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マドレーヌは結婚したくない 2

「ほらマドレーヌ、見てごらん。あれが王都だよ!」


国で一番の大河、アントルメ川の上。馬車まで乗せられる大きな船の甲板で、兄・カヌレはぶすっとしている妹・マドレーヌを手招いた。


「…これは詐欺だわ。」

「ぇえ??何がだい…?」


兄は恐る恐る妹に尋ねた。


「お父様は“船を使えば王都までずっと早く着く”っておっしゃったのに、今日で四日目よ⁉たったの一日しか短縮出来ていないわ‼騙されたあ〰〰!」


令嬢にあるまじきことだが、マドレーヌは地団太を踏んでいる。


――父親であるシャルトルーズ伯爵が言った事は嘘ではない。通常馬車で五日かかるところを、水路を使えば最短二日程で移動することが出来る。()()()()使ったのなら…。

今回は荷物が多い事で、実家の屋敷から馬車を使っての移動もしている。そのためそれまで船に乗せる必要があった。人だけならば、もっと上流から使う事も可能だ。しかし、馬車を乗せられるような船が出ているのは、水深も深くなる王都の近くまで下った場所にしかない。そこまでは結局馬車だけで移動せねばならず、船は申し訳程度に“今”乗っているにすぎなかった。それでも、乗らないよりは幾分かましではある。


「…もう帰りたい…」


マドレーヌはすでに泣き言を呟いている。


「何言ってるの!せっかくここまで来たじゃないか。目的地の公爵家はすぐそこだよ。もう少し、頑張ろう?ねっ⁇」


カヌレは必死にマドレーヌをなだめる。…そうか、()()()()に自分は付き添いを頼まれたのだな、とこの時に兄は初めて気が付いた。


…マドレーヌの機嫌はなかなか直らないまま、王都の船着き場に到着すると、彼女たちを乗せた馬車は中心地の方へと向かって走り出した。

すると、これまでに見たことのない華やかな景色が車窓いっぱいに広がっていく。機嫌の悪い事も忘れ、マドレーヌは思わずそれに見惚れていた。そうすれば、楽しみにしていた気持ちもすぐに取り戻す。いつの間にかあれやこれやと見付けては、はしゃぎ始めた。



「――あ、そうだわ、お兄様。お兄様はこれから三日間どうされるの?…たしか、遠方から集まる令嬢にはお屋敷にお部屋を用意してくれると聞いたけれど…。付き添いの、しかも呼んでもいない“殿方”にはそんなもの、無いでしょう?」


カヌレはマドレーヌがパーティーに参加している間は王都に留まり、それが終わるまでずっと待機している予定だ。


「僕はちゃんと別に宿を取ってあるよ。心配しないで。」

「そう…。それじゃあ、待っている間は何をなさるの?」

「う――ん、そうだなあ…。王都の街を観光でもして、時間を潰そうかな。」

「ええーいいなあ!私もそっちがいいわ‼ご一緒しようかしら⁉」

「ハハハ…それじゃ本末転倒だから、ね?」


またもやマドレーヌの機嫌が損ねかけた時、大きな門が見えてきた。

ついに最終目的地、オードゥヴィ公爵家にやって来たのだ。


門番が大きく重い門扉を開けると、マドレーヌたちを乗せた馬車はその中へと入って行く。

そこから更に進むと、今度は美しい庭の先に大きな邸宅が見えた。その奥にはもう一つ、同じように大きな邸宅らしき建物も見える。名門公爵家とは、どれだけの規模の屋敷なのだろうか…。


この馬車が走る先には、どこかの令嬢を乗せているであろう見知らぬ馬車も見える。恐らくはこの後ろにも、同じように馬車が続いているのだろう。続々と、招待者が集まって来ているようだ。


屋敷の玄関近くで、マドレーヌは世話役の侍女一人と沢山の荷物(パーティー用のドレスがほぼ全てを占めている)と共に馬車を降ろされた。身軽になった馬車は、手を振る兄を乗せてすぐにどこかへ去って行ってしまった。

こうなれば仕方なしに、公爵家の使用人に案内されて邸宅内に入るより他はない。マドレーヌは大人しく、用意された部屋で三日を過ごすことにした。


――三日。三日間、昼と夜のパーティーに耐えれば帰れる。マドレーヌは自分に言い聞かせた。




パーティーは翌日から始まった。

まず手始めに、広大な公爵邸の中でも丁寧に芝が刈り揃えられた広い庭で、ガーデンパーティーをするらしい。そこには裾が地面まである、真っ白なテーブルクロスを引いた丸テーブルが点在している。その両側にはそれを挟むようにして長テーブルが置かれ、同じく白いクロスを引いた上に沢山の料理が並べられていた。

すぐ側には綺麗な庭園もあり、それを眺めたり散策すれば令嬢たちが次期公爵との話題作りにすることも出来る、という寸法だろう。


……それにしても、人が多い。それも、令嬢ばかりが山のようにいる。…パーティーの趣旨からすれば当たり前だが…

マドレーヌは辛うじて会場にはいたが、端の方に陣取り、遠くに見える人だかりをボーっと眺めていた。暇だ。…たぶん、あの庭園にある一番大きな人だかりの中に(くだん)の“次期公爵様”とやらがいるのだろう。そんな事を考えながら、ただそこに突っ立っていた。

そういえば、人だかりが凄すぎる上、背の高い庭園の植木にも阻まれ、未だ次期公爵の顔すらろくに見ていない気がする…。まあ、どうでもいいが。



『うわぁ…あんな中に入って行く人たちの気が知れないわあ…。』


熱狂する彼女たちとは裏腹に、マドレーヌの気分はどんどん沈下していく…。人だかりの末端では、令嬢同士の醜い争いも起きているようだ。ああ、嫌だ…。


広い場所で伸び伸びと育ったマドレーヌは、ただでさえ人混みが苦手だ。

こんな中で三日も過ごさねばならないという事に、早くも絶望しかけていた。


『無理…。もう、無理だわ。』


パーティーはまだ始まったばかりだというのに、もううんざりだ。

何か、ここから抜け出す方法はないか――…。そんな事を考え始めた。


『!!そうだわ!ここに呼ばれたのならその逆に、ここから追い出されればいいのではないかしら⁉』


突然それを思いついたマドレーヌは、心の中で、我ながらなんていい案だろうかと自画自賛した。

要するに、これは次期公爵()()を選ぶものであり、それに相応しくない者はこの場に居るべきではない。そんな風に公爵家の人間に思われればいいのではないかと考えたのだ。そうなれば、向こうから「お帰りください。」と言ってくれるだろう、と…。


善は急げだ。まずマドレーヌは、公爵夫人として適当ではない人物とはどんなものか?と思案した。

いつもは面倒臭がってばかりのマドレーヌだが、時たまこうして異様にやる気を出す事がある。その時はおかしな方向に突っ走って行くのが常であり、異常な行動力さえ見せるのだった。それが、この場所でも始まった。


ここは庭……。彼女の目に、近くに立っていた木が映った。


『あれよ‼』


マドレーヌは思いついてしまった。


『パーティーへやって来て、着飾った姿で木登りする“公爵夫人”なんている⁉いないわ‼そしてそんな方、妻にしたいとも嫁として相応しいとも思わないはず!――これでいきましょう!!』


つまみ出されるところまで想像までしたマドレーヌは、意気揚々と大きめの木の方へと歩き出した。

近くに寄ってみると、登るのになかなか良さそうな木だ。さすが公爵家。よく手入れされれているという証だろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。

登るのに邪魔なヒールの靴は、ポイポイと木の下で脱ぎ捨てる。準備が出来ると、マドレーヌは手慣れた様子で幹に手と足をかけ登り始めた。よく「やめろ」と言われるのだが、この歳になっても木登りは現役だ。するすると上へ進む。


『さあ、見て頂戴!この、“公爵夫人”にあるまじき姿を‼』


鼻息荒く、自信満々で登り続ける。…が、なかなか思うような反応はもらえない…。

近くにいた使用人は地位の低い者なのだろうか、マドレーヌの姿に気付いてもオロオロとするだけでこちらに何も言ってはこない。それならば誰か力のある使用人に言い付けて欲しいのだが…。

他にもごく稀に木の下を通り過ぎる見知らぬ令嬢が、異様な物を見たという顔をしてそそくさと通り過ぎて行く。これはなかなかいい反応だ。…だが、見なかった事にされているようだ…

しかし、それも次第に無くなっていく。どうも上手くいかない。


「…少し…高く登り過ぎてしまったかしら…」


もはや人々の目線から外れてしまっているのかもしれない…。これは失敗だ。別の方法を考え直さなくてはならない。仕方なく、マドレーヌは木を降りることにした。


登って来た時と同じように手慣れた様子で、今度は幹を伝って降りて行く。だが登る時と違い降りる時は、ドレスのあちこちが、返しのようになった枝にしょっちゅう引っ掛かる。引っ掛けては小さく破け、そこからまたビリリと大きく裂けたりもする。

ようやく地面に辿り着いた頃には、せっかく着飾ったドレスもセットしてもらった髪もボロボロの有様だった。普通の令嬢なら、泣き出すような格好だろう。……それ以前に、“普通”はそんな状態になる事自体がないのだが…


『あら!これはこれでいい感じだわ!!この場に相応しく()()なってきたわね。登った甲斐があるというものよ。』


仕上がった格好に満足し、上機嫌になったマドレーヌは次の作戦を練り始めた。

…このマドレーヌの感覚は、他の令嬢たちには到底理解など出来るものではないだろう…。これまた彼女の姿が目に入った別の令嬢が、見なかったふりをして通り過ぎて行った。


さて、どうしようか…。腕を組んで考える。すると今度マドレーヌの目に入ったのは、人もまばらな料理の置かれたエリアだ。

ハッとして、新しい思い付きが生まれた。


『こんなパーティーにやって来て、他に目もくれず大量の料理を確保してテーブルにかじりつき食事をするような“公爵夫人”はいるかしら⁉いないわ!!そんな意地の汚い方、名門公爵家としては願い下げよね‼これ以上ここにいられたら迷惑というものだわ!』


そうと決まれば即行動あるのみ。マドレーヌは料理の置かれたテーブルへ行くと片っ端から皿を集め、一つここと決めたテーブルへそれらをせっせと運び始めた。

立食形式のため、椅子の無い丸テーブルは一つを数人で使用するようになっている。それほど大きくはないが、決して小さいわけでもない。幸い他の令嬢たちは料理などそっちのけで次期公爵を追いかけ回しているらしく、()いているテーブルはいくらでもある。その一つへ皿を運び続けた結果、すぐに卓上は一杯となり一人用の宴の準備は整った。

あとはこの皿たちををどんどん空にしていくだけ。一つ手に取ると、マドレーヌは早速口に入れた。



――目の前には山のような種類の皿が並ぶ…。一つ確認しておかなければならないが、マドレーヌは決して大食いというわけではない。食べる量はごく一般的な量だ。しかも今日はドレスまで着ている。…と、いうことは…

当然、限界はすぐに訪れた。入らない…。しかし、テーブルには手を付けていない皿がまだまだ残っている。これでは計画が…‼


少しだけ休むと、マドレーヌは気合を入れ直し、拳を握り締めまた皿へと向かい始める。『負けてなるものか』その一心で闘志を燃やした。その様はもはや格闘家。

……しかし、一体何と戦っているのか、目的を見失いつつあった。


ふと、会場の向こうの方で起こっているざわつきが耳に入った。令嬢たちが何やら騒いでいる。どうやら自分に関係する事ではないらしい。特に興味無し。

それより、だ。この皿をどう片付けていくか、だ。たぶん、今回も公爵家の人間の注目は得られなかったようだ…。計画のためこれだけ持って来たのに、成功もせず食べきれもしませんでした、ではあまりにも格好悪すぎる……。そんなところはマドレーヌも多少気にするらしい。

胃も気も重くなってきた…。マドレーヌは溜息を吐き、目線をテーブルへ落とした。


すると…


カタッ


動かしてもいないテーブルがかすかに動いた。気がした。

…何だろう…。食べ過ぎて幻覚が見え始めたのだろうか?マドレーヌは目をこすった。


すると、また「カタッ」とかすかにテーブルが、やはり動いたのだ!見間違いではない。

マドレーヌは辺りを見渡した。公爵家の庭は広大だ。動物が生息していても不思議ではなさそうである。


『――…そうか、いつの間にか何かがテーブルクロスの中へ潜り込んでしまったのね…。全く、名門というのに、こんな()()()()に会場に動物が入り込めてしまうなんて、管理が甘いのではないかしら?』


これだけ使用人がいて、まさか大型の動物が会場に入って来られるわけはないだろう。恐らくはウサギか何かだ。仕方ない、出してやるか、とマドレーヌはテーブルクロスをめくった。そして中を覗くと――…()()と目が合った。


目が合ったのは、青ざめた顔をした「人間の男」だった…。

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