第4章☆異変
「うーなんかだるい」
一週間目の朝。おはようと言う前に開口一番、祐二が言った。
「大丈夫?」
「京子姉さん、大丈夫だよ」
「本当?今日は様子を見て実験中止にしましょうか?」
「うーん」
完全にしかめっ面で、祐二は二人がけのソファに横になった。
「どこか痛いところは?」
「額の辺りがずきずきする」
『前頭葉に小さな影』って山元博士が言っていたけれどまさかそれじゃないのかしら?私は心配しながらタオルを濡らして絞ったものを祐二の額に当てた。
「水、欲しい」
「わかった」
冷蔵庫で冷やしていたエビアン水のペットボトルとってくる。
「ありがとう」
「いいえ」
祐二は水を、あっという間に飲み干してしまう。
「おはよう。どうかしたのかね?」
山元博士が上着を脱いで、白衣と着替えながら聞いた。
祐二はあのままソファでぐったり眠り込んでいた。
「額の辺りがずきずきするって言って、だるいとも言っていたんですが」
「今日は実験中止だな」
「はい」
私はホッとして息を吐く。
「しかし、調子が悪いのが長く続くようだったら、被験者はクビだな」
「クビになったらどうなるの?」
祐二がいつのまにか目を覚まして聞いた。
「どこか他所に行ってもらうことになると思う」
「他所って、どこ?」
「事務の人手が足りない部署があるんだ。だからそこに」
「・・・いやだ」
絞り出すように、祐二が言った。
「ねえ、まだ決まった訳じゃないわ」
私がなだめようと思いそう言うと、祐二は黙りこんだ。
「あっ」
書類の整理をしていた時に、気分が悪くなった。
頭が膨張するような錯覚と、いろんな声が頭のなかでしゃべっていた。いろんな知り合いが一斉に言いたいことを言ってくる感覚。
事務椅子から床に崩れるように倒れた。
ブーン。
電気の磁場みたいなものが向こうにある。それは、絨毯を動かしながらこちらへ近づいて来る。
椅子の脚に捕まろうとすると、なにかの力で椅子が反り返って倒れる。
「いや!助けて」
両手で頭を抱え込み、目を閉じる。
「京子姉さん、目、覚めた?」
祐二が私の事務椅子に座って見下ろしていた。
「私、どうしたんだっけ?」
まとめていた髪がばらばらなので、頭を整えながら起き上がった。
「これ見て」
ファイルを手渡される。
「ここんとこ」
指摘された箇所に『死亡』の文字。
思わずファイルをよく見る。
「新聞記事の切り抜きを集めてあるんだけど、出てる名前と被験者リストの名前がある程度合致してるんだ」
「そんな・・・こんな」
「私は知らなかった、って感じ?」
「そうよ!」
山元博士の姿を探す。倒れている白衣姿。
「山元博士!」
「触んない方が良いよ。じゃなきゃ彼の悪夢が伝染してくる」
「?」
「俺に憑いてる守護霊もどきが、俺に危害を加えたものにいろんな仕返し・・・意趣返し?をやるのさ」
「私たち危害なんて加える気はないわ」
「少なくとも、京子姉さんは知らなかったんだよね?」
私は混乱してよく考えられなかった。
「今朝早く来て、ファイルを一通り見て回ったんだ。これは山元博士のロッカーの棚に隠してあった。俺も死ぬの?」
「死なせるわけ、無いじゃない!」
私は祐二をいつのまにか大切に想っていたから、本心から叫んだ。
「じゃあ、責任とって。俺と一緒に逃げて」
「どこへ?」
「どこへでも」
「・・・わかった」
「・・・」
祐二は私をまじまじと見つめていた。
「京子姉さんこそが、俺の探していた人かもしれない」
「そんなわけないでしょ」
私は自分の私物から大事なものだけ抜き出して、荷物を用意すると祐二を連れて研究所をあとにした。