第2章☆覚醒装置
研究所へ祐二を伴って戻ると、山元博士が会議中で、しばらく待つことになった。
「研究所?なんの研究やってるとこ?」
「心理学の検査法の開発とか、学会に出たレポートの評価研究とか」
「それが、表向き?」
「なんで?裏があると思うの?」
「じゃなきゃ経営難しいんじゃない?」
「よく言うわ・・・」
私は苦虫を噛み潰したような顔で祐二を見た。
「確かに、山元博士が中心でいろんな研究やってるけど、裏、って言うのとは違うと思うよ」
「穿った見方しかできないんだ。わりぃ」
「・・・」
「何?」
「最初にあなたに会ったとき、歌ってなかった?」
「歌?」
あのか細い甲高い声と、普段の祐二の声はだいぶ違う。あの歌声が私を祐二に引き寄せたのだ。
「覚えてないよ」
祐二は目をつぶってそう言った。
「君が例の男の子か」
山元博士がそう言った。
「名前は?」
「祐二」
「名字は?」
「言いたくない」
「おやおや」
山元博士は片方の眉をつり上げた。
「まあ、話からすると、児童養護施設にいて、18歳になったからいられなくなったってことだったかな?」
「そうだよ」
「実は今研究中のプロジェクトの被験者を捜していてね、学生くらいの若い人が望ましいんだが、みんないかんせん時間がとれなくてね」
「いいですよ。俺、暇ですから」
「本当に良いの?」
「美咲君、口を挟まないで」
「みさき・・・。京子姉さん、美咲京子って言うの?」
「そうよ。・・・山元博士、一応簡単にでもいいから研究についてのご説明をお願いします。インフォームド・コンセントは必要です」
「ああ。・・・面倒だな」
山元博士が口を濁したので、代わりに私が祐二に説明を始めた。
「人間の脳は微弱な電流が流れていて、それによって記憶を上手く使えるようになっているの」
「うん」
「今研究中の『覚醒装置』は、脳を活性化させて要するにフル回転で物事を素早く考えるように鍛える装置なの」
「電流ビリビリ?」
「そこまでひどくないけど、刺激を与える程度には」
「うーん。運が悪けりゃ感電死か」
「死にません」
「三食昼寝付きなら良いよ」
「・・・」
思わずのけぞる。ああなんてお子さまなんだろう?この子、このままで大丈夫かしら?私は一抹の不安を覚える。
「よく考えてから決めてね。後でこんなはずじゃなかったとかならないように」
「俺で研究する前に、モルモットとかで実験やった?」
「何百回もやってデータをとったよ。記録を見るかい?」
山元博士が分厚いファイルを祐二に見せた。
「アルジャーノン、かぁ」
「えっ?」
「良いよ。ええと、その、被験者になっても」
「そうかそうか」
山元博士は満面の笑みで同意書を祐二に書かせた。
あっ。名字は書いてないわ!
同意書の欄に目を走らせた私はそれに気づいて指摘しようとした。
「痛い!」
ズキン、と頭痛がして指摘どころじゃなくてその場にうずくまる。
「大丈夫?京子姉さん」
聞いてきた祐二と目が合った。なぜかゾッとする。瞳の奥に吸い込まれそう。
山元博士は同意書のコピーを取りに隣室へ席を立った。
「フルネームじゃないと、何かあったときに責任がとれないんだけど」
「とらなくて良いよ、責任」
「でも・・・」
ふうっと意識が途絶えそうになる。
「俺、ほんとになんか憑いてるんだ」
意識がはっきりしたとき、もう私は同意書のサインのことを忘れてしまっていた。