03 奈落の底
「ぐッ、つぅ……なんとか、生きてるのか」
奈落の底。
光すら届かないその場所に、僕は落下した。
落下時の衝撃は、アリアが使ってくれた重力軽減の魔術によって、死にはしない程度まで抑えられている。
そのおかげで、僕はなんとか生き長らえていた。
「ドラゴンは……来て、ないな」
どういうわけか、ドラゴンにここまで追ってくる様子はない。僕の落下の途中で引き返していった。
理由は不明だが、不幸中の幸いだ。
どうせならあのドラゴンがアベルたちの方を追っていればいいのだが、という暗い気持ちが過ぎる。
僕はすぐに首を横に振って気持ちを切り替えた。
そんなことを考えている余裕なんてない。ドラゴン以外にも、この迷宮には山ほど危険な魔獣がいるのだ。
気を抜いたら、僕程度ではすぐに死ぬだろう。
「生きて、戻らなきゃ……」
僕は痛む身体を動かし、立ち上がった。
生きて地上へと戻らなくてはならない。
そうでなくては、アリアが命懸けでドラゴンへと挑んだ意味がない。
彼女の死を無駄にしてはならない。
それが僕の……テイマーとしての、最低限の矜持だ。
「背負った荷物は……無事か」
この中にはパーティーメンバー全員分の食料などが入っている。
僕一人なら暫くは保つだろう。それまでに、どうにかして脱出しなければならない。
「クソッ」
勇者アベル。
あの男が僕を毛嫌いしていたことは感じ取っていたが――まさか、囮にされるとは思わなかった。
そのせいでアリアは死んだ。
原因には僕の油断もあるが、それでも。
奴は――奴だけは、絶対に許すわけには行かない。
だが、復讐するためにも……まずはここから抜け出さなくてはならない。
「けど、どうやって戻るか……」
落ちてきた大穴から戻るのは無理だろう。
飛翔魔術は僕程度の魔力では使えないし、壁をよじ登るのも現実的ではない。背後からドラゴンに強襲されでもしたら一環の終わりだ。
それに、アリアはもういない。
僕一人ではこの迷宮に存在する一番弱い魔獣にすら勝てないだろう。
そもそも僕は……テイマーだ。
最低限、自衛できる程度には鍛えているが、本職には到底及ばない。
「僕がテイムできるような魔獣がいればいいけど……」
望みは薄いだろう。
人間に対する殺意を有している魔獣を使役するために必要なのは――純粋な力だ。
力によって圧倒し、屈服させ、相手を支配するのがテイマーの常道だった。
僕にその選択肢は取れない。
故に、僕が契約できるのは、交渉によって何とかなる知性のある存在だけだ。
「けど、こんな迷宮の底にいるような存在相手に交渉できるとは思えない……」
言いながら、僕は自身に魔術を施す。
暗視の魔術。これにより、真っ暗な空間でも視界を確保できる。
「……ッ」
そうして僕は周囲を見渡し、背筋を凍らせた。
骨だ。無数の骨だけになった死体が辺りに散らばっている。
そして、最も骨が集まっている積み上がった場所の中心に、巨大な水晶が鎮座していた。
「なんだ……これ」
僕の身長の二倍ほどの大きさの巨大な水晶だ。色は血のように紅い真紅。
美しい水晶に僕は一瞬目を奪われたがそこですぐに気付いた。
「……ッ、囲まれてる!」
失敗した。
謎の水晶に気を取られていて油断した。
僕を囲むように、周囲に無数の魔獣がこちらの様子を窺っている。
ドラゴンこそいないものの、グリフォンにマンティコアなど高ランクの魔獣を筆頭に、果てはテイマーである僕ですら知らないような魔獣まで、勢揃いしている。
僕は水晶の方へと一歩、一歩と後退した。
「……近付いてこない?」
魔獣たちは僕の方を見て唸り声を上げているものの、しかし遠巻きに警戒を続けており、こちらに近付いてくる様子はない。
どういうことだ……?
ふと、群れ成す魔獣の感情の中に、怯えの色が混ざっていることに気付いた。
僕がテイマーという、魔獣を使役することに特化した職業に就いていたからこそ気付けた事実。
まさか僕を恐れているわけではないだろう。
僕では周囲を囲む魔獣の一体ですら倒せないのだから。
では――何を?
この場には、他に一つしかない。
振り返る。
そこで、ようやく僕は気付いた。
血のように紅い水晶の中で――絶世の美女が眠っていた。
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