ケース1 強さ 回想~出発地点
僕は馬鹿だ。
特に何か出来るわけでもなければ、他人と明らかに違うこともない人間だ。こんな事を直視したのがこんな日なのは多分それがありきたりなのだろう。
誰かに舗装されたレールの上を歩き、我が儘なままで、どこかで他人を利用することを考え、逃げ続けた。
数字で見れば僕は賢かったはずだ。同年代に僕に口で勝てる奴はいなかった。みんな薄っぺらい正義を掲げていたからだ。そんな奴らと過ごしていた時間は吐き気しかしなかった。
勿論親だってそうだった。一般的に毎日を過ごした家族であったが、今もう一度あっても顔に唾を吐くことぐらいはするだろう。文字どうり反吐が出る。あの仕草からでる侮蔑が何よりも気に入らなかった。
そしてこの世界に漂う薄っぺらい言葉が汚らしく、嫌だった。
そして気づけばそんな奴らになった自分が嫌になっていた。
最初から気づいていたのに変えなかった。他人の供物になる道から外れようとせず、人並みの努力すら行わず結局ここまで来た。他人からすれば「まだ子供の癖に偉そうに何言ってんだ」というような内容だ。嫌もしかしたら僕より酷い状況の奴だっているだろう。だが僕は何にも幸福を感じず、幸福を求めず、幸福が嫌いだった。
他人を嫌悪し、他人を見下し、あまつさえ他人から享受してもらおうと考える馬鹿になっていたのだ。それがどれだけ自分の心を蝕んでいるかは分かるまい。
他人が作りあげた他人のためのルールに従い、自分のちっぽけな正義に従ったがためこうなった。理想とは叶える物ではなくあくまで願う物だと気づいていればこうはならなかった。
僕は馬鹿だった。だから逃げた。それに何かを求めるわけではない。ただ、進むというレールから外れたかっただけだ。賢かったから逃げたのではない。
馬鹿だったことに気づいたことで気が紛れた気がする。今はもうすぐ日付が変わる時刻だ。そして今僕はちっぽけな財布と少々の荷物を持って家出をしたという事を思い出した。そして電車に乗っているという事を。
電車には他の人はいない。もしかしたら他の車両にいるのかも知れないがこの路線は普段から人は少ない。それに上方面の列車だ。さらにいうと終電にはあとまだ何本もある。いなくても当然だろう。
だがこの生涯に一度の旅だ。どうせなら楽しまなければならないと思った。だが普段どこまで苦痛に満ちていたか分かってしまい少し気分が落ちた。
そんな事を考えていても何も変わらないからこの旅の先をと考えたが、自分がいつもと違い無計画に来ていたのを思い出した苦笑した。旅とはこんなに面白いものだったのかと考えてしまう。
だが電車は決まった方向にしか動かない。だから僕はどこかで降りなければならない訳だが……
『次の駅は十谷~十谷~お出口は………………』
僕はまだ、この長いレールをもうちょっと先まで進むことにした。