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マドレーヌは結婚したくない 5

このままでは、自身が成人する18歳の誕生日が来れば正式に結婚することになってしまう―――


公爵家の使用人からそう聞かされたマドレーヌは狼狽した。


「ど、ど、どうしてそんな事に!?だってあの方、そんなお話は一言もされませんでしたわよ⁉」


ガナシュの執事・ジェノワーズと、マドレーヌの専属侍女に任命されたブリゼは困ったように一度目を合わせた。


「…恐らくガナシュ様には、そのおつもりは無いのだと思います。この婚約は時間稼ぎの手段で、正式なお相手を見付けるまでこのまま何年かかっても構わないとお考えなのではないかと…。」


“何年かかっても構わない”というのには少し引っ掛かったものの、本人にはそのつもりが無いということにマドレーヌは安心した。しかし、ではどうしてそんな話になるのだろうか…。


「だったら、あなたたちはなぜそんな事を言うの⁇」

「それは……」

「旦那様と奥様が、お話を進めるだろうと思われますので。…ご存知かと思われますが、当家は跡継ぎであるガナシュ様のご結婚に関してかなり頭を痛めておりました。それがこの度お相手を選ばれたとのことで、お二人はすぐにでもこれをまとめようとなさるはずです。」


…“婚約者”を決めた途端、公爵夫妻はそれを盾にしてガナシュ本人さえも無視して成婚させようとするとは…。

マドレーヌは開いた口が塞がらなかった。それではさすがに彼に対して同情心が湧いてくる。


「…そんなよく知りもしない令嬢との結婚を、公爵ご夫妻は勝手に進めてしまうものなの⁉」

「そうはおっしゃっても、こちらからパーティーの招待状をお送りする時に、きちんとお相手候補は選定いたしておりますから。もちろんマドレーヌ様もお家柄には全く問題がございません。」

「よく見て‼()()()()問題があるわ‼」


そう言って、マドレーヌは自分の胸を叩いた。…よく分からない自信たっぷりに…。


「――…。さほど、問題にはならないかと…。」


微妙な間の後、ジェノワーズが答えた。


「問題よ!問題大ありだわ‼私だったら嫌ね、こんな公爵夫人‼だって我儘放題だし!」

「我儘くらいでしたら可愛いものですわ。」

「マナーなんて最低限しか出来ないし!」

「誠心誠意、教育いたしますわ。」

「あとは…あとは…!」


何を言っても、今度はブリゼに打ち返されてしまう…。マドレーヌは手詰まりになった。


「本人にそんな意思が無いのに!!」

「…マドレーヌ様。政略結婚とは、そういうものですわ。」


…たしかにそうだ…。マドレーヌは青ざめながら、がっくりと肩を落とした。


「……二人とも、どうして私にわざわざそんな話を…?」

「――…マドレーヌ様は本気でお嫌そうでしたから、このまま知らずにいてはさすがにお可哀想だと思いましたので。」

「そう……。」


マドレーヌはすっかり意気消沈してしまった。そんな様子を見たジェノワーズとブリゼは、公爵夫妻とガナシュ、双方の思惑に振り回されている彼女をさらに不憫に思った。




…それから、広い部屋の端でマドレーヌはしばらく膝を抱えていた。


『――…そろそろ、お支度を始めなければ…』


時間を気にし始めたブリゼだったが、どう声を掛けていいものか分からない。すると、見かねたジェノワーズが口を開きかけた。


「…マドレーヌさ…」


その時、マドレーヌが急に頭を上げ、すくっと立ち上がった。ジェノワーズとブリゼは何が起こったのかと驚いた。


「マ、マドレーヌ様…??」

「――何だか、落ち込んでるのに飽きちゃったわ。」

「え?飽き……」

「要はやっぱり、すぐにでもあの方のお相手を探してしまえばいいのよね。元々、長くここにいるつもりなんて無かったのだもの、結果は同じ事よ!誕生日まではまだ時間もあるし、その頃には実家(いえ)に帰っていたいわ。そうよ私ったら、どうしてそんな大事なことをを失念していたのかしら!」


さっきまでとは打って変わり、マドレーヌは生き生きとし始めた。やる気に満ち溢れている。

…なんて切り替えが早いのだろうか…。ジェノワーズとブリゼは呆気に取られた。


「で、では、この後の晩餐のためのお支度をいたしましょうね!今日はお時間が掛かりますから。」


ハッと我に返ったブリゼは、ボロボロな格好のままのマドレーヌを連れ、まずは湯浴みから支度を始める事にした。







――日も暮れ、オードゥヴィ公爵一家との晩餐の時間がやって来た。

盛大に汚れていたマドレーヌはブリゼの手によって磨かれ、この短時間で用意されたらしい真新しいドレスに身を包んだ。そして全てが整うと、最初に自分に用意されていた部屋の前で、昼間別れた切りになっていたガナシュのもとへと連れて行かれた。


コンコンコン、とブリゼがガナシュの部屋の扉を叩く。


「マドレーヌ様のお支度が整いました。」

「入れ。」


招かれると、ブリゼに伴われ、マドレーヌはその部屋の中へと入って行った。

その姿を見たガナシュは思わず目を奪われた。


「…これは…見違えたな…」

「それはそうでしょうね。きちんとした格好をしましたもの。わたくし、ボロボロが趣味なわけではありませんから。」


…自分で言うのもなんだが、あんな野生児のような格好を規定値として設定しないでほしい。とマドレーヌは思った。


「では行きましょうか。両親と弟が待っていますので。」

「はい。…あ!」


晩餐の席へと向かう廊下で、マドレーヌはあの事を思い出した。


「あのう、公爵ご夫妻はわたくしの誕生日が来たら結婚させてしまうおつもりではないかと聞いたのですが!」

「ああ…そうかもしれませんね。」


マドレーヌにとっては重要な事なのに、ガナシュはしれっと答える…。


「そうかも…って!そんなお話、聞いてませんけど‼」

「大丈夫ですよ。それを過ぎても何とか上手くやりますから。」


ガナシュの返答に、マドレーヌは『本当かしら』とふくれっ面をした。しかし、“計画”がある彼女はすぐに機嫌を直した。


「まあ、いいですわ!きっとすぐに生贄…ゴホン、正式なお相手を探して差し上げますからね!この()()()()()‼」


自信満々にそう言って、マドレーヌは今度はにこにこと笑っていた。

――そういえば、さっきもそんな事を言っていた…。ガナシュは昼間の事を思い出しながら、マドレーヌの顔をじっと見た。


「?…何です??」

「――貴女は、表情が目まぐるしく変わりますね。怒ったり、落ち込んだり、笑ったり…」

「…ス ミ マ セ ン ネ 。直情的だとよく言われます。」


ムッとしたマドレーヌは棘のある言い方をした。


「ほらまた!」

「‼〰〰〰〰!!」


ガナシュは笑いながら指摘をした。するとマドレーヌは悔しそうに顔を押さえた。


「いえ、(けな)しているわけではありませんよ。ただ…面白いな…と……」


途中からそっぽを向いたガナシュの話は、最後の方、堪えた笑いが漏れて聞き取りづらかった。それを見て、やっぱり彼は最低だとマドレーヌは思った。




晩餐が用意されたダイニングに着くと、ガナシュを除いた公爵一家がすでに席に着いて二人を待っていた。それにはさすがのマドレーヌでさえも、待たせてしまってはいけなかったのでは…と内心慌てた。


「遅れてすみません。」


そんな中、マドレーヌの少し先を歩いていたガナシュは笑顔で平然とのたまった。


「いや、構わないよ。何といっても、今日の主役だからね!」

「さあさ、早くいらっしゃい。あら、可愛らしい!」


待たされていたにも関わらず、夫妻はご機嫌だ。…息子の婚約者がようやく決まったことが、よほど嬉しいらしい…。それを感じたマドレーヌは良心が痛んだ。


『…この人…よく平気でいられるわね…』


さすが親を騙そうという人間は違う、とマドレーヌはある意味感心した。

そして、そんな彼女の心中などお構いなしにガナシュは両親への挨拶を始めるようだ。


「父さん母さん、紹介します。彼女が僕の選んだ相手―――……」


ガナシュの言葉が途切れた。…これはどうやら、マドレーヌのフルネームを調べていなかったと見える。色々と画策しておきながら、あまりにもお粗末だとマドレーヌは思った。それに何より()()失礼だ、と。


「…マドレーヌ・ミュリエ・シャルトルーズでございます。どうぞお見知りおきを。」


言葉を繋ぐとドレスのスカートを軽く持ち上げ、マドレーヌはひらりと礼をした。


「まあ!よくできた方ねえ。でも、“お見知りおき”だなんて水くさいわ。もっと自然にしてくれていいのよ?もうすぐ 義 娘(むすめ) になるのだもの!」


“義娘”という部分に力を込め、にこにこと何だか夫人はやけに嬉しそうだ。大した挨拶をしたわけでもないのに…。マドレーヌが疑問に思っていると、ガナシュがこそりと耳打ちをしてきた。


「“夫の失態を補う妻”…母はそういうのが好きなんですよ。まあ、親孝行みたいなものです。」

「!…さっきの、わざとでしたのね…⁇」

「当然でしょう。――さ、席に着きましょうか。」


…なんて食えない男だろうか。マドレーヌは、『悔しい‼』と地団太を踏みたい気持ちになったが何とか抑えた。

そうして、ようやく席に座る事になった。…さっきの夫人の様子からするに、どうやら茶番だと見抜かれているようだが…。それが分かった上で、笑顔を作りながら――…


「――へえ~驚いた!」


テーブルの向こうから、緊張感の無い声が聞こえてきた。


『…あれはたしか…“ジャンドゥーヤ”?とかいう…』


昼間、公爵邸の庭で見た顔だ。

ここへ着く前にガナシュが「両親と弟が待っている」と言っていたので、彼が弟で間違いないのだろう。それにしても、あの時から思っていたが両親や兄に比べると、あまり品の無い言動をする人間だ。


「巧く()()()もんだなあ!」

「“化け”…!?」


マドレーヌは思わず声に出してしまった。するとすかさずガナシュが反応した。


「おいジャン!あまり失礼な言い方をするな。彼女は僕の婚約者だぞ?」

『失礼なのは貴方もなのですけど!』


マドレーヌは今度は心の中で突っ込んだ。


「ああ、悪い意味で言ったんじゃないさ。“見違えた”って意味!気に障ったなら謝るよ、兄貴。」

『謝るなら()()ではないかしら⁉…全く、兄弟揃いも揃って…‼』


兄が兄なら弟も弟のようだ…。まだ食事も始まっていないというのに、マドレーヌは早くも疲れてきた。



――その後運ばれて来た料理の事は、正直マドレーヌはよく覚えていない。とりあえず口に運び、愛想笑いや話を会わせることに必死だった。


『ああ…早くこの晩餐の時間が終わらないかしら…』


そんなことばかり考えていると、隣に座っていたガナシュが両親に向かい、改まって喋り始めた。


「…ところで、これからの予定なのですが…。」


“予定”?…またも、そんな事は聞いていない、とマドレーヌは思った。


「近く行われる王宮での夜会に、彼女を連れて行こうと思っています。」

「ほう。そこでお披露目でもするつもりか?」

「まさか!陛下主催の場でそんな事は出来ませんよ。どうやらマドレーヌはまだ社交界デビューをしていないようなので、まずはご挨拶に伺わないとと思いまして。」


――たしかに、王都へ来たことが無いマドレーヌは当然王宮の夜会など行った事が無い。


「まだ社交界デビューをしていない?…そうする決まりになっているはずだが…。」

「シャルトルーズは遠いですから。特別に許可されたのかもしれません。ねえ、マドレーヌ?」

「えっ⁉ええ…。」


そんなことまで話した覚えは無いのに、なぜ知っているのだろう、とマドレーヌは少し怖くなった。…ガナシュはやはり、侮れない…。


「陛下はご静養のため度々シャルトルーズにいらっしゃるので、その時にご挨拶だけはいたしました…。」


マドレーヌはおずおずと説明した。すると公爵は納得したようだった。


「――ではガナシュ、当日はしっかりとエスコートしてあげなさい。」

「はい。もちろんです。」




それからしばらくして、晩餐はお開きとなった。

やっと解放されたマドレーヌは、食べた気がしない…と思いつつ、ブリゼに伴われ部屋へと戻ろうと廊下を歩いていた。するとその先で…


「やあ、これはこれは義姉(ねえ)さん(仮)ではないですか。」


まるで、待っていたかのようなジャンドゥーヤに(つか)まってしまった。その瞬間、マドレーヌは『面倒なやつに絡まれた』という顔をしてしまった。


「そんな顔することないだろ、義姉さん(仮)?」

「…何だか、嫌な言い方なさるわね。()にも義姉になる人間に…」

「そう。“仮”、だ。」


ジャンドゥーヤは詰め寄るようにして、マドレーヌに近付いた。


「今この屋敷の人間は、みんなこの茶番劇を知っている。もちろん父さんたちもね。」


やはりそうだったのか。というか、屋敷中が知っているとは…。いよいよマドレーヌは、自分は一体何をさせられているんだろうかと恥ずかしくなってきた。


「――だ、だとしたら何だと言いますの⁉」

「いや、別に?ただ…そこまで全力で兄貴を拒否するご令嬢ってのも、珍しいなあと思っただけだよ。」


にやにやと笑いながら、ジャンドゥーヤはそう答えた。…食えないところは、兄弟本当に似ている。やめてほしいものだ、とマドレーヌは思った。


「では、もういいかしら。わたくし、お部屋に戻りたいのですけど!」


マドレーヌはツンと顔を背け、歩き出した。すると、ジャンドゥーヤはそれに付いて来る。


「じゃあ部屋まで歩きながら話しましょうよ、義姉さん(仮)。」

「〰〰だから、その“義姉さん(仮)”という言い方、やめて頂けません⁉」


我慢ならなくなり、マドレーヌは立ち止まって振り返った。


「だって、“義姉さん”にはならないんだろ?他に何て呼べばいい。」

「それは……」


困った。(仮)というニュアンスをやめて欲しかったが、ジャンドゥーヤの言うことにも一理ある気がする…。マドレーヌはしばらく悩んでしまった。


「――もしもし?」


考え込んでいたマドレーヌの顔を、ジャンドゥーヤが覗き込んだ。


「‼…な、何でも結構よ!その、馬鹿にしたような言い方でなければ!」


マドレーヌはびっくりして焦り、そう言いながら廊下を一人、早足で先へと進んで行った。マドレーヌの側に仕えていたブリゼは、その後を慌てて追いかける。


「――じゃあ!」


後ろの方で、声がした。振り向くと、さっきの場所にジャンドゥーヤは残っていた。


「何か困ったことがあれば相談しろよ。力を貸してやるからさ。おやすみ、マドレーヌ!」


ひらひらと手を振り、ジャンドゥーヤは逆の方向へと歩いて行った。


「……変な人。」


その日マドレーヌの中で、ガナシュの弟“ジャンドゥーヤ”という人間は、そういう風に記憶されたのだった。

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