バッドエンドな小話(アボカド)
「くそー、何てことをしやがんだ」
「ふふふ、俺の能力”触った相手の履いているパンツをアボカドに変える”の味はいかがかな?」
「こんなアボカド食えるかよ!元はパンツじゃねぇか!」
「いや、そうじゃなくて、能力を喰らった感想が知りたかったんだけど……」
僕の名前は吉田尚文。イケメンだ。
僕は今、クラスメイトの高橋と、休み時間に教室で勝負をしている最中だ。
向こうから、勝負を仕掛けてきたので、二つ返事で提案に乗ってやった。
高橋は。えらく自信あり気な表情で、鼻息を荒くしているものだから、恐らく僕に勝つ気でいるんだろう。
彼は、先日僕が彼にしてしまったことが原因で、とても腹を立てているらしかった。
その腹いせに、僕を大勢の前でボコボコにやっつけたいというのが彼の願望らしい。
だから、彼は休み時間が始まってすぐに、大きな声で僕に呼び掛けてきたのだ。
”おい、吉田。俺と勝負しろ” って。
これは、僕の想像ではなく、高橋が本心で思っていたことだ。
何故そんなことが分かるのかと言えば、僕が彼の股間をしっかりと握りしめているからだ。
僕の能力、”股間を触った相手の本心が分かる”を使えば、相手の考えてることを知るのは容易い。
「吉田くん、や、やめて。恥ずかしいよー」
「これ以上股間を握られたくなかったら、僕のパンツをさっさと返せ」
「わ、分かったよ。返す返すからー。つぶれちゃうよー」
「あ、嘘ついたな。てめぇ、戻し方なんて知らねぇじゃねえか。こっちはお前の本心全部分かってんだからな」
僕は、このまま高橋の股間を握りつぶしてやりたい衝動に駆られたが、そんな握力はない上、泣いてる高橋が可哀想になってきたので、離してやった。
高橋は、蹲ってじっとしている。どうやら、結構ダメージが大きいと見える。
精神的にも、肉体的にも。
しかし、僕も決して無傷ではない。
股間がすごく ”すーすー” するし、僕たちの周りで見ているクラスメイト達に、”吉田は今パンツを穿いていない奴”というレッテルを張られてしまう羽目になった。
この教室で今パンツを穿いていないのは恐らく僕だけだろう。
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しーんと静まり返った教室を、僕は見渡した。
静まり返っているのは何故だ?
僕と高橋の勝負を遠巻きに見ていたギャラリー達は、
”いけいけ、吉田ー”やら、”高橋、吉田をやっちまえー”やら、”頑張って吉田くーん♡”などと、声援を送ってくれていたりしたものだ。
しかし、勝負が決着した今。
ギャラリーたるクラスメイトや、僕の同級生達は口を一文字に結んで、小刻みに震えながら僕を見つめていたり、うつむきがちに目を逸らすものがいるばかりだ。
僕は、故に、戸惑いを覚えた。
(勝利した者に与えられるべき喝采は、何処へ―――)
僕は、高橋との勝負に勝ったのだ。そのはずだ。
まさか、まだこれは勝利ではないのか?
目の前で、股間を抑えて蹲る男、高橋。
この男が、敗者であると言わず、何であろうか。
確かに、僕のパンツは高橋によって、アボカドに変えられてしまったが、それでこの勝負が僕の負けや、ドローということはないだろう。
僕はその場に蹲るほどのダメージは負っていない訳だから。
しかも、すぐに僕は気づいたしね。
”あっ、パンツが何かに変えられた!”って
股間が ”すーすー” する上に、ズボンの股の内に、どっしりと重たい塊が乗っかったから。
ズボンの股の内に重たい塊――少し別の嫌な予感が過らないでもなかったが、便意は無かったから、それはあり得ないと思った。
まだ、勝負中で元気そうだった高橋が、僕の目の前でこう言った。
”ふふふ、私の能力”触った相手の履いているパンツをアボカドに変える”の味はいかがかな?”
それを聞いて、なんだアボカドかよと思った。
味を聞かれたから、”食べてないのに分かるか”みたいなことを返事した気がする。
そして、股間の異物感が鬱陶しかったので、ズボンのチャックを開けて、アボカドを取り出したんだ。
あ。もしかして、ズボンのチャックまだ閉めてないのかな?
僕は恐る恐る自分の股間を見てみた。
開いていた。
そして、あろうことか僕の股間についているドラゴンが”こんにちわー”と外の世界に飛び出していた。
「う、うわーーーーーーーーーーー」
僕は、叫んだ。
だって、17歳の少年が、教室でドラゴンを解き放ってしまったんだから。
――取り返しのつかない過ち。
その言葉が、僕の脳裏によぎる。
そして、その言葉の意味を実際の体感により、深く理解することができた。
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それから、長い年月が経った。
僕は、28歳。どこにでもいる普通の会社員になった。
僕の高校の卒業生達は、自らの能力を生かせる職業を選んで、その職に就くことが多かった。
だけど、僕は能力を生かせる仕事を敢えて選ばなかった。
能力を持っていることも、会社には伝えていない。
けど、それでいいんだ。
僕の一人暮らしのアパートの玄関には、あの日のアボカドが置いてある。
一日の始まり、会社に行く前に必ずそれを見て、決意を新たにする。
”能力を使うな。取返しのつかないことになるぞ” と。
今の生活は、決して充実しているとは言えない。
けれど、あの地獄のような高校生活に比べれば、全然マシだと思えた。
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この前、偶々見た報道番組で、高橋が特集を組まれて紹介されていた。
”発展途上国で、貧困者に無償でアボカドを配る男”と題名が打たれていた。
高橋はあの日のような自信に満ちた顔で、インタビューに答えていた。
僕は思った。
”僕も能力を上手く使えば、彼のように人々を幸せに出来たんじゃないか” と
でも、すぐにその考えを捨てた。
だって、もうあの日のような失敗はこりごりだから。
僕は、視界から高橋を消す為に、テレビの電源を落とした。
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僕は、つまらない事務作業を長々と淡々と、会社の中でこなしている。
これでいい、これで十分だ。
僕は、これで十分なんだ。
建前を使って喋ってばかりの上司や同僚たちの本音が知りたくて、股間を触ってみたい衝動に駆られることもあるが、その度にアボカドが脳内映像に現れる。
”あの日のことを忘れたのか?”
そう、アボカドは僕を刺激する。
僕は、能力者。
アボカドが嫌いだ。
バッドエンドな小話 -終-




