ミャレッジブルー
ザー、ザー、ザー……
雨の音が耳につく。
ザー、ザー、ザー……
寝付けない二人。
「窓際だと……うるさいよね……」
……窓際にベッドを置いたのは、朝陽で起きようと思ったから。
ミャー、ミャー、ミャー……
……猫?
雨の中に猫の声が聞こえた気がした。
「ヤヒロ……それ……どうするのよ……」
ソファーの上に敷かれたタオル。
「……サオリは……猫、嫌い?」
風呂場から出て来たヤヒロが、震える子猫を乗せると、
……もう……一時過ぎ……
テレビの上の掛け時計を見た。
タオルにくるまれた子猫は震えている。
「嫌いじゃないけど……黒い……し。これから、って時なのに……」
サオリは表情を曇らせた。
「そう、だよな……。とりあえず、保健所に連絡してみる……よ」
そう言って窓に視線をやるヤヒロ。
ザー、ザー、ザー……
降り続く雨。
「先に寝てていいよ。毛が乾いたら……後でドラッグストアに行ってみるから」
「うん……」
寝室のドアを手にしたサオリが、
「やっぱり……実家から……仕事……行こうかな……」
うつむいたまま言った。
……雨の音のことも……これからのことも……考えてなかったな……。
丸くなった子猫のように、サオリが小さく見える。
俺よりも不安なはず――
「そう……だな。任せるよ」
……あの日から……ずっと、雨が降り続いている――
目を閉じたまま、頭の辺りを探るヤヒロは、
…………
枕が無いことに気づいた。
……今日も枕を占領されたか……
溜息をついて寝返りを打ち、
……
ゆっくりと目を開けたヤヒロは、
……
目の前にある顔に気づく。
……!
嬉しそうに鼻をつけてくる黒猫。
……もう少し寝かせてくれよ……
微笑みながらゆっくりと目を閉じたが、
――ザリッ
鼻を舐められたヤヒロは、
「分かった! 起きる!」
ベッドから降り、
「クロア、起きたよ!」
黒猫に挨拶をして、背伸びをした。
……
優しく見つめるクロアは、
「……作ったら持って行くから、まだ寝てていいよ」
その言葉に微笑んだような気がした。
ヘッドボードに置いていたスマホを手にして台所へ向かうヤヒロは、
……七時……か
時計を確認してからリビングのテーブルにスマホを置くと、
冷蔵庫の上に置いてある缶詰を手にして、
――パカッ
蓋を開けると、
――リン
鈴の音が聞こえた。
――カンカン
スプーンですくい茶碗の中に入れる。
冷蔵庫の前で座って待つクロアは、
「……あぁ、分かってるって……はい、どうぞ」
嬉しそうに食事を始めた。
…………
その姿を見ながら、
……
冷蔵庫の中から炭酸水を取り出し、
……
一口飲んでから微笑むヤヒロは、
……
大きなあくびをして、
「……もうひと寝入りするから、ゆっくり食べてていいよ」
クロアに声をかけた。
――ブブブブ……ブブブブ……
テーブルの上で揺れるスマホに気づき、
「あー、タイマーしてたっけな……」
画面を確認すると、
あ……
“サオリ”
電話だったことに気づき、画面をスライドするヤヒロ。
「……あ、まだ寝てた?」
「いや、起きてたよ。……二度寝しようとは思ったけど」
「……何それ……ふふっ」
そう言って笑うサオリ。
「……やっぱ降っちゃったねー。今日は……どうする?」
久しぶりに取れた同じ日の休み。動物園へ行くつもりだった。
「水族館でもいいけど……遠いよねぇ」
……今度の休みは分からないし……
「……今日はこっちに泊まって、明日は一緒に出勤するか?」
「……まぁ、仕事の疲れを取れ、って雨なのかもしれないね」
「……雨ばっかりで、いつもと同じ……なんだけど……」
ご飯を食べ終わったクロアがソファーの上で顔を洗っている。
「じゃぁ……お昼も家で食べる?」
「あぁ、買い物するんなら……あそこのスーパーで待ち合わせしようか?」
「面倒じゃない?」
「歩いて五分もかからないし、一緒に買い物した方が作りやすいでしょ」
「……そう? じゃぁ、スーパー着いたら連絡するよ」
「はーい、気をつけて来るんですよ」
「はーい。ふふふっ……じゃぁ、後で」
チャッ、チャッ、チャッ…………
水を飲み終わったクロアが、
ザッ、ザッ、ザッ…………
トイレに入った。
音の行方を聞きながら微笑むヤヒロは、
……
寝ようとしたが、
「……また雨が強くなったな……」
窓に打ちつける雨を見つめながら呟いた。
ガチャ、ガチャ……
玄関の鍵を閉め、
――バサッ
傘を開いて歩き出すと、
……ザー、ザー、ザー
傘が雨をはじく音が耳に響いている。
――ウィーン
自動ドアが開くと、
「あっ、ヤヒロ。早かったね」
買い物かごを持ったサオリがいた。
「準備はできてたから」
結局、寝そびれていたヤヒロ。
「明日は……天気、どうなのかなぁ」
スマホをちらりと見たサオリは、
「まぁ、梅雨が明けないとなぁ……。で、冷蔵庫に何もなかったから、お昼と夜と……あぁ、明日の朝の分もいるな」
「……空って……いつも何、食べてるのよ……」
そう言ってからリュックの中にしまった。
「朝は抜くことが多いし……昼は社食だろ? ……夜は……ここのお弁当かな」
「それならまぁ……でも、栄養バランスとか……朝ごはんは食べた方がいいよ?」
サオリが心配そうに顔を覗き込むと、
「朝はなぁ……」
買い物かごを代わりに持ったヤヒロ。
「食欲と睡眠欲、どっちを取るか、って話でさ」
サオリは手に取ったレタスをひっくり返し、
「そう言った欲はね、八割くらいで良いの」
芯の部分をまじまじと見ると、
「……満たそうと思うからダメなのよ」
ヤヒロが持っている買い物かごに入れた。
「まぁ……腹八分、とは聞くけど……」
「あら? 睡眠は一日八時間が良い、って聞いたことあるわよ? 諸説ありだけどね」
そう言って口元に手を当てたサオリがくすくすと笑う。
「……まぁ、善処してみるよ」
苦笑いしたヤヒロが小ネギを買い物かごに入れた。
「えっと……何、食べるんだっけ?」
そう言ってサオリの顔を見つめると、
「お昼は……あっ、録画した映画を見るんなら……何か食べながら見たいし……どうする?」
「あぁ、たまり過ぎてるから、何か見て消さないと容量無くなっちゃうな……」
「じゃぁ……お昼は少し軽めにして……ビーフンとか……どう? 野菜もたくさんとれるし」
「ビーフン?」
首を傾げたヤヒロが、
「何か、香草とかたくさん入ってる、ラーメンみたいなやつ?」
真面目な顔で言った。
「……それは、フォーじゃない? パクチー入れるのでしょ?」
「あぁ、多分それ」
……あれ?
もやしの袋を手にしていたサオリは、
「……ビーフンって何?」
苦笑いしながら聞くヤヒロに、
……ボケじゃ……ないんだ?
それを買い物かごに入れ、
「えっと……ビーフンって……よく家で食べない……?」
ゆっくりとヤヒロの顔を見ると、
「……そう言われると……食べたことないかも……。あれ? 俺って……変?」
腕を組んで、
「……ヤヒロくん、食品メーカーに勤めているのに、そんなことも知らないのかね?」
部長の口真似をするサオリ。
「……す、すいません、ぶちょー」
「ふふふっ……」
笑いながら歩く二人。
「……そう言えば……ヤヒロの家で作ったこと、なかったけど……」
「……何か、急に降りて来たんだろうな」
そう言いながら乾麺が置いてある棚に移動すると、
「あぁ、これだよー」
そう言って袋入りのビーフンをヤヒロに渡すサオリ。
…………
手にした袋をまじまじと見つめ、
「……春雨みたいなんだな」
「そうだけど、春雨は澱粉で、ビーフンは米の粉ね」
袋を裏返したサオリが原材料名を指差す。
「……ホントだ……。じゃぁ……もうご飯じゃん。野菜炒め丼、みたいな」
興味津々な表情を見せたヤヒロ。
「……えっと……そう……かな?」
乾いた笑顔を見せるサオリ。
「美味しいんだろ?」
「うん、美味しいよ」
「じゃぁたくさん買っとこう。作るのも簡単そうだし」
ヤヒロが買い物かごにビーフンを六袋入れた。
「具材って……野菜……もやしとネギだけでいいの?」
「何を入れても美味しいけど……私は、もやしと豚肉だけでいいかなー」
「じゃぁ、あと豚肉買って……夜は生姜焼きとかにする?」
「じゃぁ、豚コマ?」
「何でもいいよ。生姜味で豚肉焼けば同じだし」
微笑んだサオリが、
「うーん……と、これと……これでいいかな」
四百九十五グラムと二百八グラムのパックを買い物かごに入れると、
「あっ、キャベツも買う?」
「あー、俺は肉だけでもいいけど……」
……
ヤヒロを横目で見る。
「……バランスね。まぁ、買うんなら、ちっこいのな。腐らせると勿体ないし」
「……ヤヒロも自炊すればいいのに」
野菜売り場に向かう二人。
「スマホ見ればさ、レシピあるし大抵のものは作れると思うけど……手間を考えると、買った方が楽なんだよなぁ」
「それはあるけどねー……」
両手に一つずつ持った半分のキャベツを見比べているサオリ。
「節約、とはよく言うけど……この前、自炊してた頃と、弁当買ったときの金額を比べたんだけどさ、そんなに変わらなかったんだよ」
ヤヒロの話を聞き、
「それは……そうだと思うよ」
両手の重量を比べ、
「だろ? だったら……」
「ううん……それはね、お弁当だと毎日スーパーに来る、ってことでしょ?」
左手に持ったキャベツを買い物かごに入れたサオリ。
「そりゃぁ……まぁ……。毎日食べないとな」
首を傾げながら言ったヤヒロを見て、
……
右手のキャベツを棚に戻し、
……
少し微笑んだサオリが手を後ろに組むと、前を歩き始めた。
ゆっくりと後を追うヤヒロが、
「……ほら、夕方だと弁当も割引になってたりするし、お得だよ?」
総菜売り場を見ながら言った。
「えーっと、八枚?」
パン売り場に行ったサオリが、
「あー、六枚の方がいいけど……八枚でいいよ」
笑顔で八枚切りの食パンを買い物かごに入れる。
「でもね、安くなったから、っていらないものとか、総菜とか……買ってない?」
「あー……」
視線を逸らしたヤヒロは、
「それは、あるな……」
頭をかきながら言った。
「でしょー。私はいつも三日分は買って帰るの。それが無くならないと買い物はしないぞ、って」
「……意思が強いな……」
並んで歩く二人。
「……ほら、クロアのもここで買ってるでしょ?」
缶詰を指差すサオリ。
「ついでに……」
「これなんかドラッグストアとか……通販で買った方が楽だし、手間ないでしょ?」
「……おっしゃる通りで……」
「二人分の食事をここで買ってたら、節約も何もないわよ」
……
サオリから視線を外すと、
「そうだな、気をつけるよ」
ヤヒロは嬉しそうに溜息をついた。
「へへー」
微笑みながら左手を伸ばすと、
……
ヤヒロの左手を握るサオリ。
小さく指輪が当たる音がした。
「おいおい、これじゃ歩けないだろ」
そう言ったヤヒロはサオリの手を離し、
……
買い物かごを左手に持ち替えて、
「後は……酒、買うか?」
サオリの手を握った。
「ほら、この前買った、りんごのスパークリングワインにしようよ。アルコール低いヤツ」
ヤヒロの手を引きワインの棚を見るサオリ。
「……無いな」
「あれ美味しかったから……人気なのかもしれないねー」
少し残念そうな顔をしたサオリは、
「店員に聞いてこようか?」
「そこまではいいかな。他の探そうよ」
「……アルコール度数の低いヤツで」
笑顔で言うヤヒロに、
「そうよー、だ」
少し舌を出して微笑んだ。
「これなんか、どう?」
手にしたワインを見せると、
「白ブドウ……五パーセント……うん、これにしよう」
買い物かごに入れたヤヒロは、
「ポップコーンと……チーズもあったし……後は、何か買うものあった?」
サオリの言葉に、
……
乾いた笑顔を向けた。
……?
不思議な顔をするサオリ。
「ひょっとして……食べちゃった?」
「……ゴメン。この前、マンガ読みながら……食べちゃった……」
頭をかくヤヒロ。
「いいけど……一人で全部食べると、あんまり体に良くないからね?」
「分かってるって。きちんと半分こしなきゃ、な」
「分かってればよろしい」
そう言いながらお菓子コーナーへ向かう二人。
「煎餅も買っとく?」
「サオリが食べたいならいいけど……チョコとか、いいの?」
「食べたいけど……我慢、しなきゃねぇ……」
そう言いながら、左手を見せるサオリ。
「あぁ……」
納得したように頷くヤヒロも、
「三回も作り直してもらったでしょ?」
「……指も浮腫むって知らなかったよ……。あれは衝撃だった」
左手を見つめる。
「食べたものって、すぐ体に出ちゃうからねー」
両手で横腹をさするサオリ。
「本番の指輪……大丈夫かな……。食べるの控えるか……」
そう言ったヤヒロも、手にしていたミニショコラケーキを棚に戻す。
苦笑いした二人は顔を見合わせ、レジへと向かった。
ピッ……ピッ……ピッ……
無人レジで商品を清算する二人。
布製のトートバックから取り出した傘を台の上に乗せ、
「梅雨が明けたら……」
窓の外を眺めるヤヒロ。
「……また公園、歩かないとなぁ……」
買ったものをトートバックに詰める二人。
「そうね……」
そう言って小さく溜息をついたサオリが、台の上に置かれた傘を手に取った。
――ウィーン
自動ドアが開き、
――ザー、ザー、ザー、ザー……
強くなった雨の音が響く。
――バサッ
サオリが傘を広げたところで
「……あっ、ジャムって……あったっけ?」
隣に並んだヤヒロに言った。
「あー、先週、空き瓶捨てたから……。とろけないチーズが、何枚か残ってたと思うけど……買ってくる?」
「チーズがあるんなら、オッケーです!」
そう言って微笑んだサオリが傘を少し高く上げると、
「あぁ、ひと袋に入ったから、持つよ」
ヤヒロが傘を持ってから、
「ありがと」
二人はゆっくりと歩き始めた。
――ガチャ
鍵を開け扉を開けると、
――バサッ、バサッ、バサッ
傘の水を切ってから玄関に広げるヤヒロが、
「サオリのは、干しとかなくていいの?」
靴を脱ぎながら言うと、
「あっ、そうね」
リュックの横から取り出した傘を並べた。
先に台所へ向かったヤヒロは、
「おじゃましまーす……じゃなくて、ただいまー」
大きな声で言ったサオリに、
「おかえりー」
トートバックから買ったものを取り出しながら、笑っている。
「……ちょっと着替えて来るねー」
「うん。……あぁ、録画見るんなら……」
テレビをつけたヤヒロは、
――キィィ……
サオリが開けた木製のドアの音が響いた。
「……そうね……あっ、クロア、出していい?」
部屋を見回し、
「じゃぁ、慣れるまで……ケージの中に入れておいてよ……」
何か思い出したように、
「あぁ、いいよ」
少し微笑みながら答えた。
「はーい」
――バタン
返事をしたサオリが静かに扉を閉める。
風呂場に向かうヤヒロ。
「よいしょ……」
靴下を脱ぐと、
――キュッ
蛇口をシャワーに切り替え、
――ザー、ザー……
風呂場で軽く足を洗った。
タオルで足を拭くと、脱いだ靴下を洗濯ネットに入れ、
――パタン
洗濯機の蓋を開けて、
「洗濯あるー?」
洗濯かごに入っていた服と一緒に投げ入れる。
「あるー!」
スウェットに着替えたサオリが着ていた服を持ってくると、
「よいしょー」
すべて洗濯ネットに入れ、洗濯機に放り込んだ。
――ザー、ザー……
「はい」
足を洗ったサオリにタオルを渡すヤヒロは、
「ありがとー」
――ピッ、ピッ、ピッ
慣れた手つきでボタンを押し、
――パタン
洗濯機の扉を閉めると、
――ウィーン……ガラ
――ウィーン……ガラ
――ウィーン……ガラ
洗濯機が回り始めた。
「……まだクロア寝てた?」
「あれ? ……開けといたよ?」
リビングに向かう二人。
――パタン
「……まだ十一時過ぎなのね……お昼、どうする?」
静かにドアを閉めたサオリが聞いた。
――リン
鈴の音に気づき、
「……ここにいたのか」
ゆっくりとソファに座る二人。
……
ヤヒロを見て溜息をつくクロア。
「……おいクロア……起きると愛想ないんだから……」
「寝てるときは、かわいいんだけど……」
そう言いながらクロアの頭を撫でるサオリ。
「名前は?」
「クロ、とか、くーちゃんって呼んでるけど?」
「ダメよ、家族になるんならキチンと名前をつけないと!」
ヤヒロもサオリと交互に頭を撫でると、
「まぁ、鳴かないから助かってるけど……猫っぽくは……ないよなぁ」
面倒そうに片眼を開け、
…………
また溜息をつくクロア。
「凄く……人間ぽいよね……」
そう言って微笑むサオリは、
「……そろそろ、ご飯作ろうか」
名残惜しそうに手を離す。
「……じゃぁ、サオリのご飯用意するよ」
「……?」
不思議そうな顔をしたサオリがヤヒロを見る。
「……ごめん、クロアにご飯を、って言い間違った」
「ふふふっ。ヤヒロはおっちょこちょいだからねー」
ソファの上で寝転んでクロアに話しかけるサオリに、
――ゴン
「痛っ……くはないけど……」
クロアは鼻をくっつけたつもりだったが、サオリには頭突きになってしまった。
「……どした?」
台所に行こうとして立ち上がったヤヒロが振り返る。
「クロアが頭突きしてきたぁ……」
起き上がって鼻を撫でるサオリ。
「あぁ、愛情表現だろ。俺も起きたとき、いつもされるから」
……
……
見つめ合うサオリとクロア。
ヤヒロが冷蔵庫の上に置いてある缶詰を手にして、
――パカッ
蓋を開けると、
――リン
鈴の音が聞こえた。
――カンカン
スプーンですくい茶碗の中に入れる。
……あっ
驚くサオリ。
ゆっくりとサオリの膝の上に乗ると、
「……ぁん……」
小さく鳴いて丸くなるクロア。
「……今……鳴いたよね?」
目を丸くしたサオリが、
「んー、何が?」
ヤヒロに聞いた。
「今、クロアが鳴いたの! にゃん、って!」
「えー、拾って以来、鳴き声を聞いたことないのに、そんなわけ……」
……ご飯なのに……来ないな……
目を丸くしているサオリが、
……サオリがあんなに嬉しそうに……
微笑みながらクロアを撫でると、
「……サオリの優しさに……クロアが応えてくれたのかもな」
ヤヒロの言葉に、
「そうだったら……いいな……」
優しく微笑んだ。
サオリの膝の上で丸くなっているクロアが、
……
サオリの顔を見上げ、
……
背伸びをしてもう一度丸くなると、
ゴロゴロゴロゴロ……
喉を鳴らし始めた。
……っ!
それを聞いて、一瞬こわばった顔をしたサオリは、
「クロア!」
抱きかかえて顔を摺り寄せた。
ぼんやりとその様子を眺めるヤヒロは、
……クロアが……サオリの……本当の優しさを教えてくれて……
「ほら、耳の下の頭のところ、うっすらの白い毛があるでしょ? これが、耳と繋がってクロアゲハに見えるの。……だから、クロアってどう?」
……俺は……サオリの優しさに救われたんだ……
「……ビーフン、俺が作るから座ってなよ」
「えっ……いいの?」
「簡単そうだしね。……今、立っちゃうとクロアも可哀そうでしょ?」
流しの下からフライパンを取り出したヤヒロ。
「うん……じゃぁ、待ってるね。ありがとう」
……こちらこそ……待っててくれて……ありがとう。
膝の上にクロアを乗せるサオリ。
幸せそうにサオリの膝の上で寝るクロア。
溜息をついて微笑んだヤヒロは、
……クロア
こっそりとスマホを手に取り、
……サオリ
――カシャッ
写真を一枚撮ると、
スマホで撮った写真を見ながら、窓の外を眺める。
『午後からは急速に天気が回復し、明日以降は晴れ間が見えるでしょう……』
テレビの天気予報を聞いたヤヒロは、
「……ありがとう……これからも、よろしくな……」
ぽつりと呟いた。