ポツリぽつりと
徒然なるままに、心に写りゆくままに
咄嗟に繰り出したドロップキック(偶然にも回転が加わった訳だが)の威力に驚き、森の木を何本かなぎ倒しようやく上体を起こして辺りを確認すると、回りに他の魔獣の気配はないようだ。
意図せずして、自分が倒してしまったブラックベアーに近づいて確認してみるとそれは、ブラックベアーではなく、グリーズリーという熊の魔獣だった。グリーズリーとは、冒険者ギルドのガイドラインでは、討伐ランクD+に相当する魔獣である。
魔素溜まりのある森では、通常、魔素溜まりを中心に森が広がる。それは魔素が植物の成長を促進させる為と考えられていて、必然的に魔素の涌き出ている中心に近い方が、魔素の濃度が濃く、生息する魔獣も脅威度が高くなる。だが、このグリーズリーという魔獣は雑食性で非常に食欲の旺盛な為、このような中心から外れた地域でも目撃される。
グリーズリーの特徴として、非常に貪欲で縄張り意識が強い。このように中心から外れて生息している個体の回りには、他の肉食獣は近寄らない。改めて、回りの木を注意深く観察してみると、縄張りを示す爪痕が周囲の木に付けられているのが確認できる。労せずして、安全な寝床が確保できそうだ。
冒険者ギルドのガイドライン。いわゆるレッドブックには、確認された魔獣の特徴や性質、討伐ランク等が記されて、常に改定されていくわけだが、報酬を決めるための目安程度だと冒険者なら誰もが認識している。特に強力な個体は固有名詞が付けられたり、亜種や、変異種などと呼ばれることもあるが、そもそも生息地域や個体によって強さは一律ではないと、経験によって理解している。気を抜いた瞬間に人生が終わる。その意味を真に理解していないと、冒険者として生きていけないのだ。
この世界では冒険者ギルドは生活に密接に関係している。子供から老人に至るまで、ほぼ全ての人がギルドに登録している。ギルドのランクは数字で表され、1から始まり、クエストをこなしてポイントが一定数に達するとランクが上がっていく。なにもしなくても、ポイントは減るので、ランク相当のクエストを定期的にこなさないと、上位のランクに上がることは出来ない。
ランク1~10は、バッジもなく通称ノームと呼ばれ、主に農夫や、商人、子供がそれである。薬草や鉱石などギルド依頼の採取クエストは、クエストを受注しなくても、品物を持ち込めば常に相場で買い取りをしてくれる。そして、ギルドに登録すればギルドカードが発行され、ほぼ全ての国で身分証として有効である為とりあえず登録するのが一般的である。犯罪者は登録を抹消され、再登録しても犯罪歴は記入される。
11ランク以上は、冒険者であることを示すバッジが支給され、討伐クエストや、護衛クエストの受注が可能になる。
10ランク区切りで、昇級試験を受けなければ昇級出来ないので、農夫や、子供はポイントがたまってもノームのままだ。ちなみに、11~20ランクまでのバッジは鉄製のバッジで、バッジの色にちなんで通称、(駆け出しという意味を含めて、一番安価なコインであるペニーから)ペニーランクと呼ばれる。21~30ランクはカッパー、31~40はブロンズ、41~50はシルバーという感じで、バッジの色で大体のランクを表している。ランクに上限はなく、青天井である。
ちなみに、怪我などでクエストを受けられない期間があると大幅にランクを落とすということがあるが、その場合は、ポイントを貯めれば、試験を受けなくても元のランクまでは復帰できる。
41ランク以上は必須科目も増えることと、ギルドポイントも必要となる。ギルドポイントとは、地域貢献や、害獣討伐クエストなど報酬が割に合わないクエストの達成報酬で獲得できる。新人教育等でも獲得出来るが、要するに高ランク者は見本たれ。ということである。いくら戦闘能力が高くても地域に貢献できない冒険者は高ランクにはなれないのだ。そのため、冒険者ランクは一種ステータスでもあった。
ちなみに受注できるクエストもランク制限があるが、パーティーを組めば上位5名の合計ランクまで受注出来るので、基本は自己責任ということである。
前世の元冒険者だった頃のランクは47。通称シルバーランクである。魔術を一切使わないスタイルでシルバーランクは異質である。
一般的に、魔術に適性がないというのは、先天的に体内の魔素の絶対数が少い場合と、魔素に干渉する能力が覚醒していない場合の両方を指す。男の場合後者なのだが、通常成人して覚醒しないことはあり得ない。男の場合も実は少年時代に覚醒の片鱗をみせたのだが、その時のことが原因で心因的に覚醒しないのであった。
体内に魔素はある為、魔素を活性化させる回復術等は自分では使えないが、掛けてもらえば効果はあった。前衛系のジョブでは身体強化は必須だが、男の場合はこれも使えない。それでも、シルバーランクで活動できたのは、剣術が卓越していたのはもちろんだが、常にペアで活動していたからであった。彼は幼馴染みのライオットという金髪優男で全盲の魔術師と常にペアで、パーティーに参加したり、ペア単独でクエストをこなしていた。
ライオットは、元冒険者の男に育てれていた。その元冒険者は町で剣術を教えていたので、そこで子供の頃にライオットとヴィータは出会った。本人は否定するが10才にも満たないライオットの剣術は、紛れもなく大人を凌駕する才をみせていた。そんなライオットと切磋琢磨して少年時代を過ごしたのだが、ある事故にヴィータの魔力覚醒が重なり不運にもライオットの瞳は光を失ってしまったのだ。自分の魔力覚醒のせいで、ライオットの光と剣を奪ってしまったとヴィータは悩み、事故のせいでヴィータの魔術を奪ったとライオットは悩み、二人は冒険者とし二人で高みへ昇ろうと前を向いたのであった。
ヴィータに負い目を感じさせない為か、ライオットは常々、心眼が開眼したと言っていた。心眼の真偽はヴィータには判らなかったが、事実、魔獣との戦闘で前衛ではないとはいえ、ライオットがダメージを受けることは殆どなかった。そのくせ、町では看板にぶつかることなど日常茶飯事なのだか。
ライオットがヴィータに身体強化魔術をかけて、ヴィータが前衛、ライオットが後衛から回復、攻撃、補助等、魔術で支援するのが二人の作戦だった。
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先ほどの、急加速したときの感覚は身体強化したときの感覚に近かった。身体強化すると、自分が早くなるというより、周りが遅くなるように感じるのだ。相対的に生じている現象は同じなのだが、魔素が神経にも干渉して肉体のみならず、反応速度や、思考にもブーストがかかる。そのため自分が早くなったのではなく、周りが遅くなったように感じる。正に先程もそうだった。でなければ、あんな速度で走り回ったら何かに衝突して終わりである。
意図せずして倒してしまった魔獣から大量の魔素を感じる。人間であったときには沸き立たなかった感情が体を突き動かす、魔素をより多く含む内蔵を一心不乱に食べてしまった。魔獣なりの味覚になるもんなんだね。もし腐肉を食べる魔獣になってたら、多分抵抗なく食べてたわこれは。
冒険者の頃の経験から、このサイズのグリーズリーの縄張りの中であれば、仕留めた獲物を放置しても、問題ない確信があった為、とりあえず落ち着ける場所を探しに、森の奥へ足を向けて進んでみる。少し進むと予想通りグリーズリーの寝床を発見することができた。人間であった頃は、変なところで潔癖なところがあり、他人が寝たかもしれないシーツなんかで、絶対寝られなかったが、記憶と性格は別物なのかね?何の抵抗もなく、寝藁の上に横になり、現状把握に思考を巡らせる。
魔法と魔術の世界観も書きたいな。プロローグが終わらない




