鍛え直した?
現在、俺はビルディングの地下にある訓練場で白山クロトと向き合って立っている。もちろん、目的は俺の訓練の為だ。無論、俺にとっては不本意だが。
「・・・・・・・・・・・・」
「さあ、約束通りお前を鍛え直すぞ」
「・・・・・・はぁっ」
心底面倒そうにクロトと向き合う俺。対するクロトは脱力しきった姿勢だが、その瞳は爛々と愉悦の色に輝いているのだ。鍛え直すと言いながら、愉しむ気満々だな。
知っている。理解している。普段、クロトはやる気が無いくせに、いざ戦いとなるとその愉悦に身を委ねる戦闘狂なのであると・・・。
訓練場の外には大勢の観客がいた。"レギオン"のメンバーだ。
中には俺に黄色い声援を送る女の姿もあった。俺を慕って組織に入った奴等だ。
リーンの表情が目に見えて不満そうに歪む。しかし、頬を膨らませているその顔が逆に可愛らしい。
思わず、俺は笑みを浮かべた。何故か、女性陣は顔を赤く染めた。
・・・何故だ?
「さて、そろそろ始めるぞ」
ユウトが苦笑しながらそう言い、コインを指で弾く。空中で弧を描く黄金のコイン。そして、コインが床に落ちたその瞬間———
ゴウッ、クロトから凄まじい闘志と覇気が溢れ出る。訓練場が軋みを上げる。
しかし、その程度俺にはそよ風と何ら変わらない。涼やかに受け流す。
今、恐らく俺は笑っているだろう。それくらい理解出来る。クロトも笑っている。
瞬間、クロトの姿が消えた。ように、他の皆には見えただろう。
しかし、俺の瞳にははっきりと視えた。俺の懐に一足飛びで潜り込むクロトの姿が・・・。
故に、俺は後方へと跳んだ。クロトの鋭く重い掌底が空を穿つ。
神域に到達した武芸者は己を一振りの剣に変える事が出来る。
それは変幻自在な体幹、己の精神を極限まで高める特殊な呼吸法、自己暗示により心身を一振りの剣へと変異させる技能、それ等が合わさって初めて成せる技術だ。
要は、俺もクロトも既に一振りの剣と化している。人間の領域には無い。
直撃していたら、例え人外の身であろうと重傷を免れない一撃だ。
それを理解したのだろう。リーンが愕然とした表情をする。
対して俺は、全く動じない。冷静に状況判断をし、次の手を打つ。
俺は思い切り床を踏み締めた。地震もかくやという程の揺れが、クロトを襲う。震脚というやつだ。
クロトがバランスを崩した一瞬を狙い、俺は距離を詰める。
鋼鉄すら容易く貫く、俺の貫手。それを、クロトはぎりぎりで躱す。
仕返しとばかりに、クロトの手刀が俺の胴を薙ぐ。しかし、既に其処に俺の姿は無い。
俺は大気を足場に踏み締め、空間を三次元的に跳び回る。クロトの目をかく乱する。
「っ!?」
その光景に、さしものクロトも驚愕したようだ。しかし、それは俺とて同じ。顔に出さないだけだ。
出来ると思ってやった。そしたら出来た。只、それだけの事だ。
一瞬で背後を取った俺は、クロトの首元を足刀で薙いだ。
それをクロトは反射的にしゃがみ込む事で避ける。そして、反撃とばかりに俺の顎に掌底を撃つ。
しかし、それも俺は予測済みだ。クロトの掌底が俺の顎を穿った。誰もがそう見えただろう。
しかし、クロトの掌底が穿ったのは俺のコートだった。
「!!?」
「甘い!!!」
次の瞬間、クロトは俺の手刀によって意識を断たれた。俺の勝ちだ。




