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フィナンシェとショコラ

こちらは、年始に一時本編の方に載せていた番外編をそのまま上げ直したものになります。

ここはガトーラルコール王国、通称ガトラル。その名門貴族オードゥヴィ公爵家に、待望の第一子が生まれた。

名門公爵家ということで期待されたのは男の子であったが、生まれてきたのは女の子だった。の、だが――…


その子が生まれた瞬間、立ち会った人々は圧倒された。

どんな子でも大差ないはずの赤ん坊なのに、“美しい”と誰しもが思った。

それはまるで、「お伽話のお姫様」が現実に現れたようだった。



「――…男の子じゃなかったけれど…。まぁー、びっくりした…。私たちにこんな子が生まれてくるなんて…」


初産で疲れ果てていた母親・マドレーヌだったが、思わず言葉を漏らした。


「すごいぞ、マドレーヌ‼男の子ならばまだ機会はいくらでもある。それよりもこの子だ!この子なら、きっと将来どんな好条件の縁談も望める。安心しなさい、例え女の子だろうとうちは安泰だ‼」


父親・ガナシュは興奮気味に言った。それを聞くと、マドレーヌはやっと一息ついたのだった。


―――その後、その子には、フィナンシェ・フランボワーズ・オードゥヴィという名が付けられた。




時は流れ、フィナンシェは4歳になっていた。

この歳にして、彼女ははすでに美少女と名高い。

子供も参加できるパーティーやらお茶会やらには、必ず連れて行かれた。そしてそこで、見知らぬ大人たちから散々に称賛をされたのだった。


……“普通”であれば、そんな生活を続けていれば取り巻きを従えた、高飛車なだけの令嬢になっていたことだろう。


しかし、フィナンシェには、「それ」がいなかったのだ。

彼女を持ち上げご機嫌取りをする取り巻きが、フィナンシェにはいなかった。

まだ幼いから、ではない。


大人たちから絶賛されるフィナンシェの姿を、他の同年齢の令嬢たちは見ていた。物心が付くか付かないかという年頃でも沸き上がる、嫉妬の目で――…

それは、彼女たちが本能的にフィナンシェに対して「決して敵わない」と感じた結果だ。美少女過ぎた事が()となったのだ。


比べられるならまだしも眼中にすら入れられない事は、日頃自分の屋敷でちやほやとされている令嬢たちにとって到底我慢できることではなかった。




「――ほら○○、フィナンシェ様だよ。向こうで遊んで来るといい。」

「それならばうちも…。××!お前もご一緒して来なさい。」

「△△、彼女たちとは仲が良かったね?ぜひ混ぜて頂きなさい!」


とある屋敷のパーティーで、どこかの貴族たちが自分の娘を呼び、フィナンシェと仲良くさせようと引き合わせていた。恐らく、オードゥヴィ家との親交を望んでいるのだろう。


「えー、イヤ!」


父親たちの思惑など知る由もなく、令嬢たちは不満顔を隠そうともせずに拒否した。


「な、なんてことを…!公爵、娘が大変失礼を…この子は少々シャイなところがありましてね…ハハハ…。

××!我儘を言わず、ご一緒して来なさい!きっと楽しいぞ。」


その父親がぶすっとした顔の娘に小声で話し掛けると、小さな令嬢たちは渋々連れ立ってフィナンシェと共に、会場の庭にあった大きな木の根元へと行った。

そしてそこで「お姫様ごっこ」を始めたのだった。


「じゃあー、××はいちばんおねーさまのやくね!」

「○○はつぎのおねーさまがいいー!」

「なら、△△はさんばんめ!」


彼女たちはきゃっきゃと配役を決めていく。そんな中で、フィナンシェだけがぽつんと取り残されていた。


「……わたしは…」

「フィナンシェさまは、あかちゃんのおひめさま‼あかちゃんだからしゃべっちゃだめなのよ!」


フィナンシェの言葉に被せて、一人の令嬢が言い放った。


そして“遊び”は始まった。

それを遠くから見た大人たちには、その場はとても楽しそうな空間に思えただろう。しかし“赤ちゃん役”にされてしまったフィナンシェは何も言うこともすることも出来ず、楽しそうに「お姫様ごっこ」に興じる彼女たちをただただ側で眺めているだけだった。


女の子の世界は残酷だ。4歳にもなればその社会はすでに出来てしまう。自分たちにとって都合の悪い「フィナンシェ」は、そこに入れたくない存在だったのだ。


そうして、自分と仲良くしようという子には出会えないまま、フィナンシェは淋しい幼少期を過ごしていた…。




――そんな頃、オードゥヴィ公爵家に第二子が生まれた。

待望の男の子――…ではなく、今回もまた、女の子が生まれた。その子は「普通」に可愛らしい赤ん坊として、この世に出てきた。の、だが――…


その姿を見た両親と立ち会った屋敷の者たちは、彼女を大変不憫に思った。


「…この子はいずれ、姉と比較されて悲しい思いをするだろう。だが私にとっては二人とも可愛い娘だ。私たちだけは何があってもこの子を愛してやろう。」


ガナシュがそう言うと、その場にいた者たちは皆涙を流し「うんうん」と頷いていた。


『…こんなにかわいいのに…どうしてみんな、かなしいかおしてるの…?』


フィナンシェには、ガナシュの言った事の半分ほどしか理解が出来ていなかった。


不思議な気持ちのまま、母・マドレーヌの側に寝かされている赤ん坊…“妹”を覗き込んだ。

まだ真っ赤な顔のまま、“妹”は目を閉じていた。

フィナンシェは小さな指で、“妹”の手を優しくつついてみた。


すると“妹”は目を開き、その指を掴むと一つも他意のない瞳でフィナンシェをじっと見た。

その瞬間、フィナンシェの胸には今までに感じたことの無い高揚感と感動が込み上げてきた。


『――あかちゃんは、わたしがまもってあげるんだ!!』


…それから“妹”には、ショコラ・フレーズ・オードゥヴィという名が付けられた。




さらに月日は流れ、フィナンシェは7歳になった。

相変わらずの生活に、最近ではパーティーに行けばませた令息から求愛される事もしばしばだ。それを見た同年齢の令嬢たちは、さらに面白くない思いになっていく――…これの繰り返しだった。


「フィナンシェ様!しょう来、ぼくとけっこんしてください!!」


この日のパーティーでも、どこかの令息が一輪の花を手に求婚してきた。


「――…考えておくわ。ありがとう。」


周りの視線を感じつつ、にこりと微笑んでフィナンシェは彼の前から立ち去った。その後ろからは、「考えておく」を前向きに捉えた令息が舞い上がっている声が聞こえていた。

その後も、そのパーティーでは同じような事が何度かあった。その度に、フィナンシェは同じような対応をした。


賛辞に求愛に嫉妬――…

溜息を吐いた。


フィナンシェは、孤独だった。







「―――しょこらのいちご、なくなった。」


口の周りを食後のフルーツで汚しながら、ショコラは残念そうに空になった自分の皿を見つめた。


「あらあら、ショコラは本当に苺が好きねえ。」


侍女に口元を拭われている娘を、マドレーヌは苦笑いしながら見ていた。すると…


「あ!しょこらのいちご、ふえたー!!」


ショコラの隣の席に座っていたフィナンシェが、せっせと自分の皿からショコラの皿へと苺を運んでいる。


「フィナンシェ、そんなことしなくても、まだいくらでも厨房にはあるんだから持って来させるわよ?」

「いいの!お母様。わたし、もうお腹がいっぱいで食べられないのよ。」

「だったら残したって構わないのに…」

「いいのったら!ここにあるんだから、この方が早いでしょう!」


フィナンシェはそう言うと、邪魔をされないようにと急いで苺を移していく。その様子を、ショコラは椅子の上に立って目を輝かせて見続けていた。


「わあ~~~!」

「はい、ショコラ。食べて。」


フィナンシェにそう言われるやいなや、ショコラは自分の皿に移された苺に飛びついた。


「おいしい?」

「うんっ。おねーさま、ありがとお!」


またも口の周りを苺で真っ赤に汚し、ショコラは満面の笑みでフィナンシェの方を向いた。


――これだ、これが見たかったのだ。

そのために、自分も大好きな苺を食べずにわざわざこの時まで取っておいたのだ。


「おねーさまやさしいねぇ、だいすき。ふふふー!」


…これだけで、フィナンシェは全てが救われる気がしていた。




“友達”なんていらない。下心のある人間たちも嫌い。自分にはショコラだけがいればそれでいい――…。







―――そんなフィナンシェも、見合いをする歳になった。

どうやら、ガナシュが婿として条件の良い相手から順に選んで会わせているらしい。結局二人姉妹のままの公爵家としては、当然といえば当然のことだが…


やって来る相手は毎回、見目が悪いわけではないのだが、フィナンシェはどうにも気が乗らない。

今回も、(てい)よく振って屋敷の本館へと戻って行く。


「お姉様、お疲れ様でした!」


明るい笑顔でショコラが出迎えた。それを見ると、フィナンシェは一気に心が安らぐのを感じたのだった。


「今回の方はいかがでしたか⁇」

「まあ、大したことの無い方ね。」

「お姉様ったら…ふふ。」


少し困ったように、ショコラは笑っていた。



…無理な事だとは分かっていながらも、フィナンシェはこの時がずっと続けばいいと思っていた。

この屋敷の中で、ただショコラと二人楽しく穏やかに――…。


社交界デビューの時に辛い目に()()()()()以来、人前に出されなくなってしまった、可哀想な、可愛い妹・ショコラ。


この子の側を離れる事だけは、一生無い、とこの時心に誓っていたフィナンシェだった―――。

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