第1章☆研究所
翌朝、私の職場である山元研究所へ出勤した。
「すみません。お給料の前借りできませんか?」
恥ずかしいが、給料日までのあと数日分お金が全くなかったのだ。
「君にしちゃ、珍しい。というか、なにかあったのか?」
山元博士がそう言ったので、昨日の夜のいきさつを話した。
「ばかもん!」
怒鳴られて縮み上がる。
「なんでその子を連れてここへ戻ってきて相談しなかったんだ?」
「でも・・・」
最終電車は終わっていたし、疲れていて、早く帰って休みたかった。でも、言い訳にしかならない。頭がそこまでまわらなかった。
下唇を軽く噛む。
「今さら言っても仕方ない、か」
山元博士は自分の財布から2万円出すと、私に差し出した。
「そんなにいただけません」
「いや、君にやってもらわなきゃならんことがあるから、その軍資金だ」
「何をするんですか?」
「近辺のインターネットカフェを探して、昨日の子を見つけてここへ連れて来なさい」
「あの子をどうするおつもりですか?」
「研究所の被験者として雇う」
「・・・」
「なにか不服かね?」
「いえ」
2万円受けとる手が震える。
「行ってきます」
「うむ」
外へ出ると朝の光が満ちていた。今日は快晴だ。
電車に乗って自宅近くの駅で降りる。
ここから一番近いインターネットカフェは・・・。
自然と足が歩き出す。
「しまった」
名前も聞いていなかった。どうやって捜そう?インターネットカフェの受付で尋ねるにもしどろもどろで昨日のいきさつを話しただけでは会えない可能性が高い。
家出した弟を捜してることにしたらどうだろう?名前は適当にでっち上げて、私の身分証の情報は本物で行けば分があるかもしれない。
そういえば身分証!あの子はどうしたろうか?泊まれなかった可能性だってある!
足ががくがくしてきた。近所の公園のベンチに座ってバッグから水筒取り出してハーブティーを飲む。
落ち着け、私!
「・・・お姉さん、なにしてんの?」
「えっ」
振り向くと、昨日の男の子だった。
「あなたを捜してたの」
「へえ」
嬉しそうに微笑む男の子。
「あのさ、結局どこにも泊まれなかったから、コンビニで食い物見繕って、ここの公園で夜を明かしたんだ」
「ごめん。ごめんね」
「泊めてくれる気になった?」
「そうじゃない」
「?」
怪訝そうな男の子。
「私の勤めている所にやっかいにならない?仕事をさせてもらえるからある程度実入りができるし、居場所も確保できるから」
「非正規雇用?そこほんとに大丈夫?」
わざと聞いて私を試す。
「私も、事情があってそこにやっかいになってるの」
「そう。そいじゃ行くか」
あっさりと男の子は言った。
「あなた、名前は?」
「祐二。お姉さんは?」
「京子」
「よろしく京子姉さん」
「よろしく祐二君」
ちょうど二人の前を消防車が走り去った。サイレンのドップラー効果。
「火事?」
「インターネットカフェでボヤ騒ぎ」
「えっ?なんで?」
「俺、変なのにとりつかれてるから」
「どういうこと?」
「ま、気にしないで」
祐二はにっこり笑った。