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この毛、なんの毛、気になる毛!?

作者: 273

 体育の時間になると男子はいち早く教室を出なければならない。理由は、この教室が女子の更衣室になるからだ。


 女子たちはさっさと出て行けといった睨みが効いた眼差しを居座る男子に送っては、大急ぎ且つ半強制的に教室を後にされることが多い。


 今日もこのパターンだ。三限目は体育。二限終了のチャイムと同時に体操着の入った巾着を片手に持ってすぐに出ていこうとすれば、後ろから声をかけられた。


「着替えるとき、この机借りてもいい?」


 声の主は密かに好意を抱いている女子生徒。


 一年生のときにあった合唱コンクール。彼女がクラスの伴奏をする役だったのだが、美しく曲調を奏でる姿に一目惚れをしてしまい、以来ずっと言えずに淡い恋心だけが胸の奥底に隠れている。


 しかし彼女とは普段会話らしい会話は一切しない。突然話しかけられてしまい汗ばむ拳を握って、挙動不審になりながら「いいよ」とだけ返した。


 そうすれば彼女は「ありがとう」と微笑みを見せて、艶のある長い黒髪を窓から流れてくる風になびかせた。十秒もない出来事だったが、自分にとっては永遠に感じた瞬間。体育が終わるまで胸の高鳴りは止まることを知らず、あの子が着替えに使用すると知っていれば机の上の落書きがなかったかくまなくチェックしたし、なんなら新しい布巾でピカピカに磨いてたというのに。


 悔しさと嬉しさが交えながら、教室に戻って自分の机に手を置いた。さっきまで彼女が使っていた机だと思えば思うほど何故か緊張してしまう。次の時間の教科書を置くのが惜しいくらい。なんてことを思っていたら、机上にひとつだけ、一本の毛が落ちていることに気づいた。


 太くコシのあるキューティクルが乱れていない一本の髪。自分の髪質ではないと分かれば、すぐに彼女のものだと察した。


 だが、形状がおかしい。チャームポイントの長くて綺麗な黒髪ではなく、数センチの長さで、ストレートではなく妙に縮れている。いかにも下の毛だと言わんばかりの存在感を放っていた。いいや、違う。傷んだ切れ毛だろうと否定をしたが、毛根がしっかりとついており、これはあの毛以外の何者でもないと答えが辿りつけば脳内は大パニックに陥ってしまった。


 ふわふわと恋心が舞っていた心境は一変。好きな子の下の毛もしくは脇の毛が落ちているとなれば、冷静にいられない。


 とりあえず毛を丁寧にクリアファイルに挟んで次の授業に取り組んだが、鉛筆を握る力も弱々しく、毛のことばかり。授業内容が耳に届かないほど衝撃的な出来事をずっと引きずっては、お昼休みに突入。


 そんなこんなで給食さえ喉が通らず。見かねた友達から体調を心配されてしまい、誤魔化すのも面倒なので保健室に行くために、とぼとぼと廊下を歩いていれば曲がり角で思い切り人とぶつかってしまった。痛みはそれほどないが、謝罪をするため顔を上げれば顔が強張った。なぜなら、ぶつかってしまった相手は毛の彼女だったから。


「ごめんね。大丈夫?」


 申し訳なさそうに謝ってきたが、神様の悪戯と呼ぶべきか。その子の長い髪が自分の制服のボタンにクルクルと絡まって巻き付いてしまったのである。


「あっ、ごめん。今ほどくから」


 引っ張っては悪いので自分が相手に近づいて髪の毛を知恵の輪のように不器用な指先で一生懸命解こうとするが、今までにない至近距離。緊張して手は震えて、額から汗が尋常でないぐらいに流れ始めたりと、もはや唇から心臓が飛び出そうな思いでいれば、ふふっと小さく笑う彼女。


「私がやるから大丈夫だよ」


「ごめん」

「いいよいいよ。長い髪が悪いんだし。それにね、今日髪の毛絡まるの二回目なの。今日も三時間目の体操着のジャージについているチャックに髪が絡まってすごい大変だったんだ。毛根から結構抜けちゃってさ」


「ええぇっ?」


 思わず素っ頓狂な声色を上げてしまう。


 異色を放っていた毛の正体は、彼女の紛れもない頭皮から生えた毛であると判明。チャックに絡まって無理に引きちぎった結果、あのような形に変化したのだ。ホッとしたというよりかは、緊張の糸が切れたように全身の力が抜けていく。


「結構すごい量だったから、机に落ちていなかった?」 


「いや全然、全く落ちていなかった! そんなもの!」


「そっか。それならよかった」


 彼女に嘘がバレないように激しく首を横に降り続けてた。その間、彼女はボタンに複雑に巻き付いていた髪を最後まで切ることもなく、器用に外し終えていた。


「よし、とれたとれた。じゃあまた体育の時間に机借りるから。そのときはまたよろしくね!」


 本日二度目の微笑みを見せてから手を振って去って行っていく。


 相変わらず動いても髪の毛は優雅に揺れて、美髪特有の天使の輪を輝かさせる。だんだんと遠くへ行く彼女の後姿をずっと眺めては、こう思う。


 落ちていた毛は自分の勘違いだった。


 けれど、左胸にある軽いボールのように跳ね上がる鼓動は絶対に勘違いではない。ますますあの子の魅力に落ちてしまったのだと――。


 彼女が自分の思いを拾う日は、来てくれるだろうか。

 


 おしまい

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