を引き取ってくれた人で、私にとって第二の父とも言うべき人だ。確かにお義父さんは、討伐隊では剣術を指南する役目をおうほどだったはず。
「娘のリディアだ」
「はじめまして、リディアです」
「おお、これが噂の! 俺はセーヴァだ」
自己紹介のあとは自分でやれと、父が目で示している。頷いて、セーヴァに向き直った。
「あの、私、剣術を習いたいんです。どうか指導していただけないでしょうか」
セーヴァは少し驚いたあと、父と母の方をちらりと見た。
「お前らの娘だ、魔法はできる方なんだろ?」
「ええ、昔のオーガより上かもしれないわ」
「そうだな!」
二人は静観するつもりのようで、それだけ言うとただ私の後ろで立っている。セーヴァはしゃがんで私と目の高さを合わせてくれた。
「なんで剣を習いたいんだ?」
なぜ。それは、もう大切な人を助けられないまま終わりたくないから。もうあんなに苦しい絶望を繰り返したくないから。もしかしたら無駄なあがきかもしれない、それでも、可能性があるなら、今度こそ。
「その、選択肢を増やしたい、というか……魔法も剣もどちらもできればそれだけ、自分も、他の人も、守ることができるかもしれないから」
真っ直ぐに私の目を覗き込み、その真意を量るような視線に、私も真っ直ぐに答えた。つもりだ。
「……リディア、これからは合同演習の日に来い」
「それって……」
「子供だからって手加減しないぞ!」
それだけ言うと、セーヴァはニッと笑って私の頭をかきまぜた。スライとよく似た、太陽みたいな笑い顔だ。
「あっ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
こうして何度目かわからない人生で、私は初めて剣を習うことになった。これまでの記憶を掘り起こすと、多少の差異はあれど絶対に起きる出来事というものがあるみたいだった。大きな運命の流れ、とでもいうんだろうか。今までのどの人生にもない新しい出来事、それが起こせることにほっとした。少しずつでも構わない、私はこの運命を変えていきたい。