闇医者と再会した
「・・・・・・此処は」
見慣れない天井だった。所々黒く薄汚れた天井。此処は何処だ?壁には古風なアンティークの時計が。
時刻は・・・昼の12:23頃か。・・・ふむ?
ベッドから起き上がろうとして、気付く。身体が重い。いや、これは・・・。俺は横を向いた。
其処には———
「すぅ~・・・すぅ~・・・・・・」
俺の隣には、俺をがっしりと抱き締めて眠るリーンの姿があった。俺は戸惑った。
押し付けられる胸の柔らかさとか、女性特有の匂いとか、そんなものは今はどうでも良い。
心底どうでもいい。問題なのは・・・。
「・・・・・・動けん」
身体を動かそうとしても、リーンに強く抱き締められて身動きが取れないのだ。どうした物か。
「んっ・・・シン・・・・・・」
リーンが耳元でささやく様に呟く。寝言か・・・。
その安心し切った表情を見て、俺は諦めた様に息を吐く。そっと自由な方の手でリーンの頭を撫でた。
すると、安心した様にリーンの顔がほころんだ。
やれやれ・・・。まったく、こんなに嬉しそうな顔をして。
「ありがとうな、リーン・・・」
俺の頭の中には、暴走する俺を助けようとエナジードレインするリーンの姿が。
下手をすれば、リーンも暴走するエネルギーに呑まれる危険性もあったのに。リーンはそれでも、俺を助ける為に迷わずエナジードレインをした。
あれだけ膨大なエネルギーだ。吸収しきれずにパンクする危険もあった筈だ。それなのに・・・。
俺はリーンを抱き寄せる。すると、もぞもぞとリーンが身動ぎした。
「んっ・・・。シン・・・・・・?」
リーンの瞼が薄っすらと開いた。俺とリーンの視線が合う。
どうやら目を覚ましたらしい。俺の顔を見て、きょとんっとした顔をしている。
「目を覚ましたか?リーン」
前にリーンに言われた言葉を、そのまま返した。すると、リーンの瞳に涙が溜まってゆく。
「シンっ!!!」
がばっと俺に強く抱き付くリーン。強く強く俺を抱き締めながら、泣きじゃくる。
俺はそれを、優しく抱き締め返した。
「すまない、リーン。心配をかけたな」
「よかった・・・ひっく。シンが目を覚ました・・・・・・」
「ああ、俺は大丈夫。大丈夫だから」
「うん・・・うんっ・・・・・・」
抱き締め合う俺達二人。リーンは泣きじゃくり、俺は微笑んでいた。
と、その時———ガチャッと部屋のドアが開いた。気配は全く感じなかったのだが・・・。
「うん?ようやく目を覚ましたか、シン」
気だるげな声が部屋に響く。入ってきたのは白衣に無精髭の男だった。
白髪の混じったオールバックの黒髪に眠たげな瞳。くたびれた白衣をだらしなく着ている。
俺はこの男に見覚えがあった。
「お前は・・・闇医者の白山クロトか?」
「闇医者は余計だ。久しぶりだな・・・坊主」
闇医者、白山クロトは気だるげに挨拶した。その怠惰な姿に俺は苦笑する。
リーンは警戒心を剥き出しにして、クロトを見る。
「シン・・・この人は誰?・・・只者じゃないよ」
「ああ、こいつは———」
「初めまして、嬢ちゃん。俺の名は白山クロト、これでも医者をしている。一応、昔はあらゆる拳法を極めた事もあって、人体の構造は熟知しているからな」
俺のセリフを横から取って、クロトが挨拶した。その表情は、気だるげに笑っている。
俺は溜息混じりに補足する。
「こいつは、俺が少年の頃の拳法の師だ。これでも拳法の腕は怪物と呼ばれていた程に強い」
「・・・・・・なるほどね」
俺の説明に、リーンは納得した様に呟く。
———そう。この男、気だるげだが隙は全く無いのだ。今の俺でも隙を突くのは不可能だろう。
突くべき隙が全く無いから・・・。常に脱力しているのも、無駄な力を抜いているからだ。
そんなクロトが、俺とリーンの姿を見て不敵に笑った。
「いやはや、まさかあの坊主がこんな可愛い彼女を作るなんてな」
「っ!!?」
リーンの顔が、急激に真っ赤に染まった。やれやれ。俺は呆れた様に溜息を吐く。
「そんなにいじめてくれるな。リーンは俺にとって、守るべき大切な存在なのだから・・・」
「ほう・・・?」
俺の言葉に、クロトは更に面白そうな瞳をリーンに向ける。リーンは真っ赤な顔で、あうあうと呻く。
本当に、やれやれだな。俺は更に溜息を吐くと、ベッドから起き上がった。
「・・・シン?」
リーンが俺を不思議そうに見詰める。俺はハンガーに掛けてあった黒のコートを羽織ると、首だけ振り返りリーンに言った。
「今の俺は弱い。それに、弱点だらけだ。それを克服する為に修行しに行くぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!一体何処に行くつもり!?」
慌てて俺を止めるリーン。そんな彼女に、俺は不敵な笑みを浮かべて答える。
「決まっているだろう?ユウトの馬鹿の所だよ」
そう答えて、今度こそ俺はドアを開いた。そんな俺を、背後からクロトが声を掛ける。
「おい、シン!!修行に行くなら俺も連れていけ」
「・・・・・・何だって?」
思わず、俺は振り返る。恐らく、今の俺は怪訝な顔をしているだろう。
そんな俺に、クロトはクツクツと陰鬱に笑いながら答えた。
「なに、久々にお前を鍛え直そうと思ってな・・・」
「・・・・・・まあ、別に俺は構わないが」
そう言って、俺は溜息を吐いた。




