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マドレーヌは結婚したくない 7

王宮で行われる夜会が目前に迫っている。

マドレーヌは文句を言いつつも、山のような量の稽古をこなす事に明け暮れていた。


「――よろしい!とても良くなりましたね、マドレーヌ様!」

「ありがとうございます。先生。」


ひらりとするお辞儀も、所作がかなり様になってきた。心なしか、常に連れている侍女のブリゼも誇らしげだ。


『まあ…私も一応は伯爵家の娘だし?これくらい出来てもいいのよね。それに、ただで上質なお稽古をさせて貰っていると思えば悪い事ではないわね…』


忙しくはあったが、マドレーヌは上機嫌だ。

次の予定は何だっただろうか…と思いながら邸宅の外を歩いていると、()()()()声が聞こえてきた。


「おーい!マドレーヌ!」

「ジャン様…」


マドレーヌは面倒臭そうに声の方に振り向いた。おかげで、そういえばこの後はダンスのレッスンだったわと思い出した。


「先生が急用で来られなくなったそうだぞ。」


走ってやって来たジャンドゥーヤがそう告げた。そんな事は聞いていないと思ったマドレーヌは、ブリゼの方を振り返った。


「まあ。そうなの??」

「わたくしは何も聞いておりませんわ。すぐに確認いたします!」


彼が持って来た情報はまだブリゼの耳に入っていなかったようだ。首を振って答えた彼女は珍しく焦ったような表情を浮かべている。

近くには他に使用人がおらず、ブリゼはマドレーヌに頭を下げると仕方なく自ら確認をとるために急いで邸宅の中へと入って行った。


そしてその場には、マドレーヌとジャンドゥーヤの二人だけがぽつんと残された。


「…“公爵家”ともあろうお家でも、連絡の行き違いってありますのね。」

「うちはそれだけ人も多いって事だ。それに直前ともなれば仕方がない。」


――ブリゼが戻るまでは、何をするわけでもどこへ行くわけでもなく、何となく手持ち無沙汰だ…。


「それはそうと、ジャン様はいつもお一人で行動なさっていますわよね。」

「俺か?そりゃあ家の中だしなあ。兄貴と違って執事なんてのもいないし。屋敷内では自由にやってるよ。」


何気なく始めた立ち話だったが、マドレーヌはジャンドゥーヤに感銘を受けていた。彼の口から出て来た「自由にやっている」という言葉に、彼は同志だ、と感じたのだ。ああ、何て羨ましいのだろう、と…。

そんなきらきらとした羨望の眼差しに気付いたジャンドゥーヤは、ついからかいたくなってしまう。


「なんだ、俺に興味でも沸いたのか?」

「いいえっ!ああ、わたくしも早く自由になりたいと改めて思いましたわ‼」


…マドレーヌの反応は、思っていたようなものとはだいぶ違った。どうやら、今日はあまりその意図が伝わらなかったらしい。つまらないと思いつつも、まあいいかとジャンドゥーヤは気を取り直した。


「で、この後はどうするんだ?」

「さあ…?予定はブリゼが管理していますから、彼女に聞いてみないと。」


ダンスのレッスンが急遽中止になれば、ぽっかりと時間が空く。それに気が付いたマドレーヌは心が浮き立った。久々にしばらくぼうっと出来るのではないか、と…!

――しかし、そんな望みはすぐに打ち砕かれた。


「まあ、今さら先生なんていなくても別にいいだろ。大して変わらないしな。」

「…はい??」

「じゃあ始めるかー。たまには外で練習するっていうのも開放感があっていいぞ!」


ニッと笑いながら、ジャンドゥーヤはいつものようにマドレーヌの腕を引いた。


『結局はこうなるのね…』


どうやら、観念してそれに付き合うしかなさそうだ。ぼうっとするのはもうしばらくお預け…。マドレーヌはがっくりとした。

そして二人はタイルの上から短く刈られた芝生の上に場所を移し、ダンスのレッスンを始めたのだった。




「――まあ、見て!あれ…」


邸宅内で二階の廊下にいた侍女たちが、窓の外を見てひそひそと話をしていた。彼女たちの視線の先には、庭できゃっきゃと楽しげにダンスをしているように見えるマドレーヌとジャンドゥーヤの姿があった。


「最近、一緒にいらっしゃることが多いわよね…。」

「ガナシュ様よりも親しげに見えるわ。いいのかしら…。」

「でもほら、あの婚約は……」


その時侍女たちはハッとした。それから急いで頭を下げると、ササッと逃げるようにそれぞれの持ち場へと散って行った。

――…そして静かになったその場には、窓の下に視線を落とすガナシュの姿が残されていた。


彼はいつもはこの時間、屋敷にはいないはずだった。だが、この日はずいぶん早くに仕事が終わり、珍しくもう帰って来ていたのだ。そのため侍女たちは、彼がそこにいた事に気が付かなかったのだろう。失言をしたと思い、かなり焦ったに違いない。


「…どうかなさいましたか、ガナシュ様?」


じっと外を眺めていたガナシュは、後ろにいたジェノワーズに声を掛けられると我に返った。


「いや、何でもない。」


ガナシュはぱっとその場を離れて歩き出した。窓の外をちらりと見たジェノワーズは溜息を吐き、その後を追って行く。


「もうすぐ夜会ですので、ガナシュ様もそろそろダンスの練習をなさってはいかがです?ご無沙汰でしたでしょう。」

「必要ない。」


――どうも、機嫌が悪いようだとジェノワーズは思った。こちらにはずっと背を向けているので確認は出来ないが、眉間に皺を寄せていそうな雰囲気だ。


「今回はお相手探しに、マドレーヌ様のエスコートという大役まであるのです。いつも以上に他の事がしっかりお出来にならないといけませんよ。」

「…分かっている‼いちいち煩いぞ!」


余計なお説教で、ガナシュはイライラを更に募らせた。――これは、“いい傾向”だ。ジェノワーズはそう感じた。

彼はこれまでガナシュが他人に…女性にそこまで関心を示したところを見た事がなかった。もちろん、好意の指向が違うからという意味ではなく。

さて、これからどうすべきか。もっと煽るべきか、否か…。ジェノワーズは今後の対応を思案し始めた。







それからまた数日が過ぎ、明日はいよいよ王宮での夜会の日だ。

晩餐が終わり、マドレーヌとガナシュはリビングのソファで食後のお茶をしていた。


「ついに明日ですわね!長かったですわ…。わたくし、最近はお稽古中に先生に褒めて頂いているんですよ!」


マドレーヌはどうだと言わんばかりに胸を張り、ガナシュに自慢した。


「そうですか。それは楽しみですね。」


いつも通り、ガナシュは笑顔でそう返してきた。しかし、それを見たマドレーヌは『おや?』と思った。…何か、いつもと少し、様子が違うような…。一見普通で余裕があるように見えるが、何となく表面上のような…。よそよそしい感じがする。


『私…何かしたかしら??』


マドレーヌは考えた。だが、考えれば考えるほど、思い当たる事しか出て来ない…。考えるのをやめた。自分の精神安定上、それがいいと思った。


『別に、この方がよそよそしいなんて当たり前の事だもの…。むしろ親しくする方がおかしいのだわ。悩むだけ損というものよね。』


そう考えると、マドレーヌは気を取り直した。

そんなところへ相変わらず空気も読まずに“彼”がやって来た。


「ああここにいたのか、兄貴!明日なんだけどさ、俺も同じ馬車に――…」


ジャンドゥーヤが話し終わらない内に、ガナシュがギロリと睨みつけた。


「…なんだよ!?」

「なぜお前を一緒に乗せなければならない。」

「は?それくらいいいだろ⁇どうせ二人しか乗ってないんだし。ケチだなぁ…なあ、マドレーヌ?」


なぜか機嫌の悪そうなガナシュの態度に、ジャンドゥーヤはマドレーヌに話し掛けながらその側に寄って行った。


「ジャン!!」


すると突然、ガナシュが大きな声を出した。あまりの事に、ジャンドゥーヤとマドレーヌの二人は驚いて動きが止まってしまった。

すぐにハッとしたガナシュは取り繕うように咳払いをすると、落ち着いたように装って言葉を続けた。


「……お前、最近少し彼女に馴れ馴れしいんじゃないか?」


ジャンドゥーヤとマドレーヌは顔を見合わせた。


「?…俺はいつも大体こうだと思うが…⁇」


…確かに、よく考えるとそうだ。ガナシュは思い返してみた。

一緒に参加する夜会では逃げ回っている自分とは逆に、弟は自ら積極的に令嬢たちに声を掛けて回っていた。こういう事は彼にとっては日常茶飯事…今に始まった話ではない。

ガナシュは頭を振った。


「だが…“立場”というものを考えろ!彼女は()()私の婚約者という事になっているんだぞ?明日同じようにしておかしな噂でも立ったらどうするんだ⁉」

「どうって…むしろそれでいいんじゃないのか?偽物なんだから。」


ジャンドゥーヤはおかしなものでも見るような目で兄を見た。


「いや、だから、それは…だな……」


ガナシュは言葉に詰まった。確かに、ジャンドゥーヤの言う通りだ…。――自分は一体、何を言っているのか?一体、()に腹を立てているのだろうか――…



「…ジャン様、わたくし、みんなに本物の婚約者だと思われなくてはなりませんのよ!そうしてご令嬢方の本質を見極めたいのですって。」


口籠るガナシュの代わりに答えたのはマドレーヌだった。

…そうだ、そうだった。そのために彼女に協力をして貰っているのだ。なぜ、その事を失念していたのだろうか…。ガナシュは内心戸惑っていた。


「大丈夫ですわ!ここまで来たのですもの、わたくししっかり務めますわよ。ちゃんと素晴らしい方を見付けて差し上げますから、期待なさってて‼」


いよいよという日が来るからだろうか、マドレーヌはいつになく気合が入っている。


「ほーそりゃあ頼もしい。良かったな、兄貴!それじゃあ、俺は邪魔をしないでおくよ。」

「あ…ああ…。」


話はまとまったというのに、なぜかガナシュは釈然としなかった。

先に部屋へ戻って行ったジャンドゥーヤと、その後少し経って立ち上がったマドレーヌをそれぞれ見送ると、ソファの背にもたれ掛かって大きく息を吐いた。


「――失礼いたします。ガナシュ様もそろそろご就寝なさってください。」

「…そうだな…」


後ろに控えていたジェノワーズに促され、ガナシュも部屋へ戻ることにした。


「――明日…明日か……」


ガナシュはぽつりと呟いた。



翌日は早くからバタバタと夜会に出席するための準備で大忙し。今日はブリゼだけでなく、他にも何人かの侍女たちが寄ってたかってマドレーヌの支度をしてくれている。こんな大人数に世話をされたことなど初めてだ。


「あら~~~可愛いっ!!これも付けてあげて頂戴。」


いつの間にか公爵夫人までもがやって来て、彼女の飾り付けに参加している。


「実質的にはこれが社交界デビューだもの、しっかり着飾りましょうねえ。ああでも、何だかあちらのご両親に申し訳ないわ。いいところを横取りしてしまったみたいで…」


すまなさそうにはしているが、夫人からは嬉しそうな様子が滲み出ていた。


…この豪勢なドレスは、夜会への出席が決まった頃に作り始めたものだ。詳しくなくとも最高級だと分かる…。付けたことが無いような宝飾品も惜しみなく持って来ては、あれは違うこれはどうだと合わせている。

こうしてそこまで一生懸命にされていると、婚約者(仮)としては…正直申し訳なくなってくる……。


そんなこんなを経て、マドレーヌは初めて王宮へとやって来た。

ここが王宮か…。公爵家の屋敷もびっくりするほど大きいと思っていたが、王宮はそれとはまた違った規模の大きさだ。馬車から降りかけながら、マドレーヌは思わずぽかんと見上げてしまった。


「どうぞ。」


その声に気付きハッとして顔を戻すと、先に馬車の外へ出ていたガナシュがこちらに手を差し伸べていた。


「ありがとうございます。」


マドレーヌはその手を取ると馬車を降り、王宮の中へと入って行った。

――見るもの全てが珍しい…。いけないとは思いつつも、ついきょろきょろとしてしまう。


「マドレーヌ、堂々とね。」

「あっ…そうでしたわね。ホホ…」


苦笑いのガナシュに窘められ、マドレーヌも笑って誤魔化した。


会場に入ると、そこは想像もしていなかったほどに広く豪華絢爛な場所だった。そして人、人、人の波……。マドレーヌは早くもうんざりとしてきた。いや、しっかりしなくては。これから大事な目的があるのだから…!


大きな階段の上にある玉座で待つ国王夫妻への挨拶を難なく済ませると、そのままガナシュに連れられあちこちへと無意味な挨拶をして回った。丁寧に挨拶をしてくる相手には、『近々公爵家とは関係なくなる予定なのにごめんなさい』と思いながら挨拶を返した。


――そして一通りのことが終わると、いよいよ自由時間だ。待ちに待った生贄…もとい、ガナシュの()()()()()探しの始まりだ。


「よおし!」


小さな声でそう言うと、マドレーヌは自分の頬を軽く叩いて気合を入れ直し、会場の人混みに立ち向かうのだった。

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