夢中の恋なんです
暇つぶしにでもどうぞ。
ゆるい異世界交流ラブコメ話。前半と後半で視点が切り替わります。
相生ひとえ、二十歳。
私は、恋をしている。夢中の恋である。この言葉は比喩ではなく、そのままの意味。
私は、夢の中の相手に恋をしている。
とはいっても、ただの夢ではない。
「うっ……うう、ど、どうして……またフラれた」
そうさめざめと泣いた、私よりも一つ年上の男。
格好良いだとか素敵だとか、そういう言葉よりも放っておけないや目が離せないという言葉が似合う。
名前を、フラフ・ヨンディン。
絶世の美男子……ではない。惚れた欲目で、まあ、そこそこ、結構、格好良い顔やスタイルをしていると思う。
はっきり言えないのは、いつもめそめそ泣いていたりもじもじしていたりと、傍目には情けない姿を見せていることが多いからだ。
さらさらとした髪は明るい赤茶色。ミディアムくらいに伸ばしているのは、今さっきフラれた相手好みの髪型だからだろう。相手には似合わないと言われたらしいけど、前髪が目元にかかるくらいに青目が見え隠れしているところなんて、私は好きと思えるのに。
ひととおり目の前の男を見てから、私はにこりと微笑んだ。
「見る目がなかったのよ、その相手は」
「ううう、そんな、そんなこと!」
ぐすぐすと鼻をすすって、ますますフラフは落ち込んだようだ。恋に破れた、そんな姿も可愛い。心も浮き立つ。
フラフの恋が玉砕してくれれば、まだしばらくこの世界で彼の相談やたわいもない話を聞けるから。
はー、相手に見る目がなくて本当によかった。
「ひと、ひと」
そうしていると、ちょいちょいと横からつつかれた。
そう。この場には私とフラフ以外にもいるのである。
なぜかといえば、フラフが喚んだから、としか言えない。そもそも私も、フラフに喚ばれた側なのだ。
はじまりは、二年前。
家族や友達に誕生日を祝ってもらい、第一志望の大学も受かり、さらには欲しかったバンドのチケットが当選して、ウキウキで寝付いた日の夜のこと。
私は、今も居るこの場に喚ばれた。
乳白色の空間に、大きな丸テーブルと丸椅子が六つ。そこへ私を含めた六人が腰掛けている。
コスプレかと思わずにはいられない不思議な容姿のオンパレードに、即座に夢か、と思ったものである。いやにリアルな椅子の感触や、お気に入りの柔らかな素材のパジャマが不思議ではあったけれど。
初対面でもフラフは泣きはらした顔だった。集まったなかで一人だけ感情を露わにすすり泣いているのだから、自然と視線はフラフに集まった。
しばらくすると、べそをかきながらフラフはこう言った。
「ここに居る皆さんは、今、とても広い心でお話を聞いてくださる方々のはずです。俺がそう条件をつけて、魔術で召喚しました。なので、俺の話を聞いてください」
そして滔々と、つい先ほどぼろくそに言われて失恋した話をして泣きだした。
夢だとはいえ、あまりに可哀想に見えたので、咄嗟に私は慰めたのだった。その場にいた他の人たちもそうだった。フラフ曰くの心の広さを持っていたのだろう。
変な夢だわ。
そう思って目が覚めてから頻繁に、こうして喚ばれるようになってからは、夢じゃないなと思うようになり、ついでにみんなとも仲良くなった。
そして、ことある度にめそめそ泣くフラフに母性がくすぐられて可愛いと感じたが最後、転がりに転がって私はフラフに恋をした。
いつも泣きながら失恋を報告するフラフに、そんな女たちより私の方がいいのでは!? と内心憤りながら早一年。
そりゃ、フラフが恋して美辞麗句で褒め称える相手ほど滅茶苦茶美人じゃないけれど、それなりのつもりだ。
恋を自覚してからはいつ呼ばれてもいいように、肌や髪もこまめにメンテナンスをしている。黒髪黒目の日本人でもそこそこの可愛らしさを持っているはずだ。なのに、見向きもされない。
フラフの恋に破れた報告は、今回で八回目。
季節に一回恋に浮かれて騒いで、転げ落ちるようにフラれる。お決まりのパターンみたいで、フラフを好きになるまでは『季刊フラフのフラれ話』と勝手に題を付けていた。
だが、今となっては、いつ恋人ができてしまうかとやきもきする日々を過ごしては、フラフが落ち込む姿に安心しているのである。
ほんっとうに今回も、私の恋は生き長らえた。よかった。
「ああ、ひと。欲にまみれたお前の顔も良いものよな」
また横からつつかれた。
私の恋心はすでに円座の仲間たちに知られている。わかっていないのはフラフだけである。
彼は一生懸命で、好きな子ができると、その子ばかりにかまけてしまう。そういうところも一途でいいと思えるのだけれど、いい加減気づいてくれと最近はとみに思っている。
なにせこの男、私が好きだとためしに告白してみたところ、「ひとさん、慰めてくれるんですね。うう、優しい」そう言って涙ぐむだけである。あのとき、往復ビンタしてやればよかった。
さて、右側でつつきながら私の表情を指摘したのは、ヨカロさん。
アラブ系の褐色の美丈夫。
上背があり、体格も立派な人物だが、首回りには鋼鉄らしき棘が生えて、頭にも鉱石が刺さったように生えている。服装は豪奢な黒衣で、自称「悪魔の主である」だとか。嘘みたいだけれど、たぶん本当のことなのだろう。
フラフが馬鹿正直に自己紹介をしてフルネームを言った際に「お前の名を握らせてもらった。暇なときは我が呼び出すとしよう」とご機嫌で言っていた。
それを見たおかげで、私はフルネームを名乗らずここでは「ひと」と通している。名を握るイコール命を握るとも等しいらしく、あわあわするフラフも思い返せば可愛らしかったなあ。
そんなフラフよりも凄い力をもつヨカロさんは、あまりに自分が強いので暇で人寂しかったので応じたらしい。鷹揚に「よかろう」と願い事をほいほい聞いてくれるので、通称ヨカロさんと呼ばれるようになったのである。
彼――両性具有らしいが気分的には男性らしいので、彼扱いをしている――は、私のいじらしい恋心を大変興じてくれているそう。なので、こうして好意的にちょっかいをかけてくれる。
上手くいった暁には私かフラフを世界移動してあげることも辞さないらしい。それを聞いてからは全力でヨカロさんに私も好意を返している。乙女心は時には現金なのだ。
「ひとさん、よかったね」
今度は逆の方向から囁かれた。
スエだ。金髪碧眼のアンティークドールめいた無機質であどけない美しい子。
スエは、無性のロボットだかアンドロイドだかそんな人種? 種族? らしい。
スエの世界には人類は存在せず、一人で寂しく過ごしていたところ、フラフに喚ばれて喜んで参加したという。名前がなかったので通称としてみんなでつけてあげた。
末っ子ポジションなので、スエだ。
初めての知的生命体との交流がとても楽しいらしく、私たち円座の清涼剤。反応がいつもピュアでまぶしい。
今も純粋に私の恋心が破れなくて喜んでいる。フラフの失恋は常のことなので、スエは早くに見切りを付けたようだ。どんなに情けない姿を見せ続けても、思い続けることができる方が良いのではと考えてくれたようで、私の味方だと言ってくれた。
良い子だわ、とても良い子だ。
「あんた、まだ好きな子の前でもメソメソしてんじゃないでしょうね? あたしならどんなに好かれててもお断りだわ」
そう言うのは、とても肉感的で包容力のある美しい女性、深緑色のワンレンがとても似合っているアラニアさん。種族名からとった仮称である。
眉辺りにもう一対小さな目がある種族だそうで、気象予報が得意なんだとか。男性女性ともに情熱的だという国出身とのことで、気が強くて頼りがいのある人だ。
面倒見もよく、素敵な旦那さんもいると教えてくれた。苔生す巌の肌のダーリンは、ヨカロさん経由で見せてもらったが本当に文字通り苔生す巌の肌のダーリンだった。ファンタジックなご家庭をお持ちなたくましい女性は、今日もフラフを叱咤している。
あともう一人男性がいるが、不定期参加の人だ。今日はいないらしい。
フラフがこの場に呼ぶ際は、私なんかは拒否権はほぼ無いようなものだけれど、ヨカロさんレベルになると好きに出入りができるという。つまりは、もう一人もそんな実力者ということである。
私からするとすべてがファンタジーみたいなもので、聞いたときは、はあ、そうですかとしか返せなかった。
さて、不在の人物ことヤウさん。
いつも姿が茫洋としていて容姿がよく分からない人だ。名前もおそらく本名ではない。こう呼べ、と適当に言われた名前である。
私が把握していることは、ぶっきらぼうな人ということと、とてつもない愛妻家ということ。
あんまり自分からは喋らないけれど、奥さんの話題になると口数が増えて心なしか雰囲気も柔らかくなる。姿はよく見えなくても、凄く好きなんだろうなあと伝わってくるくらい。羨ましい。
ヤウさんは初めて円座に来たとき、一通りフラフの話を聞いたあとで不思議な力で吊るし上げて泣かせていた。
曰く、「今なら誰でも話を聞いてやろうとは思ったが、こんな情けない人間に呼び出されたかと思うと腹が立った」とのことらしい。
なお、呼ばれたときは奥さんとのハネムーン最中で、あれでも機嫌は良いほうだったと、今ならわかる。
ヨカロさんには一目置いているのか、たまに現れては魔術らしき知識の話をしている。
なお、フラフには辛辣で「早く目を取り替えろ。まともに物を見られないのか?」と暴言のような助言を前回していた。
悪い人ではない、はずだ。なんだかんだで話を一通り聞いてから発言しているし。
ヤウさんはきっと、今日は奥さんにかかりきりなのだろう。先日、奥さんが身ごもったそうで珍しくそわそわしていた。私やアラニアさんに妊娠時や女性のことについて聞いてきたくらいだ。
脇道にそれすぎた。
さて、以上六名がフラフの話を聞く円座の仲間たちだ。概ねフラフにやや厳しい方々だが、まあ、仕方が無い。毎度毎度恋の進捗を聞かせてきては、駄目でしたと報告を続けてくるのだから、そうもなるだろう。
というより、ぶち切れてボイコットしないだけ付き合いはいい。
全員、フラフのことが嫌いではないのだ。うんざりやげんなりはしても、こうして言うくらいには。
なおも愛ある叱咤をアラニアさんが続けている。
「そもそも、あんたは気が多すぎる! そんなんじゃ、好いてくれる子を見つける方が難しいわね!」
「そ、そんなこと言われても……だって、魅力的な子に目を奪われるのは、男として当然の摂理で」
遠回しに私は魅力的な子ではないと言われてないか、これ。
思わず口の端が引きつる。笑みが不自然になっていないだろうか。というか私これ怒って良いのでは。
「ひとさんは、素敵な人だよ。真っ直ぐで、ワタシは好き」
フォローをありがとうスエ。頭を撫でておく。
「そうよな。スエの言に我も同意しよう。一年も情けのないフラフめによく愛想をつかさぬものよ」
ヨカロさんが笑いながら言った。するとフラフが涙目でこちらを見てきた。さながら哀願する子犬のような目である。
「なんで俺の失恋話聞いてくれる会で俺が怒られて、ひとさんがもててるの!? ひとさんまで俺を見捨てるの!?」
ぐう。
駄目だとわかっても、この目が可愛くてしょうがないのだ。魔法みたいに目が吸い寄せられてしまう。駄目男に惚れた女の哀れなサガである。心の内でうそぶいて、ドキドキしながら返す。
「見捨てないわよ。私はフラフが好きだもの」
「ひとさん……優しい……うう、ひとさんの同情が身にしみる」
「どっ」
同情じゃないんだよなあ!? お前が好きだっつってんだよ!
口から罵倒が飛び出そうになって押し込む。好きな人には可愛く見られたい、上品に見られたいという見栄が私の上っ面を取り繕っているのだ。おかげで、今日も気づかれない。
やめて、気の毒そうな顔で見ないでアラニアさん。そして笑わないでヨカロさん。心配そうなスエだけが癒やし。
かれこれ半年だろうか。
最初は恥ずかしさもあって遠回しに好意を伝えては玉砕し、反省をしてはよりストレートに磨きをかけて好意を伝えているつもりだ。こうなれば恥じも何もあったものではない。
「同情じゃないって。私、本当にフラフが好き。その、愛しているの」
今回こそはと、気合いを入れてきたのだ。今回フラフが上手くいかなかったら、直球でとことん言って攻めてやると覚悟をしている。
とはいえ、相手はフラフだ。周りがバッとフラフへ視線を向けるが、当のこの男はへらりと涙の痕が残る顔で笑って言った。
「心の広い人たちを喚んだけど、その中でもやっぱりひとさんが一番心が広いなあ。俺、他の魔術はからきしだけど、召喚術だけは得意でよかった……人として愛してくれるって言ってくれるなんて、本当にひとさんっていい人だ」
駄目だわ、こいつ。
最初に条件をつけて喚んだという前提認識があるせいで、素直に受け取らない。
「男の人としても、そう思っているの」
「自信をもてってことですね! ひとさんだけです、みんなの中でも強く言ってくれるの」
「男として! 私はフラフが好きだと! 言っているの!」
「好ましい男に見えるって思ってくれるんですね! ううう、なのに、どうして俺はふられたんだろう……ううっ、うっ、うっ」
泣くんじゃない。私が泣きたいわ。
こないだ買った高いヒールのパンプスを顔面に投げてやりたい。呼び出される時は大体パジャマなのが悔しい限りだわ。
しかし、しかしだ。今日の私は気合いを入れてきたのだ。このふにゃふにゃのネガティブで視野の狭い馬鹿な男に愛を伝えるために。
本当、どうしてここまで好きになったのか不明だ。
好きになった相手に一心にどうしたいかとかしてあげたいこととか幸せそうに話す姿を見て、何度羨ましく思ったのかわからない。
それも今回までにしてやる。
円座の仲間たちは目で私を応援してくれている。握りこぶしを作り私は立ち上がった。行儀がわるかろうが夢の中のこの場のこと。円座に乗り上がりそのままフラフに向かって歩く。
足を鳴らして仁王立ちでフラフを見下ろす。腰を曲げて顔を合わせれば、ぱちりと丸い目が見開いて私を視界に入れている。
「ねえ、フラフ」
「えっ、え? ひとさん? ど、どうしたの」
「私ね、今日、誕生日だったの」
「わあ、それはおめでとう!」
泣きはらした顔でにこりと微笑み祝福が贈られてくる。それはいい。暢気に言われた言葉に微笑みを返して私は続けた。
「そこで同級生たちと飲み会をして……告白されちゃったのよ。結婚を前提に付き合ってほしいってね」
「ええ!? それで?」
「断ったわ。私、結婚したい人が居るの」
「うぐ……そ、そうなんだね」
失恋の時のことでも思い出したのだろう。また涙目になった。
「あなたよ」
「んえ?」
予期しない言葉だったのだろうか。さんざん言い尽くしたというのに。呆れながらも私は真摯に口にする。
「だから、フラフ、あなたと結婚したいから、断ったの」
「……あ、え?」
呆然として、ぽかんと口を開けたフラフは周囲を見回してもう一度私を見上げた。言葉を飲み込んで、咀嚼して、理解したのか徐々に頬が朱くなっている。今まで他人に向けた顔しか見てこなかったけれど、今は私に向けられている。それがとても嬉しい。
「ねえ、私じゃ駄目なの? 世界が違うからって、考えもしない?」
「あ……あ……」
意味のある言葉を作ろうとして失敗しているみたいだ。はくはくと口は動いて、でも目はしっかりと私を見つめている。忙しなく持ち上がった手の指先がフラフの動揺を表している。
「お、俺」
「うん」
「俺、ひとさん、俺はその」
「うん」
「か、解散します!!」
顔を両手で覆って立ち上がり、甲高くフラフが言うなり、空間の乳白色が強くなった。元の世界に戻そうとしているのだ。
「このドへたれが! だからあんたフラれんのよ!」
「軟弱め。面白いが、ひとが哀れよの」
「それは駄目だと思うよ!」
方々から非難の声があがる。私も同意見だ。
だから消える前に、ぐいっと目前の腕を掴んで、まだ隠れているだろう唇の辺りにフラフの手の甲ごしにキスをした。
「今度は私のことを思ってお話をしてね」
「きゃあ!」
乙女のような悲鳴を上げるんじゃない。だが、目覚める前に見えたフラフの顔は真っ赤で私のことを考えています、みたいに見えてとても満足した。
ああ、次に呼び出されるときが楽しみである。
***
告白された。
生まれて初めて、いや、そんなことはない。学業の傍らで家庭教師の短期派遣労働したときに、ジェンちゃんに「先生のこと好きよ」とか言われたことがあった。ジェンちゃん六歳だったけれど。
いや、えっ、どうしよう。告白されてしまった。
この間まで、人生十回目くらいの恋に破れて落ち込んでいたはずなのに、今はもうそのことに考えがいってしまう。気が移りやすいとか薄情だとかいわれてもしょうがないかもしれない。
だが、ちょっと待って欲しい。
俺がフラれた自暴自棄テンションで呼び出した夢の世界で何度も優しく聞いてくれた女の人が熱烈に愛を囁いてくれるなんて経験をしても平然としている人だけ俺をなじってくれ。誰に言い訳をしているのかわからなくなってきた。
とにかく、ずっとこんな調子で混乱しっぱなしだ。
時間にして言えば、大体半月くらい。まるで夢中になっているみたいだ。いやまだ違う。俺はそんな軽い男じゃない、ないはずなんだ。いや十回も恋してりゃ説得力ないかもしれないけれども。
これまでの子たちもそのことを引き合いにされてフラれたこともあった。良いところまでいけても、なんか残念よねって言われてこき下ろされたこともある。悪くはないけど、そこまで好きになれそうにないし、なんか気持ちも重たいし付き合うのは嫌とかも言われたっけな……あ、思い出して辛くなってきた。
でも、ひとさんは「そういうところが私は好きよ」って言ってくれたっけ。あれ、今思えば、そこから好きとか言われてないか俺。うわ。うわあ。今度は恥ずかしくなってきた。
ひとさん。
黒髪黒目の本人曰く「日本人」なる人種で異世界の女性。
俺の突然の暴挙とも言える召喚術にも、他の異様な人たちにも驚きはしていたけれど、あっという間に打ち解けた、俺よりも対人能力の秀でた人。
いつももこもこふわふわとした素材の変わった衣服を着ているけれど、あれは彼女の世界では夜に着る室内専用の衣服らしい。一重の切れ長の瞳が特徴的な凜々しい顔で、笑うと途端柔らかくなる。
そんな笑顔で俺は告白されたわけだが。
駄目だ。
また思考が告白された瞬間を思い出してしまう。自然と熱くなる頬に、ついで意味の無い唸り声も出た。
「ふむ。随分と情けのない様だ。ひとの趣味は愉快なものよ」
そうだ。こんな情けない姿を何度も見せてきた俺を、どうして好きなんだろう。好き、ひとさんは俺が好き。口元がむずむずと動く。
というか俺、声に出してたか。一人部屋だとしても、これじゃあ痛い奴だろう。
「だがいつまでも待たせるのは、礼を失すると思わぬか」
あれ、これ、俺じゃない。この声は。
まさかと部屋を見回すと、黒い靄が部屋の隅にできて、その中心から頭が生えていた。鉱石を頭にはやした異形、ヨカロ様だ。
ヨカロ様は、俺が行った召喚術に気まぐれで参加してからの仲だ。
正直なところ、俺は召喚術に一家言あって自負もしていた。才能も特化型といっていいほどで、学院でも召喚術の成績は一位を譲ったことはない。他はまったくからっきしでも、俺は他の奴よりできるんだと思っていた。
まあ、そんな小さな自惚れも、遙かに超える力を持つヨカロ様に遭遇して粉々に砕けてしまったわけだが。
ひとさんやスエはヨカロ様の畏怖すべき力を完全に理解していないのか、気さくに呼んでいることに物を知らない強さをまざまざと感じている。アラニアさんはたぶん分かっているけれど、危害に敏感らしいので、平気だとも分かっているんだろう。羨ましい種族特性だ。ヤウさんは、たぶん、あの人もやばい人だと分かっている。
なんだかんだと二年過ごして、多少は慣れた。
召喚が成功して調子に乗っていた上に失恋したときのテンションでの滅茶苦茶な対応のせいで名前を握られて以来、気軽にこっちの世界に何度も現れるし。
ヨカロ様やみんなには言っていないけど、こうしてちょくちょく来る異様な存在と仲良しという噂で、良い返事をもらえなかったり断られたりする確率が増えている。いや、悪い御方じゃないと、思う。基本快不快で動いているみたいだから、まあ無害な方だ。
「え、と。はい。まあ、その、わかっているんですけど」
「では何故だ?」
ヨカロ様は人の心の機微なんてしったこっちゃないんだろう。俺の繊細な気持ちも露とも理解していない顔で聞いてくる。
「俺フラれたばっかだし、気持ちの整理ができていないっていうか」
「整理? 我が知る限り、ここのところ、ひとのことで悶えていたように見えたが」
「そっそそそんなことないじゃないですか! そんな簡単に気移りする男はもてないんですよ!」
「もてなくとも、ひとが好ましいと言っておるではないか。何が不満だ?」
一理ある。
そう思ってしまった自分が悔しい。ぐうと言葉を飲み込めば、またひとさんの笑顔と愛の言葉を思い出してしまった。
「せっ、せめて、その、ひとさんの好みとか知りたいし、俺はひとさんのことあまり知らないから、そういうことを把握するのも大事って言うか。人と人が好っ、好き合うっていうのはそういうのが大事っていうか。そもそもまだ付き合っていないわけで、というか俺で良いのかとか俺はひとさんのこと好きなのかもまだわからないっていうか」
頭に呼び起こされた聞きやすい柔らかい女性の声。落ち着かなくなって、指を遊ばせる。
ヨカロ様は相変わらず理解できないという顔をしている。
「お前の言葉はよくわからぬな。我は恋の指南も機微も明るくないゆえ、ここは先人に聞くのがよいであろう」
「先人?」
「うむ」
言うなり、靄から長く伸びた腕が俺の首根っこを掴んで引きずった。悲鳴を上げる暇もない一瞬の間に、靄に入り込む。
魔界か。ひょっとして、とうとう俺を喰うのか。
いや、ヨカロ様はそんなことしないだろうけれど、興が乗ったとかで危険なことをさせるかもしれない。あり得そう。
身構えながらぎゅっと目をつむる。自然と体に力が入る。こうなるんだったら、早く返事をすれば良かった。なにもかも清らかなまま死にたくない。彼女欲しい。結婚したい。
走馬灯ってこういうことなのかな。
脳裏に思い出がよぎりはじめたところで、俺は放り出された。見ればいつも俺が召喚する夢の空間だ。空間自体は俺の魔術で作っているが、補強や追加の魔術はヨカロ様の仕業だろう。
ヨカロ様は俺をいつもの席に投げたあと、体を靄に変えて消えたと思えば、もう一人連れて戻ってきた。
簡素な旅装束の青年、面布で顔を隠しても姿形の良さがスタイルから透けて見え、なおかつ美人の嫁持ち。もてない童貞の対極に位置する妬み嫉みの矛先にいるような人。
ヤウさん。
うわあ、ヤウさん連れてきたのヨカロ様。そりゃ、好き合う人がいる先人だろうけど、もっとマシな人選あったでしょ。アラニアさんいたでしょ。同性っていうことで連れてきたのか。じゃあスエは……いや、スエはそんな知識ないか。それならヤウさんで納得、はするけど気持ちが追いつかない。
ヤウさん、ヨカロ様と同じ気配がする上に滅茶苦茶怖いんだよなあ。
軟弱だとか惰弱だとか、愚か者とか言葉や態度がとにかく辛辣だし。でもって真面目な人だから、言っていることは正論なだけに心へ鋭く刺さる。嫌いじゃないけれど、叱咤されるのは身が竦む。
身構えながら考えていれば、ヤウさんがこっちを見た。
「ヨカロから対価をもらったので対応するが。お前の知りたいこととはなんだ?」
ヨカロ様ちゃんと話を通してないの!?
真面目で厳しい人に、俺、女性に告白されたときの対処とか踏ん切り着かないんで聞きたいですとか言えるわけないでしょ!?
そこまで仲良しな自信ないよ、俺。
なんかヨカロ様対価さらっと払ってるし。嘘でしょ、本当にこの状況で聞くの?
学院試験の教官複数人の面談より胃が痛い。召喚術以外のぼろくその魔術を貶されるだけの試験よりよほど嫌だ。
心の声なんて聞こえない二人は、俺の表情に怪訝そうな様子だ。もう察してほしい。
ああ、情けない。
俺はこんなにもちっぽけで、無力な生き物なんだ。この二人に比べたらアリンコだ。魅力なんてあったもんじゃない。だから俺もてないんだな……ひとさん本当に俺のこと好きなのかな。あっ、自信なくなって悲しくなってきた。恋とか好きとかそれ以前に、人として駄目ではって考えに打ちのめされそう。
「……おい、ヨカロ。巻き込んだだけならそう言え。お前もだ」
「巻き込むも何も、我が慈悲をもってフラフめの悩みを明かしてやろうとしたまでのこと。ほれ、早く聞かぬか。ヤウも暇ではないぞ」
蛇に睨まれた蛙。ひとさんの世界では、こういう立場をそう言うらしい。
上位者に睨まれた哀れな俺は、もはや癖になってしまった眦からにじみだす涙をこらえて恐る恐る口を開いた。
「好きと告白されたら、どう対応するのが正解っすか……」
消え入りそうな声でもちゃんと言えたことを、俺だけは評価してやりたい。羞恥心と怒りをくらう恐怖を堪えながらヤウさんの方を見れば、黙って俺を見てそれからヨカロ様を見て、もう一度俺を見た。
無言だ。ヨカロ様だけ満足そうなのが腹が立つ。
やがて、ヤウさんは呆れた様子を隠さずに言った。
「僕に聞くぐらいなら、ちゃんと相手と向き合え」
てっきり叱られるかと思ったが、そんなことはなかった。意外なほどきちんと答えてくれた。そのことににわかに勇気づけられた。
「じゃ、じゃあ! 相手のことを知ろうとする手段とか、良い方法とか」
「お前は召喚術が取り柄なんだろう。それを使ってみればいいことだろ……これ以上は野暮になる。おい、こんなことに巻き込むな。もう僕は帰るからな」
顔をヨカロ様の方に向けて言うなり、ヤウさんは一人でさっさと帰ってしまった。転移の魔術だろうか。
しかし、良いことを聞いた、気がする。後方ドヤ顔のヨカロ様より頼りになったかもしれない。いや、なった。
召喚術。そうだ、俺にはこれがある。ひとさんの世界に俺を飛ばすのもできなくはない。やろうと思えばできる。みんなの夢を繋げて共通空間を作るよりは、いくらか楽だ。俺一人だけが移動すればいいわけだし。
よし、やれる。やれるぞ。
「ヨカロ様! 俺、今からひとさんのところに行ってきます!」
「うむ、子細はわからぬがよかろう。行ってくるがよい」
集中して、術の文言を唱える。問題なく移動できそうなのを確認して、一応世話になったのでヨカロ様に目礼して仕上げの呪を口にする。
気を逸らせる俺は気がつかなかった。あちらへと移動を始めた俺の背に向けて、ヨカロ様が呟いた言葉を。
「ひとのいる世界は夜だが……まあ、それもよかろう。いずれある閨の時間を過ごすだけのこと」
それに気づかず、柔らかな寝具の上に降りた俺が目にしたのは、眠るひとさんの姿。
ん? えっ、ひとさん、寝てる? なんで?
あたりを見回さなくてもわかる暗さ。夜だと気づいてからは、ここがひとさんの寝室だとすぐに分かった。まて、まてまてまて。まずい。俺はどこに来た。下に柔らかな感触がするのは寝具だけじゃない。これは。
「んん……?」
「ひえっ」
どう考えても不審者になった俺が元の世界に逃げ戻るよりも早く、重さに気づいてひとさんの目蓋が開いた。
「……うん? だれ」
夜。寝室。寝てる女性。上にいる男。犯罪。
一瞬の間に、俺にどん引いたひとさんの顔が想像できてしまった。胸が痛い。頭が真っ白になる。
「ああああーーーーっ! イヤーッ! 違いますううう! ごごごっご、誤解、誤解いいいあああああ!」
「えっ、はっ? えっうるさ、えっ? フラフ?」
悲鳴を上げる俺。動揺するひとさん。
どうみてもおかしい光景に、この場にはいないはずの笑い声が聞こえた気がした。
一悶着終えて、情けなくえづきながら弁明する俺を、笑って許してくれたひとさん。彼女にときめきを感じたのは、仕方ない。仕方ないことなんだ。
ふわっふわですが、異世界交流のラブコメ読みたいなと思ったので書き殴りました。
【12/27追記】まだ書ける余地あるのではとこっそり付け足しました。蛇足かもしれない。
ガイドラインを確認し、半分は転移要素があると判断したため必須登録タグの異世界転移を付け直しています。失礼いたしました。