02 奈落へと落ちる
Sランク迷宮《奈落の坩堝》。
踏破者が今までただの一人も存在しないという――その意味を、もっとよく考えておくべきだった。
「なん、だ……これはッ」
「嘘……」
通路を抜け、巨大な鉄の扉を開けて部屋の中に入った瞬間。
誰もが絶句した。
巨大な大広間。
その中心には真っ暗で底が見えない大穴が空いており、そこから巨大なドラゴンの首が覗いている。
「ドラゴン……だとッ!」
Sランクに位置する怪物の中でも特に凶悪な最強種――ドラゴン。
僕らがいくらSランクパーティーだと言っても、事前準備なしに勝てるような相手ではなかった。
僕たちを見咎めたそのドラゴンが咆哮を上げる。
立っていることすらままならない音の衝撃が広がり、僕は思わず硬直してしまう。
「ぐっ……」
ドラゴンが大穴からその巨体を乗り出し、飛翔し、僕らの目の前に降り立った。
唸り声を上げながら、ドラゴンはその黄金の瞳で眼光鋭く僕たちを睥睨する。その口からは涎がだらだらと垂れていた。
「逃げるぞッ」
真っ先に我に返ったアベルが、咄嗟に叫ぶ。
「う、うわぁあああああッ!」
悲鳴を上げながら真っ先に部屋から逃げ出したのはロジェだった。
それを追うようにしてユミナとシンシアが部屋から抜け出していく。
僕も遅れないように急いで引き返そうとして――そこで、何故かその場で立ち止まったままのアベルに腕を掴まれた。
嫌な予感がした。
すぐに振り解こうとするが、後衛職である僕と近接職のアベルではその腕力の差は歴然で、全く振り解くことができない。
「アベル!? 一体何を――ッ」
その声にシンシアが振り返る。
そして、未だに広間に留まっている僕とアベルを見て、目を剥いた。
「レインさん! アベルさん! 何をしているんですかッ、早く――ッ」
「……このまま逃げても、逃げられるとは思えないんだよな」
「ッ、なっ!?」
言うと、アベルは――僕を思い切り投げ飛ばした。
予想外の攻撃に対処ができず、アベルの強靭な身体能力で投げられた僕の身体が宙を舞い――ドラゴンが出てきたばかりの大穴へと落ちる。
「うっ、うわぁぁぁああああああ!!!」
悲鳴。底が見えない奈落へと落下していく僕の身体。
竜がこちらを見た。目が合う。
ぐるりと方向を転換し、落下する最中の僕へと向かってくる。
「レイン、今日限りでお前をパーティーから追放させてもらう――役立たずなんだから、最後くらいは俺の役に立ってくれ」
嘲笑。
そんな声と共に、唖然としているシンシアを無理矢理引っ張るようにして、アベルが大広間から逃げ出していく。
「ふざけるなッ!」
思わず怒鳴り声を上げる。
だが、そんなことをしている間にも僕の身体はどんどん落下していた。
そして、それ以上の速さでドラゴンがこちらに迫る。
ドラゴンが口を開いた。喉奥に赤い輝き。息吹だ。
僕はなんとか逃れようとしたが、落下の最中では逃げることはできない。防ごうにも、ドラゴンの息吹を防ぐほどに高度な防御魔術は僕には使えない。
「くそッ、こんなことならもっと前に冒険者を引退してれば――」
ふと、僕は見た。
僕とドラゴンの間に割り込む小さな妖精――アリアの姿を。
「あっ……」
アリアがこちらを見て微笑む。
彼女がその指を杖のように一振りすると、僕の落下の速度が緩やかなものになる。
そして、ドラゴンへと向き直り、アリアは防御魔術を発動した。
「待てッ、アリアっ!」
無理だ。
ドラゴンの種族ランクがSなのに対して、妖精の種族ランクはD。ドラゴンの攻撃の代名詞とまで言われる息吹を防げるはずもない。
「大丈夫よ、レイン。あなただけは助けるから」
甲高い音が響く。
アリアの前に無数の障壁が展開されていく。
そして、火炎の息吹が発射された。
僕は咄嗟にアリアへとありったけの支援魔術を施す。
だが、それでも無理だと頭のどこかでは分かっていた。
強引に魔力を搾り出したせいで頭が軋む。
それすらも無視して支援魔術を重ね掛けし続けるが――無駄だった。
支援魔術によって強化されたアリアの障壁は莫大な火炎の侵攻を一瞬だけ抑えるも、しかし次々と割れていき――最後に、息吹はアリアの小さな身体を呑み込んで、ようやく停止した。
□
そして、僕は落ちる。
奈落の底――迷宮の最下層へと。
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