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プロローグ


 プロローグ 



 幼少期から、時折予知夢と呼ぶようなものを見ることがあった。まるでそうなることを最初から知っていたような、不可思議な感覚。

 確かあの子はそこの石で躓いたはず。来週のお祭りの日には大きな嵐が来るはず。この討伐で父と母は命を落とす、はず。

 予知は眠っている間見るものに限定されるわけではなく、例えばその出来事に関連する場所や人の傍で突然頭の中に情景が流れたりする。そしてそれは、例外なく現実となった。もちろん自分の止められることならなんとかしようと思ったが、どれも間に合わないことが大半だった。両親のときも、それを見たのは二人が魔獣討伐へ出発した朝で、既にどうすることもできなかった。

 なぜ、誰が、私にこんなものを見せるんだろう。もしあらかじめ決められた運命を覗き見ているだけなんだとしたら、私なんかでは到底変えられるはずもない。

 両親の死後知り合いの家に引き取ってもらえることとなり、私はそこで彼──スライに出会い、そして、初めて自分の身に起きることの予知を見た。……今まさに死のうとしている、その瞬間の光景を。


 ──森の奥から聞こえる戦いの音、背後から現れた大きな爪を持った魔獣……その振り下ろされた腕から彼をかばおうとして、私は死ぬ。


 今よりも成長した姿に見えたので、まだ数年あとに起こることなのだろうか。近くない未来についての予知を見るのは初めてだった。自分のことだから、だろうか。

 それからの私は、少しでもその未来を遠ざけるため努力を重ねた。父母も魔法の名手だったし、明るい髪色の私は人より魔力(マナ)を貯められる量が多いはず。その予想通り、私の魔法はどんどん上達していった。

 十五になった私は魔獣討伐隊に入るための士官学校へと通うことにした。スライと初めて会ったときに見た光景の中で、私は士官学校の訓練生を示す色を身に着けていた。あの出来事は討伐訓練の最中に起きるのか、それともまた別の機会なのか。スライや、他にも一緒の隊に配属されたアイラとヴァルカは頼もしく、訓練に明け暮れながらも穏やかな日々を過ごすことができた。

 特別な討伐の知らせが届いたのは、訓練生となって二年目の冬だった。北の『大断崖』から魔獣が今までになく登ってきているらしく、討ちもらしのないよう私たち訓練生たちも討伐へ駆り出されることになった。『大断崖』へ向かう森中に配置され、あのとき見た光景と同じ場所だと確信を得る。ああ、ついに来たのだ。


 ぞわりと、得体のしれない気配に振り返ると──体が動いたのは、反射だった。


 痛い。熱い。

 握りしめるように押さえた指先にあたる感触は柔らかく、ああ、これは内臓までやられたか。もうすぐ、死ぬんだ。喉の奥から血がせり上がり、なんとか吐き出して息をついたその瞬間──思い出した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なぜ、今、なぜ、思い出した。生まれてから死ぬまで、前回の生も、その前の生も、そのまた前も……全てが終わるこの瞬間に、まさに走馬灯のように今までの繰り返しの人生が頭の中に駆け巡った。死を目前にする度にこうして、己の無力さを、この世界の大いなる存在の慈悲の無さを、恨み、呪ったことを思い出した。なぜ、毎回こんな今際の際にしか思い出せないのか。せめて最初からわかっていたなら、何か違ったかもしれないのに。

 私はまた繰り返すのだろうか。もう一度生まれなおし、またこうして死ぬまでの同じ人生を辿っていくだけ──なんて残酷なんだろう。

 視界が徐々に暗くなっていく。吐いた息の暖かさも、ぬかるんだ土を掴んだ拳の感覚も消えていく。


 これでおわり、だ。





 心地よい暖かさが私の体を包んでいる。目を閉じているはずなのに随分と眩しい……きっと外が明るいんだろう。ああ、それにしても眠い。このまま眠っていたい。

「リディア、そろそろ時間だぞ」

 頭の上から降ってきた私を呼ぶ声に、急速に意識が浮上する。

そんなはずない、ありえない。思わず飛び起きると、首を傾げてこちらを見ているのは──もうずいぶん前に亡くなった父だ。

「そんなに驚いた顔してどうしたの?」

 同じく討伐で亡くなったはずの母も、私を振り返って笑っている。どうして、なぜ。疑問ばかりが頭に浮かぶ。きょろきょろと周囲を確認するけれど、ここは……私の家だ。

 父に促され顔を洗いに行くと、鏡の中の顔が幼い。体は軽いし手足も小さくて……もしかして、最期に都合よく昔の夢でも見ているんだろうか? 父と母は揃って食事の用意をしているところか。懐かしい朝の風景、よくこの背中をこうして眺めていた。……できればもう少しだけこの幻を堪能していたい。

 私にとっては久々となる三人で囲む食卓。火傷しそうに熱かった母のいつものスープ……うん、この味。再現してみたくて随分頑張ったけれど、どうしても同じ味にできなかったんだ。

「どうしたの、リディア?」

「さっきからぼうっとしているぞ」

「ううん、なんでも、ない」

 心配そうな二人の顔に、こみ上げそうになっていた熱いものをスープと一緒に飲み込む。あのときに戻ったみたいなこの懐かしい風景の中、私も笑っていたかった。


 食事のあとは、魔獣討伐の予定がないときは毎日のようにしていた魔法の稽古だ。両親と同じ青系統の髪色の私が一番にできるのは、水に関連する魔法。今日は父の繰り出す水球に自分の水球を同じ規模でぶつけて相殺するものだ。討伐隊では一、二を争う魔法使いだった父にこうして教わっていたのは、今思うとなんて贅沢なことだったんだろう。

 それにしても、息を吸い込むと肺に満ちる魔力(マナ)の気配。ぐるぐると体を廻るこの感覚。木々の澄んだ気配も、頬に触れる冷たい風の感触も……

「リディアっ」

 焦ったような声にハッと意識を戻す。目の前まで迫っていた水の塊に反射的に印を結ぶけれど、加減が上手くいかず大量の水に押し潰された。思わず開けた口からがぼがぼと水が落ちてきて激しく咳き込む。つんとして痛い鼻、息を吸い込もうと苦しい胸、重くてちかちかする頭。これは──

「おいっ、大丈夫か!?」

 背中をさする父の手が暖かくて、目が覚めてからずっと我慢していた涙があふれた。体中の痛みが予感を実感へと変えていく。これは──夢幻なんかじゃない。もしかして私は、生きているのかもしれない?



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